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韓流ドラマベートーベンウイルスSS

Little lovers(9)

 ←秋の気配 →ご訪問御礼+Little lovers考
キッチンでパオラがレモンにナイフを入れた瞬き瞬間、辺りに柑橘の清々しい香りが一気に拡がった。
その瑞々しい香りは彼の穏やかならぬ心地を、改めて刃のような鋭さで ちくりと刺激した。
彼は俄かに心中にざわめく嫌な予感を振り払うように、かぶりを振る…
声をかけようと口を動かしかけ、、、躊躇いに蓋がれた声は言葉の体をなさず、喉に張り付いたままになってしまった。

鮮やかな赤のドレスを纏った聖母と幼子…どうして俺は今日に限ってマリア像に母の姿を重ねてしまうのだろう…

パオラは目線を壁のルーベンスに向けて思索の中にいるトヤマの前に、レモンスライスを浮かべた炭酸水のグラスを静かに置く。
ことん、と微かな…テーブルにグラスの立てた音が、彼をパオラに向かい合う形に戻した。
「俺は自分の存在さえ素直に認められない人間だ。
愛や情の幻影に酔ったこともなかった。」

苦々しく目尻に力を込めたトヤマは炭酸水の表の浄らかな香りを吸い込むと、言いにくそうに言葉を継ぐ・・・

ーーパオラ…君にだけは全て伝えたい。

言葉を選びながら、トヤマはあの日の出来事…その後の心の内を語ったーーー

「………気持ちの昂まりを自戒の念で壊していくうち、俺の音楽は歌えなくなった。
テクニックはあっても、作曲家の描いた人や物に向ける美しい想い・烈しい怒り・希望…様々な血の通った想いを、思うように表せなくなった。
譜面をなぞるだけの人形には、本当の意味で音楽は出来ない。
『人と関われない男』がライフワークだった音楽も喪った。
因果応報とは、よく言ったもんだ。しっぺ返しを喰らっても、涙も出ない。
めでたくも、冷静沈着・冷徹なピアニストの出来上がり!って事だ」


トヤマは皮肉交じりで語り終わると、目前で、まるで自分の代わりのように涙を零すパオラから目を逸らす。
ーーやめてくれ!

トヤマが心中で叫ぶ、言葉にならないザラザラした想いは、虚しく空間に散り拡がり…彼の心を逃げ場のない絶対零度の領域に追い込むーーー


先生は五年前、俺が、心を音楽を殺した事に気がついて、俺を質(ただ)す為に呼び出した。
俺の前で奏でたラフマニノフは、
「感情を押さこんで音楽はできない。本能のままに演れ!感情を爆発させろ!」と俺を叱咤しているようだ。

「なにもしないでは愛にはたどり着く事はない。
考えろ!逃げるな!」
甘やかなシベリウスのメロディーがトヤマの背中を押したーーー
曲に現れたマエストロを援ける…優しい眼差しは、トヤマをも暗闇から引き上げた。
脳裏に浮かぶマエストロと、傍で彼にそっと手を差し出す小さな手・・・

「ヒデ、、、ヒデ!」
心配そうにトヤマを呼ぶ声が彼を現実に呼び戻した。

「ああ… 大丈夫だ。

悪かったな、醜い話を聞かせてしまった。
俺が嫌になったか?
離れてくれ…遠慮は要らない。」

「離れて欲しい?」

からからに渇いた喉に流し込むように水を呷ったトヤマは、強い気配にハッと目を真正面に向けた。
彼女の碧い瞳から涙は失せ、怒りと哀しみがあった。
「ヒデ、貴方が過去のトラウマに悩んで ずっと我慢して生きて来た事はよく分かったわ。
でも、貴方はさっき言ったわよね?
『他人にわざわざ不幸自慢しないだけだ』って、違う?
誰だって挫折や葛藤に苛まれながら生きてる…誰しもに他人には分からない知られざるドラマを持ってるのよ!」

パオラのツンと鼻すじの通った美しい顔が瞬く間に歪み、大粒の涙がポロポロとこぼれたーー
「そうやって、いざという時は逃げるなんて狡いわよ!
私にだって、貴方に比べたら笑われちゃうかもしれないけど、それなりに忘れようと努力してる想いぐらいはあるわ。
貴方は逃げて楽になるけど、気持ちに傷をつけられた相手はどうなるか、考えたことはないでしょ?」
パオラは立ち上がって苛立ちのままカツカツと歩き、ティッシュペーパーの箱をサイドテーブルから持ってくると、派手な音を出して鼻をかみ 丸めてゴミ箱に投げ捨てる。

「私はね、一度結婚に失敗して自分にも他人にも、失敗した私を憐憫の目で遠巻きに見た世間にも絶望した、弱い人間なの。
悪いけど貴方と競るぐらい男なんて信じちゃいなかったわよ!
でも、貴方と出会って違うものを感じていたの。
がっかりよ!貴方となら共に生きて分かり合える…心底から信じられる人と確信した私が馬鹿だったわ。」

泣き喚くわけでもなく、抑えた声音で語るパオラの言葉がトヤマの胸に刺さっていく。
「パオラ… 」
トヤマの声が掠れて、静まりかえった部屋に吸い込まれていく。
彼も動揺していた、彼女のエーゲ海ブルーの瞳を直視出来ずに目を逸らした。
彼女の瞳を前にしては、逃げるか覚悟するか…曖昧には出来ない。トヤマは心中でつぶやき、ひっそりと息を吐いた。


「ねえヒデ、ふとした瞬間に思うの。自分はなんて孤独なんだろうって。
私は眺めることはできても、けして触れることのない幸せを、まるで恋に恋をする少女みたいに追いかけてた。
成り行き任せの恋を繰り返すだけ。それでも懲りない自分に呆れながら、いつかは『白馬の王子様』が迎えに来てくれると信じてる。
馬鹿よねーー
ハープで永遠のような美しい調べを奏でる度に、曲を冒涜してるような気分になるの。
貴方こそ、私を嫌にならない?」
パオラが呟く様な心許ない声で尋ねてくるのを聞き、トヤマは胸が痛んだ。
強がってはいるが、彼女は彼に訊くのが怖かったに違いない。

トヤマはパオラに向き直り、彼女のブロンドに手を滑らせたあと、口元にしわ寄せて薄く笑った。
「君は素直だな…
そんなにも無防備に自分の弱みを見せる事は、俺には怖くて到底できない。
嫌いになどなるもんか、もっと好きになってしまった。
危ういほどの真っ直ぐさは君の美点だ。俺は学生の頃、野球をしていてもカーブは得意で打てるがストレートは苦手で、からっきし打てなかった。ピッチャーの迫力に気圧されてしまってね。
君はストレート勝負をしてくるピッチャーのようだ。
俺の負けだよ。」

驚いたように顔を上げるパオラと、亡くなった祖母の瞳がオーバーラップしたーーー

【貴方を愛してるわ。私が貴方を寂しくは為せないから・・・】

パオラの口にした言葉か、記憶の断片が蘇ったのか・・・
頭の中で重なり、スピードもまちまちに不明瞭に響いてくる台詞が、突然途切れる。

気がつけば、パオラが抱きつくように彼の背中に腕をまわしていたーーー、その温もりは、彼が少年時代
祖母と過ごしたイタリアの太陽そのものだった。
枯れた小麦のような肌の匂いがレモンの涼やかな香りと合いまって、祖母の元で過ごした哀しくも幸せな日々を懐かしく思い出させる。
トヤマがキツく抱きしめかえすと、パオラは柔らかくしなるような身体を彼に預けてきたーーー

君が受け容れてくれた「ちっぽけな僕」を迎えに行こう。衝動的で危なっかしい…哀しい記憶に翻弄されてしまう弱い僕をーー

「…パオラ、、、」
トヤマはパオラの顎(おとがい)を長い指先で押し上げ、唇を軽く合わせ…彼の唇にうながされて、次第にほぐれてきた彼女の柔らかな唇を味わうように深い口づけを何度も繰り返す・・・
二人の息の音が数分間、沈黙の中に流れたーー
口づけのあと…パオラは強く抱きしめられて、掠れきった声が深く響くのを彼の胸の中で聴いた、、、

「パオラ…狡くて哀しい俺たちだが、きっと一緒にいられる。
俺はこれから、君に寄り添うような美しい音を奏でていきたい…ずっと。
俺を援けてくれ。出来るならば俺も君を援けていきたい、同じ景色をずっと見ていたい。
俺の願いを聞いてくれるか?」

パオラの額が、頷きの拍子で彼の胸元をコツンとあたる。
つま先立ちの口づけがトヤマの頬に触れた時… 彼の目は真っ赤に潤んでいたーーー

*・゜゚・*:.。..。.:*・'*:.。. .。.:*・゜゚・*

思いの吹き溜まりをぶつけ合ったあと、トヤマとパオラはエスプレッソとドルチェを楽しんでいた。

二人が各々(おのおの)抱えていた昏い翳は顔を潜め、奥底に戻っている。

「パオラ!鼻が真っ赤になってるぞ。
赤鼻のトナカイみたいだ。」

パオラはトヤマを睨むと、わき腹に一発パンチを見舞った。
「痛っ!意外と力持ちだな、お嬢さん。
俺はジムで鍛えてるから無事だが、軟弱な奴だったら怪我させるぞ。」

ふん、と鼻を鳴らさんばかりのパオラは、澄まして応える。

「私は筋肉おたくで、ヒデと同じようにジムで鍛えてるのよ!
それからね!私は護身術とテコンドーの段位を持ってるの。
喧嘩させたら、そこらの不良より強いわよ!気をつけてね。」

「そうか…では、お手柔らかに頼む。
俺は君より十歳も歳上のオジサンだからな。
怒らせたお詫びにプレゼントを捧げよう。
はい、お嬢様。」

トヤマは執事のような口調で言い、部屋の隅に隠してあった紙袋を差し出した。
ブランドのロゴが印刷された、瀟洒なショッパーバッグに入っていた箱の中身は…パールホワイトのスワロフスキークリスタルがキラキラ輝くハイヒールだった。
トゥーの尖った細く美しいフォルム、女性の足首のように優雅な線を描くヒール部分はクリア仕立て、中にはシルバーのクリスタルが仕込んである。
クリスタルが光にあたると角度によってキラキラと光る。万華鏡のような美しさである。
靴底は深いローズ・レッド。清純さを感じさせるパールホワイトの裏に、大人のオンナの色を忍ばせた造りである。

見るからに高価そうな…まるでシンデレラが舞踏会で履いているようなハイヒールは、碧い瞳に映ってパオラの瞳はいつもに増して煌めいた…

「履いてみていいかしら?」

「どうぞ、、、」

トヤマはパオラの足元にひざまずき、彼女の足に靴を履かせる・・・

「… ぴったり、、不思議~ヒデ、私のサイズ知ってたっけ?」

トヤマは、小首を傾げて微笑むパオラに、真面目くさった顔をし、唇の横を引き締めてみせた。
「さあな…超能力があるのかな、俺。
嘘だよ!昨日君が眠ってるときに たまたまベッドの横の君の靴を見たんだ。
37ぐらいかな、と思ったけど当たりか?」

女の靴を見ただけでサイズが分かる…
トヤマが女性と、本気ではないにせよ数多(あまた)の付き合いがあったことを示している台詞ーーー
複雑な思いに駆られたパオラが、黙り込む様子に、彼女に浮かんだ思いを察したのか、ぽんとブロンドを叩くと軽い調子で付け加える。

「たまたま暇つぶしで入ったブティックで、これを履いた君を想像したら衝動買いしてしまった。
値段を見ないで、店員に思わずこれで、と渡してしまったよ。
後から衝動買いにしては高いな~と反省したが。
君の機嫌が治って良かった…」

「トヤマさん… 」

「軽い気持ちで賭けたんだ、この靴が君にぴったりだったら前に進もう、振り返らず脇目も振らずにいく。
駄目だったら、過去の亡霊に囚われている俺は身を引いて他の誰かに君の未来を託そうとね。
考えてみれば、恐ろしい事をしたものだ。
シンデレラに靴がぴったりで助かったよ。」

「そんな…賭けなんて非道い!
私の気持ちは関係なし?」

「関係はない、結果は俺が予想済みだったからな。」

トヤマは眉間を厳しくした恋人の顔を見て、ニヤッと頬と目元を緩ませた。

「今度のラフ、カン先生の期待を裏切る訳にはいかなくなったな・・・暫くデートは我慢して練習だ。
あと三週間か…必死にやらんとマズい。解釈も含めてか…
あーあ!ショパンコンクール二位の実力者がタクトを振るうとなるとソリストは大変だ。」

「私も同じよ、崖っぷちだもの。
カン先生に『ヴィルトオーゾの資質を無駄にするな』と言われてしまったし。
私生活優先で、ハープを疎かにしてた報いね。もう後はないぞ。って宣告されちゃった…失敗は出来ないの。」

トヤマの渋りきった表情に、パオラも苦笑いの形にゆがんだ口ぶりでかえす。

「なあパオラ…カン先生ってさ、完璧主義者で冷静・冷徹な理論派の指揮者だろ。
俺たちみたいな「崖っぷち」を救おうなんて粋な真似をするイメージないよな。ダメ出しの挙げ句、演奏家を潰したってのは聞いたことあるけどな。」
「本当… なんの気紛れかしら?
もしかしたら、先生のミューズが彼を変えたのかもね。」
「ミューズ、、、、か。」
「芸術家にはね、必ず妻や恋人・忘れようとしても忘れられない女性が多いのだけれど、彼の芸を支えるミューズ…女神の存在が在るらしいわね。
先生の心にも、かけがえのない存在感のあるミューズがいるのよ、きっと。
私は彼女が私たちを援けてくれたように感じるの。」
「どういう意味だ?」
「カン先生の心境に彼女の優しい眼差しが加えられて、眼光鋭い 孤高の厳しいマエストロが、ラフマニノフの世界を如何なく表現する柔らかさを手に入れたのではないかなって。
同時に視野が広がって、今回のような…私たちにとっては有難い目線を向ける余裕が出てきたのかもしれない。
少しづつ、少しづつ、彼の自覚もないままにね。」
「う…ん、あり得るな。今日の先生の顔から冷淡さは感じなかった。」
「それに…ヒデも見たでしょ?顔合わせの時の『マエストロ・カン』の緩ませた貌!
先生はすっごく愛されてる『幸せな人』なのよ、オンナの勘は間違いないわ。
どんな人なのかな~アッカーマン夫人は『細身で長い栗色の髪が美しい、東洋人にしては色白の透き通る様な肌が印象的な美人』って言ってたけど。」
「そりゃあ美人に決まってるさ。
彼は若い頃から欧州を基盤に活動してる指揮者だが、十年前はまあ華やかな…まっ、知らん方がいい。その方が『ミューズ』との話が女性好みのロマンスになるからな。」
「へえーっ、、、そういうこと?
格好いいから、モテるのは昔も今も同じよね。
然も、指揮台でタクトを振るう姿に堕ちる演奏家は少なくないとか。女性だけではなくて、同性愛の志向の男性もらしいわね。」
「で、ヒデは?」
間髪なしの振りに慌てる歳上の恋人を、パオラは満面の笑みで見る。
「モテるぞ、男にも。
東洋人のコンダクターは、美味しそうに見えるらしい。珍しさもあるしな。
俺は同性愛に偏見はないが、どんなアプローチをされても、『間に合っているので悪しからず。』と答えている。」
人を喰ったような口調で話すトヤマを、パオラは軽く睨む。
「あ~ ウケる~
その場で直に観てみたい!
一度試してみたら面白かったのに。」
パオラの笑顔に釣り込まれ、
トヤマの目元が緩んで、優しそうなシワが表れるーーー
「嫌だね、なにが哀しくて綺麗な女性ではなく、ゴツい同性にいかなきゃならないんだ。」

ーー心の隙間を埋めてくれるものを探して、僕はどれだけ遠回りしてきたことか・・・
もう僕は後ろを振り向くことはない。
人生には、離してはいけない手がある。パオラ…君の手だ。やっと見つけた。


「ヒデ……ん、離して、、、」

「暫く逢えない…だから、、、」

手を首の後ろと膝裏に差し入れ、パオラを抱き上げた。

君を抱きしめたい…君の温かい肌の匂いを、僕を呼ぶ刹那の時の声を我が身に染み込ませるように。

ー僕のミューズー


「寝室は……?」

バオラの示す方向へ、トヤマは彼女の心臓の拍動を感じながら歩いた。

パオラがトヤマに抱き上げられていた頃ーーー

アッカーマン邸では夫人がピアノを奏でていた。
ショパン、エチュード・エオリアンハープ…流れるような分散和音を響かせながら、パオラの幸せを願う夫人だったーー

ルカとバイオレットは珍しく二匹並んでソファの上にいた。
脚を投げ出したリラックス姿勢で、仲良く身を寄せている。

「バイオレット!ママは大好きな人と仲良ししてるかな?
ルカと貴方みたいに……
きっと明日の朝、きまり悪そうにウチに来るわね。ふふふ、、、」

バイオレットは夫人の視線に碧い大きな瞳を光らせ、にゃっ!と一声をかえしたのだったーーー





Little lovers(10)に続きます。
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