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韓流ドラマベートーベンウイルスSS

Little lovers(10)

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ドイツの南部、バイエルン帝国の華やかな歴史を感じさせる美しい街並みと穏やかな気候から「イザール州の宝石」とも称されるミュンヘンは紅葉が色づく季節である。
凍てつくような冬を前に、イザール川の水面は陽射しに輝き、束の間の秋を迎えていたーーー


夜が明け始めたばかりの空は薄い紫紺色で、夜と朝の境目の曖昧な光が窓を染めていた。一日の始まりを知らせる鮮やかな日差しが射し込むのは二時間ほど先である。
カン・マエは浅い眠りの醒めた感覚に薄く目を開ける。
いつもより深い睡眠が取れたせいか、手足に彼女との行為のあと特有の怠さがあるものの、身体には力がみなぎっているような気がする。
ルミを背中から抱きしめる形になっていた身体を、彼女を起こさないようにそっと離す。
彼の動きでブランケットが外れ露わになった…昨夜の名残りが紅く残る肩口を 、そっと唇でなぞってからベッドから静かにおりた。
「ーーん、せん、せ、、」
カン・マエはブランケットを掛け直してやりながら目尻を穏やかに緩め、彼を無意識に呼ぶ「彼の美しい人」を眺める。
ーー今回、韓国に帰る彼女の手を離せないのは俺かもしれないな…

鍵をかけてあった寝室のドアを開けると、愛犬トーベンが待ち構えていたように彼に飛びつかんばかりに尻尾を振った。
愛犬に目尻を緩ませ、ひざまずいて背中を撫でてやると トーベんはワン!と一声鳴き声を発し主人に甘える。

「…トーベン、、 、」
彼は、昨夜 寝室から締め出されて少々ご機嫌斜めな愛犬の背中を撫でてやりながら穏やかな声をかけると、ドッグフードと水を用意してやる。

今日はシャワーより先に、トーベンを散歩に連れて行ってやるかーーー
彼の足元で、初めて出会った仔犬の時と変わらぬ瞳で主人を見上げるトーベンに視線を当て、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して渇いた身体に呷るように流し込む。
昨夜二ヶ月ぶりに抱き合ったあと、せっかくシャワーで汗を流したのに、彼女が仔猫のように甘えてきたものだから、再び彼女に汗だくにさせられてしまった。
当の彼女は彼のベッドで、彼の少々複雑な思いも知らず 気持ち良さそうに寝息を立てている。
昨日「ミュンヘンに戻ってきた」彼女は、純粋に「先生とまた逢えて嬉しい」想いを全身で表しているだけなのだ。
いちいち"男として"反応してしまうのは、自分の未熟さを露呈しているようで癪なのだが、相手がルミとくれば「まあ、仕方ない」と、いつの間にやら簡単に割り切れるようになっている自分に呆れ、彼は感情の種類が甚だ不明な溜め息をついた。

ふた月前、暫しの別れを前には、艶めいて見えた年若の恋人は、故国での生活で 恥じらいが滲む少女のような雰囲気に舞い戻っていた。
一度(ひとたび)触れれば、堕ちるようなオンナの貌とのギャップは、彼を制御不能の淵に引きずりこむ。

不覚にも、そのまま眠り込んでしまったため、肌のべたつく感じが気にはなったが、クローゼットで適当に着替えて散歩に出た。
自分の肌に、どこか彼女の肌の香りが移り香のように感じられる。
指先で、唇で触れ、全身で感じたルミのすべての柔らかい感触が、彼に未だ残っていて、可笑しな気分を払うようにかぶりを振った。
早朝の靄がかる、落ち葉が赤や黄色の彩りを添える石畳の道を一時間ほど、ウォーキングをかねて速足で歩いて帰ってくると、既に老犬であるトーベンは指定席であるリビングの暖炉の前でウトウトし始めた。
シャワーで汗を流したあと、スウェットパンツを履いた上半身裸のままで、キッチンのエスプレッソメーカーに珈琲豆とミネラルウォーターを入れてセットする。
肩に掛けていた、肌触りのいいタオルで濡れた髪を拭いながら洗面所に行き、髪を乾かすと クローゼットでクリーニングしたての白いコットンのシャツを羽織り、前立ての糊の感触を肌に感じながら 下に降りた。
エスプレッソのいい匂いの漂うキッチンに直行して、マイセンのデミタスカップに注ぐ。
散歩の帰りにポストから取り込んでおいた新聞は、ソファの横のコーヒーテーブルで彼とエスプレッソを待っていた。
窓から射し込む…朝の木漏れ日を浴びながら、エスプレッソのカップを口に運ぶ。
ーーそうだ、なにも変わらない筈だ。

目尻をキッと引き締め、自分に言い聞かせるように心中でつぶやく・・・
俺は感情によって、音楽の徒としての信念を曲げてしまうような弱い人間にはならない、否、なれない筈だ…

一週間前…指揮者室でトヤマが見せた苦悩に満ちた表情を思い出し、苦虫を噛み潰したように顔をゆがめる。
以前の俺なら、あんなくだらない告白を聴いてやるどころか、満足のいく演奏が出来ていないと判断した時点で、即座にソリストの変更をすべく動いていた筈だ。
人間不信を自分が生きづらい理由にして自己憐憫に酔うなんて愚の骨頂だ。この世の中に盲目的に信頼できる人間などいない。人にに愛される資格?
甘えが先立つ人間に志など果たせるものか‼
そんな単純な考えが出来る奴はよっぽどの馬鹿か、幸せ過ぎて呆けている愚か者だ。
自分は今まで数多の演奏家を突き放し、彼らの中には そのまま自分を見失い自滅した者もいた。
自分の音楽を作り上げるためには温情を挟まない、それで傷つく者がいようと例え音楽の世界からリタイアさせてしまう結果になったとしても、それが自分の一貫して通してきた流儀だった。
事もあろうに、今回に限ってはご丁寧に手を差し伸べ、柄に合わない親切ごかしまでしてしまった…という歴然たる自覚が、彼を苛つかせる。
他ならぬ自分に対する、遣り場のない怒りで はち切れそうな自分を持て余し、整髪料を付ける前でさらりと額に落ちたままの長い前髪を、ピアニストらしい指の長い大ぶりな手でぐしゃっと掻き回す。

俺の中で何かが動いて、切り捨てる事をさせなかったーーー?
音楽への違和感は俺には許し難いマイナス要素だ。事もあろうに一時的とは言え看過したなど考えられない。
なんという愚かな行動をしてしまったのか…行動したのは紛れもなく自分、なおさら虫酸が走るような気分だ。
あの三週間の怒濤のように流れた日々…血肉を貪るようにお互いの存在を求めあった日々に惑わされてはいけない。
自分はミュンヘン・フィルの首席を務める指揮者としての立場を弁(わきま)えた 、社会的な地位に適(かな)った分別のある 、彼女より15も歳上の男らしく毅然と在らねばならない。

彼がソファに気怠さの残る身体を預けると長い息が無意識に細く漏れ出した
・・・

朝の木漏れ日も、エスプレッソの香りも… 普段の朝と変わらないのに、居間に流れる雰囲気は円やかに感じられる。
思索の半ば、怒りが占めていたはずなのに、心中に降って湧いた不快な気分を 勝手に薫風が押し流した。
ちらちらと浮かんでは消える、ルミの己に注ぐ穏やかな面差し…

昨夜彼女の頬に触れながら寝入ってしまったせいかーー
右腕の、彼女の頭が重みを預けていた痕跡である怠さに、カン・マエは顔を微かに顰め、溜めていた息を吐いた。
足を踏みしめ、俊敏な動作で立ち上がる。両手を高く上げてストレッチをしながら、一先ずは頭の中の整理をしよう… との考えを始めるや否や彼は冷徹な無表情に戻る。

〈公演まであと二週間…満足できる出来にするには時間が足りない。
しかし、なんとかしないと…公演まで皆には悪いが残業してもらう事になるだろう。
あの日以来、
トヤマのカデンツァにも変化があった。ピアノの響きの奥底から、音色が不気味なほど殺気立つ中で、ところどころでふっと力を抜くエレガントさ。
ピアノから多彩な響きを自由自在に引き出せる能力が迫力を得て際立ってきた。
あれがトヤマのラフマニノフか…オーナーが心酔してしまったのも頷ける。

今日はパオラ君を迎えてのリハーサルか… 彼女は面白い。まだ彼女自身が知らない引き出しを持っていそうだ。〉

カン・マエは冷めてしまったエスプレッソを口にして顔を顰め、エスプレッソマシーンで淹れなおすとソファに戻った。

〈然し トヤマは確か顔合わせの食事をした時、「運命の人と出会っていない寂しい独身だ」と言ってはいなかったか?
あれからまだ ひと月も経っていないが、その間にトヤマをハムレットのような心境にさせる出逢いがあったと云う事か…〉

カン・マエはふと浮かんだ想像に片眉を上げる。

不意に、先日の食事会の際のトヤマとパオラの初対面とは思えない楽しげな会話を思い出した。
そもそも彼女が部屋に入って来たときの様子…トヤマの存在に息をのみ、まるで男慣れしていない少女のようにドギマギしていた。
マエストロを前にした緊張感だけではない、覚えのある熱を秘めたかのような澄みきった瞳。そう、あれはソクランでの初めての公演の後コンミスを務めていたルミが二人きりの息遣いが響くような静寂が支配する舞台上で俺に見せた目の色だ。
トヤマと彼女が目を合わせた時の不自然な間(ま)…彼女が吐き出した吐息は何かの始まりだったのか…
表情豊かに紅い唇をトヤマに向けていたパオラと、落ち着いた表情で受けていたトヤマ…
二人が特別な関係になっているせいか?という想像が浮かび、カン・マエの目元は険しくなる。
〈公演前の色恋沙汰は困る。あいつらが何をしようと興味はないが、演奏がめちゃくちゃになられてはかなわない。
状況は分からないが、念のため釘を刺しておくか。〉



マーラー交響曲第五番、第三楽章のアダージョが、白い頬のほどけるイメージと重なるように 彼の脳裏に流れた・・・

『アンコールはマーラーの『アダージェット』だ。君にも奏者として参加してもらうと三週間前に予告した。
前に指摘したことは忘れてはいまいな?しっかり準備をしておくように。』

カン・マエは、今度の公演のソリスト、パオラ・ガッティに宛ててメールを打ち終わると唇の端をくいと上げて、窓の外に目線を泳がせる。

ー俺はなにを考えてるんだか、、、
自然と彼女に導かれ心に音もなく湧き上がる甘美な想いは、降り積もりアダージョを響かせて、彼が長年緩めてはならぬと引き締めていた箍(たが)を易安と緩めてしまう。

カン・マエは引き締まった頬を苦笑の形にゆがめ、携帯をテーブルに戻すと、二ヶ月ぶりに二人で摂る 朝食を作りにキッチンに向かったーーー




枕もとに置いた携帯の着信音を聞いて、パオラの足元で寝そべっていた彼女の愛猫、バイオレットが彼女の頬を舐めて着信を知らせた。

「… んっ、、なーに?バイオレット…

お腹空いたの?」
彼女の愛猫バイオレットは三週間後に出産を控え、日毎にお腹がふっくらとしていく様子がわかる。
本能的な欲求なのか、パオラが呆れる程によく食べ、 よく寝る。


そろそろバイオレットの缶詰めを買い足さなきゃ…パオラが買い物メモにペンを走らせていると着信を知らせるバイブが携帯を揺らした。
「…早朝から誰よ~、」
携帯画面を寝ぼけ眼(まなこ)で見たとたん、パオラは一気に眠気が醒めて、飛び上がるように起きた。
バイオレットはママの急な動きにびっくりして、部屋をぐるぐると駆け回る。
「カン先生ったらあ~

あれだけシゴいた挙句、呆れたみたいに眉を上げて、『まあまあだな』って言ったのに…また演らせるの?『崖っぷち』にいる私に演らせてどーすんのよ! 」

クッションを壁に投げながら愚痴るパオラを、バイオレットはクールな碧い瞳でチラッと眺めると、ニャーッと鳴いて伸びをした。

「はあーっ、今日はガスタイクでヘンデルのハープ協奏曲のリハーサルがあるんだっけ……カン先生、待ち構えてるんだろうな~
涼しい顔でダメ出し連発かも…
ああーっ、時間が止まればいいのに。
バイオレットは気楽でいいな~」
「碧い瞳の貴婦人」はパオラを振り向き、珍しくも自分から膝に乗ってくる。
「ありがと、、バイオレットは優しいね。私が不安になると膝に乗ってきてくれる。
もうすぐお母さんになるんだね…赤ちゃん無事に産まれるといいな。
大丈夫だよね?…バイオレットは私の側にずーっといてくれるよね?」
夫人の前では流せない、喜びと不安が混ざる涙が頬を一筋伝った・・・
パオラが、産まれてくる新たな命を待つ期待感より、まだ三歳にもならない愛娘が 初めての出産で生命を落としてしまう可能性を思う不安感に苛まれていることは、夫人の前では口には出来ない。
「……‼ 」
パオラの弱気を励ますかのように、バイオレットはパオラの膝から離れ際に がぶりと甘噛みを見舞う。
「わかりました…元気出せってことね。バイオレット~あなた最近私より落ち着いてるわ。
さて!そろそろ支度しなくちゃ。」

パオラはワードローブから、ウエストのラインを絞り込んだスリムなラインの黒いパンツスーツとプラムレッドのシルクシャツを取り出し、艶やかに微笑みを浮かべたーーー

【パオラ、毎日メール出来なくてゴメン。
俺は今スイス・ジュネーブに指揮の客演の仕事に来ている。
今回指揮する中の一曲にシベリウスのアンダンテ・フェスティーヴォがある。
フェスティーヴォは祝典という意味。祝典と聞くとショスタコーヴィチの「祝典序曲」のような派手さを想像してしまうが、シベリウスのフェスティーヴォはゆったりとした美しいメロディーの中に堂々たる響きのアンダンテだ。
夜明けのような荘厳な弦の調べから始まるこの静謐さの中に感傷をたたえる曲を奏でるたび、俺は君の抱えた心の傷を想起してしまう。
俺は君の抱えた傷を癒す存在に足る人間なのだろうか……
それでも俺はそうなりたいと願わずにはいられない。
今日はオケとのリハの日だったな。
マエストロは過去の作曲家達に音楽に最上の敬意を払っているからこそ、厳しすぎるほどに俺たち演奏家にも、誠意のある演奏を求めるのだと思う。
ただの自己満足ではない、遥かなる高みを一緒に演奏する団員、ソリストとと共に極めたい…その一心なんだよ。
パオラ、君にもマエストロと一緒に高みから見える景色を眺める資格がある。だからこそのソリスト抜擢だろ?
俺もマエストロとのラフマニノフで、見たことのなかった高みからの景色を絶対に眺めるぞ。眺めてやる。

公演が終わったら二人で何処かに出かけよう。
どこがいいかな……
お嬢さんのリクエストを待ってるよ。

君の騎士(ナイト)より。】

【親愛なる私の騎士(ナイト)さんへ。

これからリハに行ってきます。
あなたと同じ舞台で同じ高みに上りたい。マエストロとオケの皆さんと同じ景色を眺められるよう、精一杯がんばってきます。
叶わぬ夢はない。とあなたの言葉は私を力強く鼓舞してくれているみたい。

お出かけ楽しみです。ヒデと一緒ならどこでもいいけれど、綺麗な中世のお城がある街に行きたいな。
私には我が儘を言えるのは、ヒデあなただけなの。気が強くて弱みを見せるのが苦手な私に、魔法をかけて素直にさせてしまうのよ、ヒデ・トヤマさんは(笑)
もしかして、あのプレゼントのキラキラ輝くハイヒールにあなたが魔法をかけたから、私は夢が醒めないままのシンデレラでいられるのかしら?

ヒデありがとう…愛してる。

あなたのパオラより】

パオラのメールをベッドの中で読んだトヤマは、ふっ、と精悍に削げた頬を綻ばせる。
ベッドサイドに大事に置いてあるタクトの入った木箱を手に取り、じっと見つめて これを手渡したマエストロの面影を脳裏に浮かべた。
弟子にしてくれるよう願ったトヤマに、ゆっくりとした口調でかえした彼の言葉が蘇る。
「私にはただ一人だけ弟子がいる。
音楽に目覚めたのは25歳の時、私には眩しいほどの逸材だ。彼は私を超えることは出来ないと思っているがな。
弟子など終生とることはないと思っていた私が、ただ一人だげ受け入れた奴だ。
申し訳ないが君を弟子にする事は出来ない。君にはウイーン音楽院で師事したセバスチャン・スーリックという立派な先生がいるだろう?
弟子には出来ないが、このタクトを君に託す。君のピアニスト・指揮者としての前途に期待しているぞ。」

魔法か… トヤマはお世辞にも友好的とは言い難いマエストロの無骨な語りの中に感じた温かさを思い出す。
〈マエストロ…あなたは私たち後輩に、対峙するオーケストラに魔法をかけ続けているのですね・・・凄腕の大魔法使いです。〉

魔法使いが使う妙薬の素… そこには、マエストロの隠しようのない、眩(まばゆ)く垣間見える 彼に注がれる優しい眼差しがある。

ーーどんな女(ひと)なんだろう・・・

なんとなくパオラのマエストロに対する女性ならではの好奇心が理解できたような気がして、トヤマは可笑しくなったーーー

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


「なんかさあ~ 最近マエストロの雰囲気変わったよね。
仏頂面で歯に衣着せないとこは変わらないけど、な~んか柔らかくなったというか人間らしくなったというか…」

「そう?長ーーい休暇のあとは更に厳しいこと言うことが増えた気もするけど。
確かに、元々スタイル良し、眉のきりりとした整ったお顔立ちに指揮者にうってつけのすんごく響く美声の持ち主が、男の色気を増した感じはするわね。」
ガスタイクセンターのフィルハーモニーにある練習室で、練習後のガールズトークに興じているのは第一ヴァイオリンのネーナ・ランケと彼女より二年ほど先輩にあたるザビーネ・マイヤーである。
他の団員はとうに帰宅し、コンマスを務めるエーリッヒ・クライバーに五分ほど前に早く帰るように促されてはいるのだが、女同士のおしゃべりはまだまだ終わりそうにない勢いだ。

「だって先輩! マエストロのアダージェットって、なーんか耐えてるみたいな息苦しさがあったじゃないですか。
私たち第一ヴァイオリンだって、謳いすぎるとマエストロの手が下に向かって抑えるように指示されてたし。
なのに、なのにですよ!マエストロったら謳え、謳え…って反対に促してるし。
おかしいですよ!マエストロになにかは絶対あったってこと。」
「ネーナ……マエストロだって鉄面皮みたいに言われるけど、まだ40越したばかりの男性よ。恋愛の一つや二つあっても不思議じゃないわ。」
ザビーネは後輩の興奮した様子を諌めるように応えると、つい先ほどまで、指揮台で指示を送っていたマエストロの、秋らしい濃いめのグレーのピンストライプの三つ揃い、ごく薄くピンクがかった白いシャツに光沢のあるフェーシャピンクのネクタイを締め、臙脂色のポケットチーフを挿した隙のない佇まいを思い出す。

「ラフマニノフ演るトヤマさんも……」
ネーナは突然言葉を切り、跳ね上がるように立ち上がる。
「何よビックリするじゃない。どうしたのよ?」

ーネーナの視線の先には、、、あの人がいた。


「総譜を忘れた。ずいぶん楽しそうに話していたようだな。外まで声が聴こえたぞ。」

ネーナとザビーネを交互に見遣り、皮肉るように唇をゆがめたのは、ピンストライプの背広を着たマエストロその人だ。

「トヤマがどうした?話の途中だと気になって仕方ない。
さっさと話せ。聞いたら退散する。」
「えーー、でも、、、」
「話したくないならいい。」
掛けていた黒縁の眼鏡を人差し指でクイと持ち上げ、黒い瞳を揺るがせもせずに言い放ったマエストロを前に、肩をすぼめたネーナにザビーネは促す視線を送る。
「ひと月ぐらい前かな…確かな日付は忘れましたが、夜ダルマイヤーの前で今度のソリストをやるトヤマさんとガッティさんが二人で並んで出てきたのを見たんです。
トヤマさんは食料品かな…大きな袋を抱えていて。
ガッティさんと話す感じは恋人同士にしか見えませんでした。
トヤマさんのラフ三は本当にロマンティックで、恋する人にしか出来ない深みがあると感じてます。
他人の空似かもしれませんし……
それだけです、、済みません。」
ヴァイオリニストはエアコンの送風音にさえも掻き消えそうな声で話し、ただでさえ小さい声は「ごめんなさい」の語尾はクリアに発音されぬまま掻き消えた。

「……、、、ふん、そうか。」
意思の強そうな顎に手を当てて聞いていたマエストロは、ネーナの心臓が爆発せんばかりの数秒のあと一人言ちて、小さく頷く。
「分かった、、が、公演が終わるまでは他言無用だ。
終わったら二人でも、女性皆でもいい、好きなだけロマンティックなおしゃべりを楽しみたまえ。
それでは私は失礼する。」

立ち上がり際にニヤッと笑い姿勢良く特徴のある速足で部屋を後にした「ボス」を、二人は呆然と見送った。

「ねえ……先輩、他言無用って・・・」
「う…ん、マエストロと両方のこと、、だよね?」

「……ってことは?」
二人で同時に出た台詞に、ネーナとザビーネはハイタッチをしたーーー



Little lovers(11)に続きます。
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