ムーンライトソナタ~チップの部屋

韓流ドラマ・ベートーベンウイルスの二次小説を書いています。オリジナルのドラマに消化不良だった方々に楽しんでいただけたら嬉しいです。

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アンダンテ ・カンタービレ

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

今年のラストSSは、パラレルストーリー。
中学生のトゥ・ルミが、カン・マエと実は会っていたという、無理な設定ですが、よろしくお願いします。
~アンダンテ・カンタービレ~
「できません。」
公演30分前、意思の強そうな唇を曲げ、彼の前で土下座する 人の良さそうな公演スタッフを三白眼を険しくして見下ろしているのは、若き指揮者マエストロ・カン・ゴヌだ。
観客が待っている、と哀願するスタッフとの押し問答の末、彼は言い放った。
「演奏する曲が誰の曲か知っていますか?ブラームスです。私が死んで天国に行ったら彼がいるんですよ。私は彼に会わせる顔がありません。私はブラームスに申し訳なくて指揮などできません。」
公演会場を出て行こうとする彼の背中に、スタッフが必死に声を張る。
「マエストロ!それは今日の公演の意味を知っておいでの行動ですか?
大統領夫妻をお迎えしているんです。
このまま あなたが指揮をやめたら音楽界から追放されますよ‼」
だからなんだと言うのだ・・・あれで韓国一のソウル市響?笑わせるな!
あんな無様な仕上がりではブラームスのシンフォニーを汚すだけだ。
「地獄に堕ちろ、この野郎!」
「代わりはいません!マエストロ戻って下さい‼」
スタッフの罵声と嘆願の声を背に、彼は会場を後にしたのだった。

彼は繁華街の中ほどにある公演会場を出て、行き先を決めずに速足で歩いていた。
若くして故国を離れ、欧州で過ごしてきた彼が韓国に訪れるのは10年ぶりだったーーー
街の景色はほとんど変わっていない。滑稽な横文字の看板が、彼に時代の変化を感じさせる程度のものだ。
街角の屋台の放つ料理の匂いが、彼に郷愁を煽ることもなかった。
彼には故国で待つ懐かしい人も、気持ちに蘇えらせて慰められるような追憶もない。
ただ自分が10年前まで此所にいたーーーそれだけの事だ・・・
休日ということもあり、繁華街の道は人で溢れかえっていた。彼は道の端でうずくまっている少女らしい影が目に入り、訝し気にサングラスの下の三白眼を凝らし、、、、結局、無意識に足を止めていた。
彼女の姿など見えていないように、足早くひっきりなしに通り過ぎる人の姿の間に、少女の横顔がちらちらと見えた。
【気分でも悪いのか?・・・ならば、、】
彼は咄嗟に浮かんだ、自分らしくないウェットな考えにざわめいた胸元に手を当てる。
これも韓国に来てしまったせいか…
仕事は踏んだり蹴ったり、その上お前は面倒なことに首を突っ込むのか?
誰かが声を掛けるだろう…彼は暫く彼女の小さな背中に目線を向けていたが結局 自問自答の末、 道を横切り彼女の数歩前に佇んでいた。
彼が近づく気配に気付かないまま数分間が流れ、少女は彼の視線にやっと気付いて透けるように色の白い貌を上げた・・・
彼女は黒いサングラスをかけた…強面の男性の視線に怯えるように、肩をすぼめた。
きまりわるそうに目線を手元のヴァイオリンケースに戻すと、年に似合わぬ複雑な表情でケースを撫でている。
【ヴァイオリンケース?】
具合が悪かったのではない、と確認したら さっさと去るつもりだった彼は、彼女から目を離せなかった。
職業柄ゆえヴァイオリンケースが気になっても仕方ないのだが、それよりも初めて目が合った時に彼女の綺麗な鳶色の瞳に吸い寄せられてしまったのだ。
【あの瞳…どこかで見たような気がする…】
やがて再び、彼女は彼の方に目を向けた。
最初に目があった時と違って、不思議そうな目でこちらを見ている。
おかしな娘だ・・・彼は肩をすくめ、そっと視線を逸らした。
【やれやれ…俺はなにをしているのやら…】
そう考えたとたん、こめかみにズキズキと痛みがきた。
小さく息を吐き、彼は思い切って足を踏み出したーーー
「大丈夫か。それは君のヴァイオリン?」
自分の肩に近くひざまずいて、サングラスを優雅な手つきで外しながら語りかける…見かけとは違う穏やかな低い声に、紺色の制服姿の少女は安心したように無邪気な声で応えた。
彼女が頷いた瞬き、ゆるい三つ編みの栗色の髪がふわりと揺れた・・・
収まったはずのざわめきが彼の胸中をまた、、、揺らした。
「はい、私のヴァイオリンです。
私は藝術高校を受験するために月に一度ソウルにレッスンに来ているんです。
人混みに押されて、肩に掛けていたヴァイオリンのケースを落としてしまったの。
高いところから落としてしまったから、壊してしまったかと心配で…
でも中を見て確かめる勇気がないの。
母が私のために、楽ではない生活をしているのに買ってくれたばかりのヴァイオリンなんです。」
「そうだったのか… 」
彼は彼女が大事そうに抱えるヴァイオリンケースに指を触れ、今にも零れそうに涙をためている少女に深く頷いた。
「見せてくれるか?
私はヴァイオリンの専門ではないが、壊れているかどうかは分かる。」
彼は少女の差し出したケースの蓋をあけ、艶やかに光るヴァイオリンを手にとる。
彼の目がまずボディ全体に真剣に注がれ、彼の指先は『彼女の』底部のアジャスタ、弦を支える駒、弦のまっすぐに走るネック…てっぺんのスクロールの順に丁寧に触れていく。
最後にボディ全体に手のひらを当て、彼はほーっと息をついた・・・
目を上げると、息を詰めて彼の手元を見つめている彼女に、目を合わせて大きく頷いた・・・
「どうした?深呼吸しろ。
君のヴァイオリンは無事だ、表だけ見ただけだが 傷ひとつ無いぞ。
音を聞きたい、なにか少し弾いてくれるか?」
「はい、でも…下手くそだから・・・」
うつむく少女にマエストロは凛とした声音で促した。
「中が壊れてないか確かめるためだ、少しでいいから。」
目を閉じて耳を澄ます彼に、アンダンテ・カンタービレの美しいメロディーが届いた・・・
「うん、内部も大丈夫なようだ。良かったな。」
彼は 一分ほど音色をチェックし、手の動きで演奏を止めた。
「壊れてなくてよかったー
… えっ、と、先生が来てくれて助かりました。私、不安で動けなかったんです。
ありがとうございました!」
少女は目の前の人物の呼び方に迷ったが、一番呼びやすい『先生』に決めたらしい。
彼は弓を置くや、飛びついてきた美少女を軽く押すように離した。
【それでは、中学生らしい少女に『先生』らしく話そうか…】
非日常極まる…この状況が為せたのか、それとも彼女の下手くそなモーツァルトのおかげか…いい気晴らしになったようで、彼の気鬱はかなり薄くなっていた。
若きマエストロに投げられた、スタッフやベテラン団員が時に嫌味を込めて彼を呼ぶ『先生』という呼びかけも、見知らぬ少女が口にすると心地よく彼に響く。
「君は受験生か、頑張りたまえ。
ところでレッスンは終わったのか?間に合うなら急がないと。
月に一度の大事なレッスンなんだろう?」
「あっ、、、わあっ、、そうでした。
急がなきゃ……
先生、ありがとうございました!」
腕時計を覗いた彼女は、チェック柄のリュックを慌てて背負いペコリと頭を下げると、お下げ髪を揺らしながら駆け足で彼の前から去って行ったーーー
とーー彼の耳にスニーカーのバタバタした足音が近づいて、戻ってきた少女が目の前にいた。
「先生、私、オーケストラで演奏するのが夢なんです。聴くひとを幸せにするような音楽をしたいの。
頑張ります、今日はありがとうございました!」
彼は肩に掛けたヴァイオリンケースがやけに大きく見える後姿に、ふっ、と片頬だけを微かに緩めたのだった。
【慌てて走ると、またケースを落とすぞ…落ち着いて歩いて行け】
彼女に言えなかった言葉を、彼は彼女の背中に心中で呟いた・・・
演奏会の会場を出る時は昂っていた気持ちが落ち着くと、投げつけられた「地獄に堕ちろ!」という声を思い出して逆に闘争心が湧いてきた。
【本当の地獄を知らない奴が…私にこの野郎などと…
聴くひとを幸せにするような音楽…か・・・】
マエストロ・カン・ゴヌは鞄を持つと、左腕を曲げ…特徴のある姿勢のいい大股で演奏会会場の方向に歩き出した。
40分遅れではあったが演奏会は無事に始まった。
結局、マエストロは途中でタクトを下ろす結果になったが・・・
『私はこれ以上ブラームスを、こんな演奏で汚すことはできません。皆さん、家に帰ったらシャワーでしっかり耳の垢を落としてください。』
ざわめく会場で言い放ったマエストロは、10年後 ソクラン市のプロジェクトオーケストラの指揮者、音楽監督として招聘されるまで故国の地を踏む事はなかった・・・
彼をプロの演奏家でも容赦なく斬り捨てるオーケストラ・キラーとはつゆ知らず、呼び寄せた人物は、かの少女トゥ・ルミだったーーー

2014年1月1日ーーー
マエストロ・カン・ゴヌの自宅では彼女…トゥ・ルミが窓からオリンピックパークの新年を祝う花火に目を輝かせていた。
二人の間に生まれた娘、サランはすでに夢の中である。
「ねえ先生、花火が綺麗よ…」
「……… 」
「先生! 」
「…聞こえてるぞ、だからなんだ?」
「だから~ 一緒に観ましょうよ!」
「……… ああ、、、」
「もういいです!生返事もいらないですからっ。」
ソファでブランデーグラスを傾けていたマエストロは、妻を焦らすだけ焦らすと にやりと口角を緩め、グラスをテーブルに置いて立ち上がった・・・
足音の静かな大股の歩みで、窓際に近づいていく・・・
ルミは背中越しに彼を感じて振りかえり… 彼の左手が彼女の顎をぐいとつかむや、彼女の唇はブランデーの香りのそれに塞がれた・・・
さまざまな経緯を経て、今や彼の妻となっているルミは、慌てて上がっていたせいか かの時の記憶もあやふやになり、彼女のヴァイオリンに長い指を触れたのが、当時オーケストラ・キラーと恐れられたマエストロ・カンとは、夢にも思ってはいなかったーーー
CDチェンジャーがカチリと音を立て、モーツアルトのヴァイオリン協奏曲第四番が始まり…第二楽章…アンダンテ・カンタービレが流れ始めた・・・
「懐かしいな・・・ 」
マエストロはくちづけの間に低く呟く・・・
「……珍しい、、先生が懐かしいなんて。過去の話は嫌いなんじゃなかった?」
少女のような線の細い身体の中で、そこだけ女らしいラインが見える首から肩の線に唇をあてると、耐えきれずにルミは甘くねっとりした息をもらした・・・
「……例外もある、、、」
夫はぼそりと言うと妻の腰にまわした腕に力を込める・・・
【おまえについては…だ。】
ラストの花火が華やかに上がり、二人は黙って窓越しの光の華を眺めた。
「今年もいい年になるといいね~」
「ああ… そうだな、、、」
「先生…愛してる、、このまま連れて行って・・・」
妻の甘やかな声音に応え、マエストロ・カンは彼の最愛を抱き上げ…立ち止まったまま、二人は唇を交わした・・・
夫の首に細い腕を柔らかく巻きつけ、彼を斜めに見上げる妻の潤んだ瞳に、窓から射し込む半月の光がキラリと映ったーーー
Fin.
あとがき
ラストなので少しだけですが甘くしてみました。思いついて二人に早いですが新年も迎えてもらいました。楽しんでいただけたでしょうか?
発想の原点は、第一話のカンマエ先生とリトルのエピソードを観ていて、もし先生とルミちゃんが何らかの形で会っていたら…というモノです(汗)
そうなるとドラマの筋だてからは大幅に外れてしまうので、この話は私の妄想の産物で、まるっきりのパラレルストーリーです。
カン・マエらしくないところも多々ありますが、ストーリー上の理由で少し優しすぎるカン・マエになっております。
第一話のコワモテ カン・マエとはかけ離れているので、大変申し訳ありません(滝汗)
私の妄想エピソードにおいては、このヴァイオリンなんちゃらの話は、カン・マエは覚えていてルミちゃんはすっかり忘れている、という事になっております。
今回のみのパラレルエピソードですので、我が拙作の他のストーリーとは切り離してお読みいただければと思います。
ドラマの第一話に出てくるカンマエ先生の印象的な台詞を少しだけ変えて使わせていただきました。
著作権などなどの絡みがありますので、なるべく言い回しは変えました。
まあ、今更感は否めないんですけれどね(^^;; ドラマ中の印象的なエピソードはもれなく使わせていただいております。
SSの題に使った、アンダンテ・カンタービレは音楽用語で、『歌うようにゆるやかに』という意味です。
文中に出てくる、モーツアルトのヴァイオリン協奏曲第四番の第二楽章から付けました。
カン・マエにモーツアルトは似合いそうもありませんが、ルミちゃんが弾くには雰囲気が合っていると思って選んだ曲です。
有名曲なので、調べたところYouTubeにもたくさんアップされておりました。宜しければ好きなアーティストの演奏で聴いてみてください。
本年度は、我が家にご訪問いただきましてありがとうございました。
来年は『やり残し』をまず仕上げる事から始めます。
拙作ではありますが、宜しければまた我が家に暇つぶしにいらしてください。
寒波が日本各地を冷凍庫みたいにしてますね~ 私も朝寒さで目が覚めます。
お風邪など召されませんよう、気をつけて元気に新年をお迎えください。
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クリスマスも過ぎて

ご来訪御礼

こんばんは。

寒波襲来 降雪の予報も出てますが、寒さに負けずに多忙な年末をお過ごしでしょうか?

昨日、映画「ブラックスワン」を観ました。
R18ということを初めて知りまして(汗)身構えて観ていたのですが、なんか拍子抜け・笑。
確かに際どい文言はあるし、クスリ(身体に悪い方ね) でラリってるシーンもあるけど…
でも、名門バレエ団ってスゴい!と発見もしました。
レッスンでも、生管弦楽やらピアノやらがついて練習するのですよ。
さすが芸術家!
今年は、28日時から九連休というラッキーな暦。TSUTAYAで借りて映画三昧 という方もいらっしゃるのかな?

二ヶ月のブログのお休みのあと、拙作二篇をアップできました。
ご訪問いただいた皆様、拍手をいただいた方々、ありがとうございました。

コメントをくださった七海さま。
今年は二人で楽しくメールをしながら、ストーリーを妄想できました。
本当にありがとうございます。
我儘勝手な我が家のマエストロと、彼を包むルミさんの雰囲気を感じてくださって嬉しいです。
七海さまの新作も楽しみにしてますね。

終わりは見えていながら、ズルズルとパラレルまで挟んでしまっております(^^;;
ネタが思い浮かんでも、結局ストーリー展開を続けるのに苦労したりしているんですが。(苦)

もしかしたら、書いている自分自身がこの部屋から離れることを寂しがっているのかもしれないな、と思います。笑

年内最後のSSはパラレルなお話です。
明日の晩にアップ予定ですので、ご多忙な年末ですが宜しければ、またご来訪くださいね。

ニュースによると、インフルエンザの流行も始まったそうです。
うがい、手洗いを忘れずに。


それでは、また。


管理人チップよりv(^_^v)♪

冬のソナチネ あとがき

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

こんにちは。

クリスマスも終わりましたね~
今年も残すところ6日、大切に過ごしたいと思います。

昨日、クリスマスSS(?)をアップいたしました。
クリスマスSSと言っても、我が家の場合 嬉しい楽しい…では終わりませんでした。
申し訳ありませんでしたf^_^;)
今回は「で、そこんとこ本当はどうだったの?」とお読みになった方に突っ込まれそうな内容も入っています(^^;;
今回の話で登場するオリキャラ、ブレーメンフィルのコンマス フランク・フラックスは、自分に自信が持てないカン・マエと正反対のキャラです。
容姿にも恵まれず、愛する人への執着ゆえに苦しむ、可哀想な人です。
性格は温厚、声はすこし高め、猫背気味。彼女には尽くすタイプ。
見かけは残念だけど、ビオラ奏者としては優秀、コンマスとして楽団をまとめたり指揮者とのコンビネーションを取るのもうまい人という設定でした。しかし、なぜか、カン・マエには心を開かず、納得がいかなければ突っかかる。流石のマエストロも手を焼かされました。
まあマエストロって難しい人なんで、初めての事じゃないでしょう・笑
現実ならマエストロがゲストコンマスなんてクビにして終わりです、あくまでも作り話と理解していただければ幸いです。
もう一人のオリキャラ、フランクの婚約者ハリエット・ヴァンゲル。彼女はお話の中でも常にミステリアスなままストーリーはエンドを迎えます。
彼女とカン・マエになんらかの関係があったのか、なかったのか、どちらだったのかは、お読みになった方の想像にお任せいたします。
ボクシング用語かな…スタンドアンドファイトという言葉があります。
打ち込まれても踏みとどまって戦う…という意味のようです。
カン・マエとゲストコンマスのフランク。二人はスタンドアンドファイトの心理戦をしていました。
ただし、最後まで どちらも有効なパンチは繰りださない、つまり事実を明らかにしないままでケリをつけた形です。
才能や容姿は生まれながらに不平等なもので、カン・マエは皆さんがご存知の通りの男前。名門オケの常任指揮者 であるのに対して、フランクはマイナーオケのコンマス。容姿もオタク系とくれば、マエストロに多少のひがみや嫉みは抱いても仕方ないですよね。
「奴はもしかしてフィアンセの心に未だいる… 」などと邪推してしまう…かもしれない(あくまで断定はナシ笑)気持ちもわかります。

もう一つ、今回の重要なアイテムは『手』でした。
ベートーベンウイルスのフアン、特にマエストロ・カンのフアンの方は彼の美しすぎる手‼ はご存知ですよね?
ハリエットさんの記憶の中に『美しい手』が出てきます。
だからと言って、その手はマエストロの手とは限りません。フランクが誤解したり、思い込みをしている可能性もあるのですが。
つないだ手と手。お互いに伝えあうものに人は救われ、強くなれます。

傍の大事なひとの肩に、そっと手をおく・・・言葉がなくとも感じられるものがあります。

今回のSSの影のヒロインはハ・イドゥン。
ドラマ中では、まだまだ幼いイケイケ姉ちゃんでしたが、オリジナルドラマから三年ほどが経った大人びた彼女を描いたつもりです。
ルミさんを実の姉のように慕っている彼女は、どうやら悩んでいるらしいカン・マエ そんな伴侶を気遣うルミさんを放っておけなかった優しい娘です。
どうしていいか、若さゆえに迷い、結局カン・マエに丸投げしてしまったところは彼女らしいところなんです。
『大切なのは真実じゃない、大事なのは想うひとを一番幸せにすることでしょ?』
けして楽に生きてはこなかったイドゥンだからこそ、言える台詞だと信じて書きました。

最後に、
カン・マエは子供が生まれても、多分彼の中の一番はルミです。
願望を込めて二人のシーンを書きました。

長くなりましたが、拙作をお読みいただいてありがとうございました。


管理人チップより。

冬のソナチネ

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

例年、11月上旬から ドイツの各地はクリスマス・マーケットが開催され、賑やかなイルミネーションが街に彩りを振り撒く季節になる。
ミュンヘンの街も、いたるところで光のショーを繰り広げていた。
真冬の澄んだ空気の中で、ストリートミュージシャンの奏でるクリスマスに似つかわしい華やかな楽曲や美しい歌声は、街をそぞろ歩く人々を楽しませている。

街のクリスマスムードが最高潮に高まる12月半ば、クラシックコンサートも最繁忙期を迎えている。
ミュンヘン・フィルの首席指揮者マエストロ・カン・ゴヌの姿は指揮者執務室にあったーーー
この日も17時からの本拠地フィルハーモニーホールで指揮棒を執ったあとで、外はとうに日が暮れていた。
彼はマリエン広場のクリスマスマーケットにさんざめく人々と、イルミネーションの煌めきを窓辺に佇んで眺めたあと ゆっくりとデスクに戻った。
パソコンの画面の青い光をのぞく彼は、背筋を伸ばしキーボードに両手をのせているが、文字を打ち込む気配はない。
執務室に低く流れていたボルジシェフの交響曲ニ長調の第一楽章が終ったとき、彼は男にしては繊細な指の線をしている肌の美しい手を顎にあてて デスクに肘をつき、青に浮かぶ文字を眺めていた。
やがて彼は、左唇だけを僅かに緩ませ、眉を寄せて一通のメールを射抜くように視線で辿るや、我知らずもれ出した息と同時に パソコンの電源を落としたのだったーーー

大切なのは真実ではない、大事なのは想う人を一番幸せにすることだって?……まったく、こどものくせに生意気なことを言いやがって・・・

彼の顔に瞬きの間現れた不敵な笑みは、始末の行方に迷っていたわだかまりを、彼自らの覚悟と抱き合わせで腹に落としたことを示していた。

~冬のソナチネ~

「最近先生の機嫌が悪くって。ただでさえ無口なのに、なに考えてるのか帰宅してご飯食べると書斎にこもっちゃうの。」
「…へえ、ルミ姉も苦労するね。

先生なに考えてんのかな?
演奏にこだわり過ぎてトラブってるとか?ありそうなことじゃん。」

カン・マエ邸の居間でサバサバした調子で応えたのは、ハ・イドゥン 今や韓国政府の支援を受けて、国費留学生となっているーー過日、韓国で三人が共有した時間においてはカン・マエ・ルミ共に手を焼かせた…瑞々しい才能を開花させ始めているフルート奏者である。
彼女は九月から半年の予定でウイーン音楽院に留学しており、休みができると電車に乗って、姉のように慕うルミに会いにやってくる。
「やっぱりそう思う?
この前 先生からメールがあって、先生の執務室に書類を届けに行った時なんか顔もまともに合わせてくれなくて…言った言葉は入れ・もう帰れの二言だけよ、穏やかな口調ではあったけれどね。
ああいう人だから優しい言葉なんて期待してないけど、気になっちゃうわよ。ねっ、おチビちゃん?」

ルミは妊娠七ヶ月を数日前に過ぎた、ふっくらしたお腹を撫でながら語りかけ、イドゥンに柔らかい目線を合わせた。

「先生はルミ姉に甘えているんだと思うよ。
余裕がないのを取り繕わなくても許してくれるって信じているんだよ、きっと。
ところで、、ルミ姉、先生と過ごすクリスマスのプランは?」

「なーんにもないわよ。先生はあの調子だし…どんなに忙しくても顔に疲れは出さないタイプなのに。このところの先生は元気がないの、心配だわ。」

「ルミ姉・・・ダメじゃん。先生もなにしてんだか。二人きりでゆっくり過ごせるクリスマスなのにね。
カン・マエは素直じゃないから、まともに悩みなんか話すはずないけどさ。
とりあえずクリスマスに欲しいプレゼントはないの?なにげなーく私が伝えてあげようか?」

カン・マエは、イドゥンがウイーンに留学生として韓国から来て以来、彼女曰く"親愛なるメル友"の一人となっている。
カン・マエが慣れぬ土地で心細いであろう、とルミを通じて自分のメルアドを教えてやった経緯がある。
彼自身、若くして異国での留学生として過ごした日々の様々な経験から、さすがの彼女も心細いであろう、との親心(彼は公式には認めていないが、イドゥンの欧州での身元保障人である)から発した行為だった。
当然ながら圧倒的にイドゥンからのメールが多く、彼からのメールは皆無であるし 返信もひとことで終わる短いものが多い。

イドゥンは、思わず遠慮なく"カン・マエ"と呼び捨ててしまったあと、慌てて顔を赤らめ 、彼の妻であるルミの次の台詞に違う意味で赤くなった。

「二人きりでゆっくり過ごせれば…それだけでいいの。私といる先生の表情が、リラックスして緩んでいるのを傍で見られるだけで私は幸せよ。」
「はあーーっ?それだけ? ホントにそれだけでいいの?
先生は変人だけど、ルミ姉もヘンだって! 」

しばらくの絶句のあと、大きな目をさらに見開き華奢な首を振りながら言うイドゥンに、ルミはニコニコと頷づくと妊婦にはとても見えない軽い身のこなしで立ち上がった。
「お腹空かない?先生は夜まで帰ってこないから辛ラーメンを作って食べようよ。
その代わり食べ終わったら家中の窓を開けて換気するから手伝ってね。証拠隠滅しとかないと先生に怒られちゃう。」

「え、ルミ姉…そんなもの食べていいの? お腹の赤ちゃんに悪い…」
「いいの、いいの、毎日食べてる訳じゃないし。イドゥンも韓国の味が恋しくなってきた頃じゃない?
食べたいものをガマンする方がよっぽど身体に悪いわよ。
先生にはバレなきゃ大丈夫だから!」

ールミ姉…強くなったな・・・
悪戯っぽくウィンクしたルミに、イドゥンはニヤッと笑って同意を示したのだった。

ルミはラーメンを箸をつかう手を、ついと止めて真面目な顔になる。
「ねえイドゥン、三ヶ月前かな…まだ私がうまく話ができなかった頃の出来事なんだけど聞いてくれる?
誰にも言うつもりはなかったんだけれど… 」
イドゥンはそんなこともあったんだっけ…と差し向かいで湯気を上げる丼を抱えるルミを見て頷いた。
「三ヶ月前のあの日は風の強い日だったーー街路樹から落ちた枯葉が石畳の上で舞うたびに乾いた音を立てていたのを覚えているわ。
私は先生から頼まれた買い物を済ませてマリエン広場の辺りを歩いていたとき、ふと屋台が目に入って足を停めたの。
私は屋台で買ったホットチョコレートを手にして座ろうとベンチを探したわ、人混みの中を歩いて 少し疲れたから休もうと思って。
あいにく 、どのベンチも人が座っていたから 一人の男性が端っこに腰をおろしていたベンチに声をかけて座らせてもらったわ。
私の声に一瞬だけ顔を上げて、無言で頷いたその人は、うつむいたまま顔を上げるわけでもなく 膝にうずくまるように座ったきり背中を丸めた姿勢のまま動かなかった。
私は身じろぎもしないで座ったままの彼が気分でも悪いのかと心配になって声をかけたのよ。
ほら、私はミュンヘンでは誰が見ても異邦人だし言葉がたどたどしいのも不自然ではないでしょ?」

ルミは冷めかけたラーメンを豪快に音を立てて食べ終えると、優雅にナプキンで口を拭った。
グラスのミネラルウォーターを一気飲みすると、話を次いだーーー

「私の声に彼は意外に力強く否定の言葉をかえして、自分はブレーメンフィルハーモニー管弦楽団でコンマスをしている、と自己紹介したの。確か名前も名乗ったと思うのだけど忘れてしまったわ。
彼は問わず語りで、
ミュンヘンには恋人と遊びに来ていて、彼女は買い物中…自分は彼女を待っている。自分は疲れるとベンチにきてコーヒーを飲みながら静かな時間を過ごすことにしているんだ、と小さな声で言ったの。
彼は目線を上げて『少し自分のことを話しても構わないかな?』と独り言みたいに口を動かしたのよ。正確には私には、彼の声が低すぎて聴こえなくて斜めから彼の唇を読んだのだけど。
私が迷っていると、初めてこの男性は私を正面から見たのよ…メタルフレームの奥の深い青の色の瞳は昏かったけれど話し方は柔和だったわ。
私は何故、そんな個人的なことを初対面の人にしようとするのか理解出来なかったし、なんとなくイヤな感じもしたのだけれど聞くのを拒絶できなかった。緊張して声が喉の奥に詰まったみたいになってしまっていたから…
仕方ないから彼の顔を見て頷くと、彼は こめかみを蒼白くさせた固い表情のまま『ありがとうございます。』って軽く頭を下げたの。」
「ふーん、ナンパじゃなかったんだ。
まあ、ルミ姉妊婦だもんね。優しそうに見えたのかな…」
ルミはイドゥンらしい間の取り方に声を立てずに笑うと、すぐに顔から笑みを消した。
「彼が話したのは、恋人、、いえ彼のフィアンセのことだったの。
友人宅で開かれたパーティーで彼と出会った彼女は、始めこそ彼に気のあるふりをしてくれたけれど、やがて何かと理由をつけて自分から遠ざかるようになったんですって。
追いかけると迷惑そうな顔をするから、彼が悩んだ末に 仕方なく覚悟を決めて別れを告げると、今度は向こうから追いかけてきたらしいわ。
時には差し伸べた手をするりとかわされたりもしてね。
そんな日々の積み重ねの末に、今彼女は彼のフィアンセになっている…という話だったの。
それだけの…ありふれた男女のお話。
だけど私には好奇心が湧いてきたのよ、彼は大好きな彼女と婚約できて幸せなはずなのに、こんなに昏い目をしているんだろう?って。」
「それで…ルミ姉はどうしたの?」
ルミは膝を乗り出してきたイドゥンの手を宥めるように触れる。
「まあまあ、急がないで。
人間、窮すればなんとかなるものね。
『あの… どうして… あなたは?』
私は彼にたずねたの。ひどく掠れた声だったけど私の意図は通じたみたい。
彼は頷くと長い溜め息をついたあと応えてくれたの。
『僕と彼女の関係は…落ち着いているようで違います。彼女は忘れられない手があると僕に告白したのです』と彼は言ったのよ。」
「……手?なにそれ。それっていわゆる手フェチ?」
ルミはイドゥンに頷きで応え、食べ終えた丼をシンクに運ぶとティファールの湯沸かし器に水を入れ加熱のスイッチを押して食卓に戻ってきた。
「紅茶でいい?」
うん、と子供のように答えた後輩に目尻を緩ませると再び、言葉を選びながらゆっくりとした口調で話し始めた。
「彼は男にしては色素が目立つ柔らかそうな唇の両端を曲げて、やっとのように笑いのかたちにしてみせたの。
搾り出すように出した声は、温度が無いというか…淡々と自分を抑えて話そうと努力しているように私には聴こえた。
『彼女には、その手の主と一度だけだが深くつながった記憶があるようなのです。遥か昔の曖昧な記憶の中で、なにを話したのか どんな声だったのかさえ忘れてしまったのに、白くて長い彼の指の感触だけが忘れられない、と言うのです。
夢の中でもいい、彼の美しい手を永遠に自分のものにしたい。心をくれないなら、その指だけでも欲しいと願ったと。
彼女の言葉を思い出す度に、僕は苦しくなるんです。
どんなに楽しい時間を過ごしても、当たり前の恋人たちのように戯れを愉しむ余裕が僕には無い。まとまりのない気分が押し寄せてくるんです。
もちろん、僕はどうしようもなく彼女を愛しているんですよ、だから…なおさら、どうにもいたたまれなくなるんです。』
彼は静かに語り終えると口元を苦笑のかたちに歪めたあと、私にさみしそうに笑いかけてから握手を求めて右手を差し出したの。私たちは握手して、彼は先にベンチから去っていったのよ。」
「変な人…ルミ姉に言うだけ言って退散したわけか。彼女にベタ惚れの男の脳内妄想じゃないの?」
若さのさせる、言い捨てるような声音に、ルミは苦笑し紅茶を淹れに立った。
ルミの背中を認めて微笑むと、イドゥンは気をきかせて、辛ラーメンの残した臭いを部屋から追い出すべく窓を開けてまわった。
紅茶のカップを前に再び向かい合った二人は、顔を合わせてどちらかが先に口を開くか待っていた。
イドゥンは、ルミの瞳に微かに見える物憂げな翳に気がついて、猪突猛進な物言いを控えていたのである。
「窓は全開! ルミ姉寒くない?」
「大丈夫よ、ほら防寒は万全でしょ?」
手を横に広げてみせた…サイズオーバーの、長いダウンのベンチコートを着たルミは、イドゥンに応えるとミルクのたっぷり入った紅茶をゴクリと飲みこんだ。
「先生の次の公演はゲストコンサートマスターを迎えて行われるの。
そのコンマスは…ブレーメンフィルハーモニー管弦楽団のフランク・フラックスさんなのよ。
三ヶ月前に私が会って話をした人かもしれないけれど、そうではないかもしれない。
先生の憂鬱の原因は何なんだろう?
考えていたら思い出したのが、さっきの出来事よ。
先生は『指揮者とコンマスは、つくりたいと願う音楽に向かって意思を共有しなくてはいけない』と私に語ったことがあるの。
現状に先生は悩んでいるのかな?と想像したところで、私には そのゲストコンマスと先生の不和の理由も思いつかないし。
所詮、想像は想像でしかないし…彼の存在を先生の憂鬱と結びつけるのは無理があるわ。
イドゥン悪いけど この話は忘れてちょうだい。先生にも絶対言ったりしないでね。
忘れてた!イドゥンが来たら出してあげようと思って、ウイーン風のアップルパイを作ってあったのよ、食べるでしょ?」

ルミ姉・・・
イドゥンはアップルパイを切り分けるルミの、ほの見える翳を微笑みに包んだ整った顔を眺めた。
ーーマエストロに逆らうコンマス(であろう)
ーーコンマスのフィアンセの記憶~白く美しい手指
ーー心をくれないなら、せめて・・・

パズルのピースは、イドゥンの頭の中で散らかったままではあったが、とっさに頭に浮かんだストーリーを否定するには無理があった。

イドゥンは欧州留学を機に、欧州においてのカン・マエを知ることとなった。それは才能ある指揮者としての業績だけではなく、けして褒められたものではない、三流ゴシップ誌が飛びつきそうな過去の私生活についても…である。
嘘か本当か定かでない、もはや都市伝説になりかけている武勇伝はカン・マエの音楽家としての評価を一ミリも下げることはない。
そして、そんな世間の非常識が通るのが彼等 音楽家たち、イドゥンも足を踏み入れた世界なのである。
ルミは、いつもの、おしゃべりの絶えないイドゥンの沈黙に気遣わしげに眉をひそめ、務めて明るく声を掛けた。
「どうしたの…イドゥン、ぼんやりしちゃって。
アップルパイ口に合わなかった?」

イドゥンは、脳裏に指揮者のしなやかな手指のビジョンを見ていた…
彼女はサクサクした薄いパイに包まれたリンゴをホイップクリームにつけて大口で頬張ると、慌てて首を振った。
「おいしいよ!甘さが丁度いいね。
ねえルミ姉、今度はティラミスを作って。
ティラミスはね、イタリア語の【Tira mi su】って言葉からついた名前らしいよ。意味はね…私を引き寄せて、私を持ち上げて、私を元気付けて、だって。ロマンチックだよね~
彼がね・・・ 」

「あれ~ イドゥ~ん。
怪しいなあ~彼ってイタリア人?恋してたのね~
雰囲気が変わったなあって思ってたんだけど彼のせいかあ、ふーん。
だからクリスマス休暇も韓国に帰らないのね。」

口に手を当て、慌てて言い淀むイドゥンは耳まで真っ赤になっていた。
ルミは少し笑ったあとひと呼吸おいて、恋しているらしい後輩の念入りなフルメイクを施した顔を覗き込む。

「彼はパンクが好きなのかな~
皮のライダーズジャケットに、ダメージ加工したカットソー、ミニのプリーツスカート、スタッズ使いのアクセサリー、アイラインバッチリに真っ赤なルージュ!
足りないのはピアスとタトゥーかしら?ガーリーなファッションだったイドゥンのゴシックパンクの格好を見たら先生ビックリしちゃうだろうな。
で、どこで知り合ったの?彼氏も音楽院のヒト?」

ーーやがて来るクリスマスに、ルミ姉が最上の笑顔で笑えますように。

ルミがあはは‼と破顔し、昔と変わらぬ眉も目尻も下がる様を見せたとき、イドゥンは心中で願ったのだったーー


カン・マエ…なにやってんのよ・・・
あんたが世界一大事にしてるルミ姉の心を翳らせちゃダメじゃん。

イドゥンは鏡の前で唇を噛みしめ、ツインテールに結った黒髪を振った。
そして、鏡台の上に並べたブレーメン・フィルのフランク・フラックスと彼の婚約者である女性の画像に目を走らせた。
なんでも情報化されている時代の便利さは個人のプライバシーなど簡単に覗けてしまう。
彼女はプロのソプラノ歌手だった。

数日後ーー
イドゥンはカン・マエにメールを送った。
【先生、話があるの。ガスタイクセンターまで行くから会ってもらえませんか。】

カン・マエの返事、【忙しい 】の一言はイドゥンの想定済みである。
【じゃあさ、これから送る画像を送るから見てくれる?
もしかしたらご機嫌が悪くなっちゃうかもしれないけど。】
【見たが、こいつらがどうした?なにが言いたいのかわからんが、時間の無駄だ。】
イドゥンはカン・マエの渋面が浮かんだが、少し考えたあと 慣れ始めのブラックベリーの小さいキーに苦労しながら細い指を走らせた。
【女性はスウェーデン出身のソプラノ歌手ハリエット・ヴァンゲル。男性は彼女のフィアンセで、先生も知ってる先生の公演でゲストコンマスをつとめるフランク・フラックス氏よ。二年前からブレーメンフィルのコンマスをつとめてるルミ姉が会った人。
一言だけ言わせて。
あたしは先生から何かを聞き出したいんじゃないよ。
大切なのは真実じゃない。
大事なのは、想う人を一番幸せにすることでしょ?
ルミ姉に口止めされてるから詳しくは言えないけど、ルミ姉は三ヶ月前にミュンヘンに観光に来ていた…その写真の女性にベタ惚れのヘタレコンマスに偶然会って、彼の話を聞いているの。
ルミ姉は深読みしたり疑ったりなんかしてないよ、ただ元気のない先生をすっごく心配してるだけ。
先生には要らないお節介って言われてしまうのは分かってる。でも私に話した時のルミ姉の顔を思い出すと言わずにはいられなかったの、ごめんなさい。】

返信を知らせる音は鳴らなかったーー
「ミッション終了~‼
手間のかかるオジサンには苦労するよね~ 」
イドゥンは、目の前の皿のティラミスを一匙掬いスプーンを眺めて呟いたーー
「私を元気づけて…か。」
スプーンを口に入れると、ココアパウダーのビターな風味の次にマスカルポーネの滑らかな甘みが追いかけてきた。

マエストロとイドゥンがメールでの会話をして数日が経ち…イドゥンのブラックベリーに初めてマエストロからメールが届いたーーー
【25日のソワレ公演のチケットをおまえのぶんもとっておいた。
韓国に帰らないでぶらぶらしているなら、どうせ暇だろう。勉強になるから聴きに来い。
金のない貧乏学生を泊める部屋も用意してやる。
ただし、例の元寄せ集め楽団や元ソクラン市響の連中には絶対言うな。押しかけられると面倒だからな。
飛行機のチケットはeチケットがおまえのパソコンに届くようにしておく。】

「ふーーーん、カン・マエ、こんな洒落た真似ができるんだ。
さては、マエストロ殿のご機嫌はなおったのかな~ ルミ姉も一安心してくれたよね、きっと。
べつに暇ばっかしてないけど、行ってやるか。
もしかして私に感謝して…まさかね~」

ほんの一瞬頭を過った、かもしれない、という程度の曖昧な憶測は雲のように消え、それきりイドゥンは連想も広げる事は一切無かった。
彼女が初めて出会った頃からマエストロは無愛想ではあっても、愚直なほどに人に対して誠実な人だった。
いつしか彼女は自分の心に嘘をつき、本音を誤魔化して如才なく生きられないマエストロに自分と同じものを見ていた。
たびたび 人と衝突し、要領よく折り合いをつけることが苦手な、不器用にしか生きられないマエストロの辛さも理解できるようになっていった。
そしてマエストロを理解する事は自分の弱さを認めることになり、認めたくなかった幼い自分は、彼に反発していた事もあったのだーーーと懐かしく かつての日々を思いだす。

イドゥンは隣の部屋から聴こえる…上手とは言えないソナチネを奏でるピアノの音色に合わせてメロディーを口ずさんでいたーーー

今、傍らにいるひとの、その手に触れ心に触れて、お互いが発した熱を注ぎあったなら幸せが心を満たしてくれるのに・・・
イドゥンは忘れかけているハリエット・ヴァンゲルの面差しの断片…哀しみの色を奥に秘めたような彼女の黒い瞳に思いをめぐらせていた。



12月26日の朝が来たーーー
クリスマス公演が終わり、カン・マエ は久しぶりにルミとゆっくり過ごしている。
ルミが安定期を迎えてから日課にしているトーベンとの散歩から帰ってきたらしい。玄関のドアが開く音がして、手を洗っているのか水音が聞こえた。ソファに横たわって目を閉じていたカン・マエのおでこに『ただいま』の声と彼女の唇の感触が降りてきて、冷たい指さきが顎のあたりに感じられた。
「ああ… 帰ってきたのか。」

「起こしちゃった?ごめんなさい。」
「いや、、構わない。手が冷たいな…」
カン・マエは手を伸ばして愛妻の冷え切った手をにぎり、引かれるままルミはソファに座った。
カン・マエは、すっかり慣れた仕草で彼女の膝に頭をのせて目を閉じる。
「先生忙しかったもんね… 今日ぐらいゆっくり休んで。」
「う、ん、、だが大晦日から始まるジルヴェスターコンサートとニューイヤーコンサートがあるからな……今年の演目はベートーベンの第九だ。合唱団とのリハーサルは副指揮者がしてくれているが任せきりには出来ん。」
「先生はお仕事中毒ね、、、
楽譜はいいな~先生とずーっと一緒にいられて。」
カン・マエのうん、、とも ああ、、とも聴こえる低い声の振動がルミの膝に響く。
二人きりの時にだけのルミの甘えた声がカン・マエの耳を…全身をくすぐった。
「泊めてやると言ったのに、イドゥンはどうして来なかったんだ?
だいたい、あの格好はなんだ?下品極まりない。」
「ふふっ、、恋する乙女だからよ。
好きな人がPleymoっていうポップパンクロックにハマっているんですって。
女の子は彼の趣味に合わせてファッションが変わるのよ。
彼女の通う音楽院で知り合ったビオラ専攻のイタリア人らしいわ。
センスがあるらしいわよ、高校生のときにチャイコフスキー音楽コンクール三位にもなった人だって。
いつかどこかの楽団で先生も会うことになるかも。
若いわよね~公演のあと、ウイーンからはるばるイドゥンに逢いにきた彼とオールナイトでクリスマスを楽しんだみたい。」

ルミはふん、と鼻を鳴らして応えた夫に微笑み、宥めるように癖のある長い前髪をくしけずるように撫でた。
「あいつ、おまえのお人好しが移ったようだな。
他人を心配して余計なことを言う割には、自分の事となると無頓着なところはそっくりだ。」
「……え、イドゥン、先生になんか言ってたの?」

ーー相変わらず顔にすぐ出る奴・・・
カン・マエはニヤリと笑うと上体を起こした。
「いや、結婚っていいですか~などと人を茶化してきただけだ。
『恐ろしく金がかかる割に成功率が低いものはなんでしょう?』と聞いてきた時は笑ったがな。」

カン・マエはルミの右に腰を降ろし、自分の膝にルミの頭をいざなった。
「おいで…少し休んだ方がいい。」
「先生、さっきのなぞなぞの答えは?」
「先に答えたらなぞなぞではないだろうが。答えてみろ。」
「…ああ、えーと、なんだろう。博打かな? あっ、女性のお化粧とか?」
カン・マエは彼には珍しく声を出して笑い、愛妻の細い指をいじりながら応えた。
「化粧か、、、なるほど。イドゥンの答えは結婚だ。
あいつが思いつく筈はないから、何処かで飲んだ時の馬鹿話から仕入れてきたのだろう。」
「ふーん、知らないうちに大人になったわねえ、ハイドン嬢。
結婚ねぇ、意味が深そう…よくわからないけど。先生は答えがすぐにわかった?」

応えづらい時に見せるカン・マエの視線が泳ぐ様子に、ルミはわざと彼から視線を外した。
カン・マエはルミの肩をふわ、と持ち上げ、背中から抱きしめて応える。
「ルミ… 一日遅れだが、メリークリスマス・・・
来年のクリスマスはにぎやかになるな、楽しみだ。」

彼女のお腹に宿る小さな命を愛おしむように触れたカン・マエの手に、ルミの瞳からひとすじの涙が伝った。
耳元に囁かれた声を聴いて胸に飛び込んできた愛妻を、カン・マエは受け止めて優しく抱きしめるーーー
どちらともなく合わされた唇は、離れてはまた合わされて、気持ちのまま お互いを求めるような激しさになった。
カン・マエは長く…深い口づけのあと、ルミの潤みの煌めく瞳を見つめ 名残惜しげに抱きしめる手を緩めた、、、これ以上は、、止まれなくなる、、、

自制心が勝ったとき、彼の右手には固くこぶしが握られていた。
カン・マエは全身の力が抜けた心地に見舞われ、ルミの髪に口づけしながら息を整えていたのだった。
「先生、、、、愛してる。」
「… ああ、、、」
ルミの顔を両手で挟んで、こめかみ…額…鼻さき…唇…についばむように唇をあてていった・・・

愛しき人が ただ静かに目前に在る。

『Freude‼ 』ベートーベンが最後の交響曲に込めたフロイデ…歓喜の歌
『もっと喜びに満ち溢れるものを…』孤独と苦悩を越えて、ベートーベンが自らの書いた歌詞に込めた願いがカン・マエに沁みていったーーー

エピローグ

年が明けて二週間が経った。
カン・マエはクローゼットでグレーのピンストライプの三つ揃いとクリーム色のシャツ、光沢のある黄緑色にドット柄織りのネクタイを選び出し、身支度を始めていた。
新年に入り、専らミュンヘンフィルの拠点・フィルハーモニーでの仕事から、楽団も彼自身も各地を飛び回る仕事に戻る。
演奏は一期一会、二度と同じものはない。常に前を…より良い演奏を求める彼に「あの男」の記憶は薄れていた。
身支度を整えてルミが朝食を並べた食卓に座ると、一通の手紙が目に入った。
「これは?」
「さっき届いたの、先生宛てよね。」
冷蔵庫からサラダボールとドレッシングを取り出しながら応えるルミの背中を見るカン・マエの彼女の反応をはかる視線に、彼女は気づく様子はないようだった。

『運命のドアが開く音』の前で佇んでいたあのコンマスを思い出す。
カン・マエよりも頭一つ背が低く、色の白い丸顔にぽってりした女のような赤い唇の口角が下がるのが印象的な内気そうな容貌の男だった。
約ひと月前、リハーサルが終わって練習室から最後に出ていこうとする、ゲストコンサートマスターをカン・マエは呼び止めた。
「私は君の挑戦的な姿勢には敬意を表する。私に逆らうコンマスは数えるほどしかいなかったからな。
本番はもうすぐだ、否応なしに我らの音楽は客観的に評価される。
はっきり言うが、私は失敗するのを許せない。」
はいと返事したきり、ぼんやりとこちらを見ているだけのフランク・フラックスに苛立ちはしたが、カン・マエが彼のプライベートについて知る情報はハ・イドゥンがもたらした漠然としたものだけだった。
「フランク・フラックス君。
ベートーベンの交響曲第五番 第一楽章の冒頭に出てくる第一主題をベートーベンは『運命がドアを叩く音』と音の意味をたずねた弟子に答えているのは有名な話だ。学生でも知っている。
私は運命という言葉は好まないが、もし運命を自分が引き寄せたのであれば、その先だけを見て歩くべきだと思う。なにかを妬んで、結果自分を惨めに傷つけても面白くない。
君は婚約中だそうだな。迷わず彼女と手をたずさえて運命のドアをくぐればいい。
私は離せない手を見つけた、妻の手だ。君も彼女の手を離せないだろう?」

最後までフランクとのコンビネーションは噛み合わなかったが、それでも公演本番までには間に合った。
寡黙な男は公演終了後、控室に戻ったカン・マエに感謝の言葉を述べて静かに去っていった。
彼がカン・マエに柔らかい表情をみせたのは、この時が初めてだった。
彼の顔はなにかを吹っ切れたのか…清々しい明るさがあったーーー

ソファに移ってフランクの手紙を読むカン・マエに、ルミがエスプレッソのお代わりを盆にのせて運んできた。
「ふん、相変わらずへそ曲がりな男だ。わざわざ手紙を寄越して、なんの知らせかと思えば… 」
ルミに聞かせるように、わざわざのカン・マエの独り言に、ルミは足を止める。
我慢出来ずに戻ってきたルミを膝にのせて、カン・マエはフランクの手紙を見せてやる。
「私は結婚報告を受ける立場でもないし、奴に義理もない。貸しは山ほどあるがな。」
しらっと流したカン・マエはテーブルに手紙を無造作に投げた。
「フランクさん、結婚したんだ~
良かった~ あの時すごく悩んでたみたいで暗かったもん。」
「ん? おまえ、フランクと面識はないだろ。あの時ってなんだ?」
カン・マエはルミの腰に手をまわし、面白そうに顔を覗き込む。
「え、あ、あの…クラシックの雑誌で…あの、、」

「おい、エスプレッソが冷めるだろ。
おまえが膝にいると飲めないじゃないか。」

カン・マエはとうとう我慢出来ずに、口に手をあてて大笑いした。
冷めはじめたエスプレッソは、なぜかいつもより苦さを感じなかったーーー

Fin.

あとがき

クリスマスSS、遅くなりました。
どちらかというと、オトナの寓話のようなテイストです。
あとがきはまた、改めて。

管理人より。

気分はミュンヘン( ^_^)/~~~

拍手御礼

こんにちは。拙宅にご訪問いただきありがとうございます!
昨夜は予告もなしにSSのアップをしたにも関わらず、拍手をいただきましてありがとうございました。(涙)
Xmasまで二週間、街のイルミネーションが真冬の冷気に暖かさを添えて煌めく季節たけなわですね。
気分はミュンヘン!で、ネットでミュンヘンやニュルンベルク(世界一のXmasマーケットなんだって)のXmasマーケットを検索しては楽しんでおります。
今年こそXmasマーケットに行ってみたーい。ライトアップされた屋台を観たーい、東京スカイツリータウンのXmasマーケットに行きたーい!
行ったらご報告しますね(*^_^*)
昨夜まで、ベートーベン・ウイルスの二次ブログを始めて以来の、二ヶ月に渡る休止をさせていただいてました。
どうしても、まとまらない…それ以前に創作する集中力が欠如した状態で、なにも申し上げるコトなくブログ閉鎖になってしまうのか?と焦りました。
そんなときはマエストロも嗜まれていた赤ワインのグラスに手がついつい伸びてしまって文章の一節も書かないまま眠りについてしまう有様(大汗)
ルミちゃんとカン・マエの甘々ロマンスは浮かばず、"Someone like you"を聴きながらカン・マエの元カノの心情がぽっかりと…やけに分かりやすく台詞入りで浮かんだりして。
イギリスの歌姫アデルの唄う、元カレに向けた怖~いほどの心情なんですよね。
【噂に聴いたわ、身を固めたらしいわね。
好い娘と結婚したとか
夢が実現したとも聞いたわ
たぶん、その娘は私が与えられなかったものを貴方に与えたのでしょうね…
貴方が私を見て思い出してくれると期待してしまったの。
たぶん私は、貴方との事が整理しきれていなかったのね。
でも気にしないで、他に誰か貴方によく似た人を見つけるから
なにも望まないわ、貴方の幸せを願うだけ
お願い…私の事を忘れないで・・・
私は貴方の口にした言葉を覚えているの。
「時に愛は永遠なものと感じるが、時に痛みを感じる苦痛でしかない。」
後悔も間違いもない・・・
過ぎた時間は、私の中にある一片の記憶にすぎないから。
こんなにほろ苦い想いに囚われている自分を想像してはいなかったけれど。
気にしないで…貴方によく似た人を見つけるから・・・】
ね、怖いでしょ?笑
そして、この場をお借りして七海様に感謝を述べさせていただきます。
更新をお休みしている間、七海様の新作シシリエンヌを誰よりも早く拝読していた幸せ者なんです、私。
もしSSについてなーんにも関わるコトなく過ごしていたら、妄想をする事・浮かんだ想いのかけらを言葉にする事を忘れてしまったと思うんです。
アップ前の原稿に感想を送らせていただいただけで、なんにもお手伝いなどしてないのに、七海様には私の身に余るお言葉をいただきました。
本当に…ありがとうございました。
書きかけのSS、哀愁のワルツにつきましては年が明けてから連載開始できますよう調整中です。
何せ、重めの明るいとは言い難いストーリーですし、私の想定している最終話はそれに増して重く、楽しいとは言い難いストーリーです。
ドラマでも映画でもラストが肝心ですよね。盛り上がりは容易く演出できてもラストがマズイ…というパターン(~_~;) だけは避けたい。
それで、最終話に関してはまた考えています。
今年も残す日にちが少なくなりましたが、次回は短めのクリスマスSSをアップ予定です。
寒さが本格的になってきましたね。
キーンと張り詰めた冷たい外気は、隣で歩く人の温もりを教えてくれる感じがします。人肌恋しい季節…かな?笑
犬や猫など、物言わぬけれど心通じている可愛らしい家族の暖かさもさらに実感する季節ですよね。
肌近く、心近く在る存在と、幸せな年末を過ごして下さいね。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。
管理人よりヾ(@⌒ー⌒@)ノ

アメイジング・グレイス

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

春が始まったばかりにしては、空が真っ青に澄んだ美しい日だった。
乾いた風が彼の頬を過る。
風が足元から巻き上がって、彼の隣に佇む人の長い髪を揺らしたーーー

もし君と出会わなかったら、自分はどこまで独りで…どこまで行ったのだろうか。
じっと黙って…揺らぐ心に目を逸らしたままで。
君と一緒でなくて、きっと寂しいままの自分を認めぬままでーーー

~アメイジング・グレイス~

初春のミュンヘンーーー

ヘイリーの歌う【アメイジング・グレイス】の透き通るような声が流れる カン・マエ邸のリビングルームには愛犬トーベンと戯れる彼の恋人トゥ・ルミの姿があった。
編曲を学ぶ学生であるルミは、休日の朝食後 総譜に目を通しているカン・マエとさし向かいの位置に座り、 【アメイジング・グレイス】の編曲の宿題をしていたのだが、煮詰まってしまったらしい。
次の公演で演奏予定のシューベルトの交響曲第五番の総譜に目を通していたマエストロは、目を上げて総譜に鉛筆で書き入れると 傍らで気晴らしにトーベンと戯れ始めたルミを目の端に止め、密やかに微笑んだーーー

彼の面倒くさい逡巡を、時に無邪気な笑みで あるいは若さに似合わぬ達観のにじむ穏やな沈黙で包んだルミは、彼の最愛として一緒に暮らし始めて、まだ日が浅い。
彼女の大輪の白い花のような笑顔の奥には、そこはかとなく寂しげで 辛さを知っているせいなのか不器用に優しいところがある。
我慢強く、辛い思いを表に出さない癖が身に付いているルミの脆弱な面を理解しているのは、家族と彼ぐらいのものである。
彼は自分だけに向けるルミの笑顔がたまらなく可愛くて、華奢な容姿からは想像できない現実に反抗的なところにも惚れてしまっていた。
そして…彼女に、深く・分かち難いものを見ている。
自分がルミの勁く柔らかい部分を護り通したいと希ってやまないことを確信したとき、彼は初めて先を読まずに 女性に前のめりになってしまう自分を許した。

それまで、彼は どのような心理になろうとも、毅然と…淡々と自分らしく在りたい、在らねばならないと自分を縛り付けていた。
他人に無防備にならねば心を裸にする色恋はできない。しかし無防備になる事に対する不安が、彼に本音をさらけ出すことをさせなかった。

【俺のそばに居てくれ…】
短い、数秒で終わる、哀願に近い言葉を口にするまでの時間は、カン・マエにとって永遠のように長かったのである。

今…ルミと共にある幸せがいつまで続くのか、例えば明日一緒に死んでしまえば、この気持ちは永遠のものになる、などと愚かしい戯れ言を想う自分を嗤うばかりなのだ。
そして彼女を恋いながら流れる時間の中で、確かに自分が自分らしく生きている。とも感じていた。

まとまりのつかない…慣れていない感情は、さながら水辺に投げた石が波紋を生み出し、重なり合うようにカン・マエの心にさざ波を揺らしたーーー



カン・マエはひとしきり恋人を眺めると、また総譜に神経を集中させた。
ソファの横のコーヒーテーブルに手を伸ばし、オーディオのリモコンを押して音声を消した。

「散歩に行くか?」
ルミが振り向く前に彼の声に素早く反応したのは、トーベン…彼の老犬だった。
トーベンの尻尾が高く上がり、期待のぶん激しく振り幅がひろくなる。

「そうか、嬉しいか?
今日は休みだから少し遠くまで歩いてみるか。」
足元にうずくまる愛犬に、語りかけるカン・マエの目尻に目立つしわが寄るのは、彼の最もリラックスした表情である。

「トーベン嬉しそう、、くやしいわ、私がお散歩に誘っても、こんなに喜ばないもの。」

「当たり前だ、私が飼い主だからな。」
カン・マエは、エスプレッソを淹れにキッチンに立った、控えめに不満げな声を出すルミの顔をチラと眺め、満足そうに応えた。
ニヤッと唇を捲り上げた彼は軽く咳き込み、ミネラルウォーターを飲むと香り立つエスプレッソを彼の前に置いて、そのまま隣に座ったルミに目を合わせる。
ミュンヘンフィルの首席指揮者・音楽監督として、つねに最高の演奏ができるように体調管理には人一倍気をつかっているカン・マエも、体力面と精神面の両方でハードな日々に 風邪が治りきらないまま、仕事に忙殺されていた。

「準備をたのむ、風がまだ冷たいから上着を着ていけよ。
おまえに風邪をひかれては困るからな。」

「先生は心配症ね~ 大丈夫です!私は先生と違って雑草ですから。私は丈夫なとこぐらいしか取柄がないの。
先生こそ、最近風邪気味でしょ?人の心配するより、早く治してくださいね。
お仕事が詰まってるんだから体調管理してくださいよ。」
「そうらしいな、韓国でも 傘もささずに雨の中を走っていた。
風邪をひくのは自業自得だが、バイオリンケースが濡れては楽器に良くないとは考えないのか。と私は呆れていたがな。」
「……先生、私が雨の中を走ってたって・・・いつの事がわからないけど…
見てたんですか?」
「ああ…たまたま雨音が気になって窓ぎわから外を眺めたら、能天気なおまえの姿が目に入っただけのことだ。
特段 理由はない。」

ルミが言いたかったのは、仕事となると無理も厭わないカン・マエへの"ささやかな心配"だったのだが、見事に過去の自分にすり替えられてしまった。
微かにもらした溜め息のあと、艶やかな唇をとがらせたのは、彼には想定内であり そんな風な顔つきをすると歳下の恋人がさらに少女じみた様子になるさまを眺めるのも、彼の愉しみなのだ。
「…先生、、本当にバイオリンの心配が先だったんですか?
信じられない…まあ先生らしいけど。」
怒るでもなく、柔らかい頬の線を見せて 小首を振った恋人を後頭部から斜めに目の端に認めた時、思いがけず、あの日の情景と共に去来した…言葉で説明のつかない複雑な想いが、カン・マエをチクリと刺した。
あの時、己がルミを愛し始めていたのか…それとも[彼等]の若さに眩しいものを見ていたのか…未だ彼にはわからない。
あの日のカン・マエの目に映りこんだ、己が貸した傘をルミにさしかける…同姓同名の弟子の背中・彼を斜めに見上げた時のルミの笑顔が鮮やかにフラッシュバックする。

「懐かしいわ・・・
先生にボロクソにけなされたり うまくいかない事があっても、大好きなバイオリンを弾けて、先生の元で素敵な仲間とシンフォニーを奏でることができた。
私は…私たちは幸せ者よね。」
表向きの明るい声に翳がまじって、声が尻すぼみに下を向いた。
カン・マエは自分の何気ない言葉が招いてしまった空気を持て余し、手近にある総譜を眺める振りをするしかなかった。

〈今はどうなんだ?私と一緒に暮らしている今、おまえは幸せか?〉
口にできない問いが、彼に恋人をまともに見ることを躊躇わせた。

少しくぐもって聞こえる声は、あの日の雨の音と混じって、独り言のようにかき消えた。
ルミがソファに来るやいなや、彼女の足元に移動して、背中を撫でてもらっていたトーベンが、くぅーーんと声を出す。

「トーベンたら…くすぐったい!
大丈夫よ…お散歩行こうね。
お水持っていかないと…待ってて。」
ルミが立ち上がるとトーベンも大きな身体を起こしたが、主人の恋人の背中を澄んだ眼差しで見送ると再び身体を伏せた。
どうやら長年カン・マエのそばで暮らしているせいか、人の感情の機微に敏感なトーベンはルミの手を舐めて慰めていたらしい。
自分のようなひねくれた男でなければ、さりげなく その華奢な肩に手をおくか 頭を撫でて慰めてやるところだろう。それですべてが片付くことも彼は知ってはいる。
素直になれぬ自分を呪ったカン・マエは、窓の外に視線を向けて口元をゆがめた。
彼はルミに声をかけるタイミングをはずし物思いに沈むしか術がなかったのである。
どれだけの時間が過ぎたのか…彼はルミの朗らかな声で我にかえった。
「先生‼ 支度できたわ。
散歩に行くんでしょ?」
目前に、オレンジ色のショートコートに似つかわしい…えくぼを見せ、こぼれるような笑みをカン・マエにむけるルミが立っていた。

「ああ… そうだな。」
目尻が下がって、頬がぷっくりとまるくみえるルミに目を合わせて応える。
四角くて尖りのある心境の時ですら、瞬く間に尖りをのぞいてまるくさせる…優しく、強く彼に勇気を与える笑顔が咲いていた。

寡黙なカン・マエのゆっくりとした返しに、ルミはそれでも彼が自分に寄せる想いを、自分に語りかける時の穏やかな口調や 合わされた彼の眼差しから全身で感じている。
カン・マエは言葉の代わりにルミの左手首をつかみ、指先を 彼女の手の甲をすべらせ…彼女の指先に向かって、一本一本 確かめるように愛おしげに触れたあと、彼の長い指を絡め・・力強く握った。

カン・マエは手をつないだまま、すっと立ち上がり… ルミの体は上体から たやすく引き上げられて真近く向かい合うかたちになった。
カン・マエの右手がルミの後頭部にあてられ…彼女の上半身は傾いて柔らかな頬は彼の鎖骨のくぼみにすっぽりとおさまった・・・
髪を撫でる大ぶりな手は、背中に下りて直ぐ、在りかを迷った・・・
自分とルミの身体にある10センチのすき間が自分のもどかしい想いのようだった・・・

「ルミ…、 大丈夫か? 」
頭骨に響く低い声に応えるルミのあごの動きに、カン・マエは所在なく浮かせていた手を彼女の腰に回し抱きしめた。
背中に回されたカン・マエの指先に力がこもった時、安心したようにルミの口から漏れ出した息の熱さが、彼を過去から現在に連れ戻したのだったーーー

「最近忙しくて、ゆっくり散歩に連れて行ってやってないからな… 」

「だし」にされたトーベンはむくりと起き上がり、ソファから三メートルほど離れた暖炉の前に座っていた。

ーおまえがそばに居るからこそ…
「先生ったら変なの…
散歩はいい気分転換になるわ。きれいな空気と新緑の香りは先生の疲れを癒してくれるでしょ?」

カン・マエは、ルミが手渡したベージュのコートとバーバリーチェックのストールを羽織ると先に立って歩き始めたーーー

「おい、早くしろ!なにしてるんだ?」

「はーい、すぐ行きます!」

「……女ってのは、必ず待たせるものなのか?さっきは支度できたと言っていたよな?」
ぼそりと、溜め息まじりにトーベンにつぶやいたカン・マエの耳に、忘れ物があると言って奥に取りに行ったルミの、すっかり耳慣れた声と足音が聴こえたーーー



この日は いつもトーベンを連れて歩く公園の前を通過し、イザール河に面した公園を目指してゆっくり歩いた。
頭を空っぽにして、純粋に季節の移ろいを味わいながら散歩する愉しみも、傍らに愛する人の存在を感じながら歩む道程の楽しさも、カン・マエにとっては特別なものだ。

彼に違う世界を与えた自覚のない恋人は、想いを滅多に表に出すことのない彼の変化には気付かないままであるが・・・

公園の入り口には門のように木が二本生い茂り、木の手前にある小さな水門には清らかな水が流れている。
「着いた?」
「ああ…ここだ。
おまえがミュンヘンに来る前は ここまで来ようとは思わなかったが…
大きな楡の木があるそうだ、木陰でトーベンを休ませてやろう。水を入れる皿は持って来たか?」
「もちろんよ、トーベンの大好きな柔らかいビーフジャーキーもあるの。
あ、それからウェットティッシュと先生の喉のためにリコリス飴と…
フルーツグミも。コレ大好きなの。」
「おまえは子供か?
遠足じゃあるまいし… 」

片頬に苦笑いを浮かべたカン・マエの心には楽しげなロンドが流れていたーーー

一人の散歩には長すぎる…
ルミがカン・マエの本音に気付くはずもない。
「先生、ここに来たの、もしかして初めてなの?一緒に来たの、私が初めて?
わあ~なんだか嬉しいな!私は先生と一緒にいると初めての事だらけだけど。」
「公衆の面前だぞ。
分かったからまっすぐに歩け!」

飛びつかんばかりのルミをやんわりと右手で制しながら、カン・マエは思う。
〈俺はおまえと一緒で、初めてのことだらけだ・・・〉

15分ほど歩くと、樹齢100年をこえる、シンボルツリーの楡の大木が見えてきた。
「あの木かしら?日の出の丘の木に似てる……覚えてる?先生。」
「ああ… そうかもしれないな。」

トーベンはルミが皿に注いでやった水を飲むと、柔らかな下草が生えて、可憐な小さな花を咲かせている楕円形の木陰に大きな体を横たえてウトウトと眠り始めた。
老犬のトーベンは、長距離の散歩に疲れたらしい。
寒さが緩んで、公園には子供連れの親子が散歩に来ており、子供の楽しげな声が遠くに聞こえた。

木陰に佇み巨木を見上げて佇むカン・マエとルミの脳裏に、昔日の日の出の丘での記憶が巡った・・・

「ねえ先生、日の出の丘で二度と逢えないと思っていた先生に逢えた時はドキドキして心臓が飛び出しそうだったわ。
思わず先生に抱きついてしまったの…
だらしなく緩んでしまってた、あの時の私の顔、先生に見られなくってよかった・・・恥ずかしいもの。」
ルミはカン・マエの輪郭をなぞるようにあてていた視線をはずすなり、頬に手をあてて小さく息をついた。
「…そう、、か… 」
「先生と逢えて嬉しかった…離れることになっちゃったけれどね。
もう一度…もう一度先生に再会するまで、何度も何度も思ったの。あの時、もっとちゃんと先生の顔を見ておけばよかった、って。
先生を独り占めできた幸せすぎる時間だった…私の一方的な想いの中でもね。」
「まるでメモリースケープ…だな、都合のいい妄想の中で自分を救っていたわけだ。おまえに思い出に耽る趣味があるとは知らなかったな。」

自分の毒舌に、今さら動じるわけはなかろう…と気楽に口にした言葉に、ルミは予想外の反応を見せた。
「違うの、、私は…過去に戻っても虚しいだけって分かってた。
もう時間は戻らない…先生はもう私を必要とはしてないってね。
だけど…あの時間を、記憶を切り取って眺めてるだけで強くなれる気がしたの。

先生ごめんなさい…気にしないで。」
うつむき加減で肩をすぼめているルミの髪に、梢から漏れた太陽の光があたってキラキラときらめいた・・・
カン・マエは泣かれると困ると思って焦ったが、ルミは泣かなかった。彼女の瞳が潤むこともなかった。
彼女は、喉を微かに鳴らしてから顔を上げると 時間をかけて歳上の恋人を眺め、微笑みを浮かべたまま彼の手の甲に右手を重ねて静かに息をついた。
「ル、、、 」
ルミは、言いかけてーー掠れ声のあと、コンコンと咳き込んだカン・マエの口にバッグからリコリス飴の袋を取り出し、一粒取り出して彼の口に含ませた。
「意地悪言うから罰が当たった~
舐めて、喉にいいから。
美味しくないけどがまんしてね!」
「… これがリコリス飴か。噂は聞いていたがマズイな、食べ物とは思えない。」
カン・マエが顔をしかめた時、眠っていたトーベンがむくりと起き上がりワン!と声を出すなり走り出した・・・
トーベンは5メートルほど先の、木陰に続くなだらかな草地で転んでしまった五歳ぐらいだろうか…フードつきの赤いコートを着た女の子に駆け寄り、寄り添っていたーーー

「あの子転んじゃったのね~
トーベンは優しいなあ。怪我してないかしら?見てくるわね。」
ルミに続いて、カン・マエも少女とトーベンのもとに向かった。
「転んじゃったのね、どこか痛くない?大丈夫?」
「うん、痛くないよ。ワンちゃん大きいね、ふわふわの毛可愛いね。
お姉ちゃんの犬?」
「え?ああ、この犬は後ろにいる…おじさんの犬よ。
おとなしいでしょ?」
ルミは膝を落としてトーベンの首すじを撫でながら少女に目線を合わせ、伏せの姿勢のトーベンの背中を小さな手でかき回しながらニコニコしている少女に応えると二歩分離れて立っているカン・マエに顔をむける。
姉の子供と遊んだ経験のあるルミと違って、子供慣れしてないカン・マエは表情に変化なく ただ眺めるばかりである。
「お母さんは?一緒に公園にお散歩に来たの?」
「うん、お母さんと弟と三人で来たの。弟はね、まだ赤ちゃんなの。
大きな木の下でお昼寝するんだよ。
あれ?まだ来ないかな?」
「じゃ、ここで待ってようね。
あ、お姉ちゃんフルーツグミ持ってきたんだ。食べる?」
カン・マエは、ルミが少女の手にグミをのせようとした瞬間、ルミの肩に手をおいて振り返らせた・・・
「おい、トーベンを触った手に直接のせたら汚ないだろうが。
ウェットティッシュで拭いてやれ。おまえの手も拭けよ。」

「ユリア…ユリア‼
ここにいたのね、先に行っちゃダメって言ったでしょ!」

少女の小さな手を綺麗に拭いてやり、ルミが赤や黄色のフルーツグミをのせたとき、風に乗って少女を呼ぶ母親の声が聞こえ、ベビーカーを押した大柄な女性の姿がせまってきた。
「あ、ママだ! 」
カン・マエは、ルミの膝に座っていた少女が、立ち上がって歩き出したのを目にすると、少女の正面にひざまずいて目線を合わせ、 ゆっくりしたドイツ語で語りかけた…
「待って。お菓子のあるほうの手をグーにしてごらん…そう、それでいい。
ママのところに行くぞ。」
カン・マエは、腰を上げたルミを目線で制すると滑りやすい草地を走り出そうとした少女の手をひいて、ベビーカーに少女の弟を乗せて歩く母親の前まで連れていき、軽く会釈すると少女の手を離した。

「おじさん、お姉ちゃん、ありがとう‼
大きいワンちゃんまた会おうね~ 」

「ワン!」
カン・マエとルミ、トーベンは、小さな手を頭上に振る少女と頭を下げる母親に別れを告げて楡の木の木陰を後にした。

「ねえ先生… 」
「なんだ、なにか言いたそうだな。喉なら調子いいぞ。リコリスが効いたらしい。」
面白くもなさそうな顔をして応えるカン・マエに、ルミはさらにたたみかける。
「…じゃなくて、先生って小さなレディには優しいのね~
私だって、あんなに優しくしてもらったことないのに。
私も手をつないで歩きたいな、ねえダメ?」

「滑りやすい草地でまた転んではいかんから手をつないだだけだ。
なにを言っている、おまえは一人で歩けるだろ?」
甘えるような調子のルミを受け流すとカン・マエは歩く速度を早めた。
「先生ーーっ、待ってぇーー
わかりましたから~ 」
駆けてくるルミの声を聞いて頬を緩めたカン・マエは足を止め振り向くとトーベンのリードを左手に持ち替えると右手を差し出すように伸ばす。
「仕方ない、少しだけだぞ。」

つないだ手と手の温もりは、彼の想いとルミの想いを伝え合っていたーーー
欧州での暮らしが長くても、どんなに慣れ親しんでいても、カン・マエの心には"異邦人の孤独"がずっとあった。
東洋人として差別の目で見られている…音楽家としての実力がなければそれで終わり、それが欧州のクラシック界での東洋人の現実だ。
誰にも負けない、その反骨心が彼を支えていた。
居場所を求めて…ずっと葛藤していた。ひとつも慰めを得ることも、慰めを求める気分に囚われることもなく時間は流れ、彼はその時間に身を委ね続けてきた。
今は【ここが自分の居場所】そう信じる事が出来る。

「先生、手 離さないの? 」
「おまえ、さっき私のことを"おじさん"と呼んだろ? 私はおまえにおじさん呼ばわりされる義理はない。
手を離さないのは、罰ゲームだ。
帰るまで手を離さない、分かったか?」
「えーっ、だってお兄さんと呼ぶには… 」
「下手に素直だな、まあいい。」
二人の視線が交わり、カン・マエの指先に力がこもった。

つないだ手に汗をかくルミに、カン・マエは彼女に見えないように柔らかな笑みを浮かべたのだったーーー

それから5年の年月が経ち…
楡の木の下には、カン・マエと三歳になった愛娘カン・サランの姿があった。
老犬トーベンはかなり体が弱っており、公園まで車で連れてきて ゆっくりとトーベンの歩く速度に合わせて散歩するようになっていた。

「パパーーーっ、木の上に鳥がいるよ。 」
トーベンの歩みに合わせて歩くカン・マエは走っていった愛娘に声をかける。
「足元に気をつけろよ、滑りやすいからな!」

案の定、梢にとまった鳥に目を奪われいたサランは転んでしまいお尻をついて半泣きになった。
カン・マエはリードを手放し、愛娘に駆け寄り抱き上げる・・・
「パパ…鳥さん飛んで行っちゃった。」
「怪我はないか?どこか痛くないか?」
「うん、どこも痛くないよ。」
カン・マエが愛娘の頭を撫でてやると、小さな手が彼の顔に触れ…可愛らしい唇が彼の頬にキスをしたーーー

「パパ大好き!トーベンの次に大好きだよ。」
「トーベンの次…か?そうか…」
「パパおろして、もう平気!」

少々複雑な心境の父の気も知らず、サランはリードを外してやったトーベンと戯れ始めたーーー



昔…人を遠ざけ、自ら進んで孤独の中に自分を追い込んでいたーーー

そんな風にしか生きられなかった自分には見えなかったものがーーー

今はーーーはっきり見える。

Fin.

あとがき

久しぶりのアップです。
結婚式の時に流れる定番曲アメイジング・グレイスを聴きながら書きました。
私はクリスチャンではないのですが、歌詞の神様のところを大事なひと、好きな人に変えると、すごく感じるものがある・もちろんメロディーも美しい曲です。

真冬に春の話…って(大汗)なんだかな~と思いましたが、話の内容が小春日和に合っているように思えて季節は春!です。季節感ゼロで申し訳ありません。
楽しんでいただけたでしょうか?
読まれた方の気持ちが温かくなられましたら、拙作ながら嬉しく思います。

管理人チップより。

ご無沙汰してます

ブログ

こんばんは。

我が家にご訪問いただきありがとうございます。
すっかり秋も深まり寒くなってきましたね~
週末はまた台風が直撃しそうです。皆様気をつけてくださいね。

近頃の私は、妄想を育てるべく ベバのDVDを観たり、恋愛映画を観たりしてます。
恋愛が深まる過程が一番ドキドキして愉しいです、様々なお国柄があって大胆さの濃淡はあっても基本は同じ。
なかなか深い心の触れ合いに進展しない、踏み込めずに躊躇う男性は 苦悩する顔が素敵。
これはベバのカン・マエにも言えますよね。
ルミちゃんの聴神経腫瘍を知り、からかい半分に風船ガムを与える会話のあと、デスクにひじをついて複雑な顔でPC画面を見つめるマエストロには、毎度見惚れてしまいます。
あの時はまだ、お互いに 気にはなるけれど好き…までは全然いってないと思うんですが、甘酸っぱいかんじの焦ったさがいいんですよ!
見逃してたのですが、プロジェクトオケの公演が終わり 舞台で一人片付けをしているルミちゃんが、楽譜を取りに戻ったカン・マエと向き合うシーン。
「先生の事が…知りたいんです」というルミちゃんの印象的な台詞の前…ゆっくりとルミちゃんを振り向くカン・マエの顔はほぼ無表情。でもルミちゃんの言葉を聞いて彼の目が揺れるんですよね…ほんの少し。
静かにじーっとルミちゃんを見てる。
彼らしい早口ではなく…ゆっくりと「どうして韓国に残って欲しいのか?」と一息置いて…訊ねる声には厳しい雰囲気は薄らいでいます。
強いて、教師が生徒に訊ねるような口調をしているようでもありますが。

ミョンミンさん天才!と改めて思いました。
ずーっと抑制されている辛口の印象があるから、ふとした表情の変化が甘やかに感じる。
やたらと「愛してる」や「君を待っていた」の言葉を恋愛映画で聞いたあとにベバを観るとよく分かりました。

私も、他のベバ二次の作家さんたちも基本的には、同じように言葉に表れない気持ちの機微を描き出し、その表情の中に甘やかさを感じているのです。
時に…それが同じような場面、台詞になっていても、同じドラマから派生したSSである以上 当然のことです。
私たちSSに携わる人間でなくとも、ベバファンの皆様は同じように、快いほの甘さを感じていらっしゃると存じます。
どうか、その節はよろしくお願い申し上げます。


次に拙作「You're such a baby」にいただいたコメントへのお返事です。

リズ様

ご無沙汰しております。
先日はコメントをいただきありがとうございました。
はい、拙宅のルミちゃんも大事なところは抜けてまして(笑)
カン・マエの野性味溢れる寡黙さ(意味不明かな?)には、ちいとも気がつかないのですよ。
ま、「…へっ?なに、先生どうしたの。」という感じがカン・マエには新鮮なのかな~と思いますが。
鈍感力ともうしますか…何にも鋭く感じやすいカン・マエとイイ感じに抜けてるルミとは凸凹のようにベストマッチするのでしょうね。
>ルミの首すじに顔を埋めて、のど元から呟くマエストロの声を妄想して、萌えました。

ありがとうございます!はい この話マエストロに苦しげに呻かせたくて書いたようなものでして。
ストレートにガッと押し倒せない雰囲気をつくりました。だってね~ミョンファン先生の贈り物が[ベビードールを着た自分]なんて夢にも思わないルミですから。
基本は優しく、時々ドSの我が家のマエストロ。どうにも身の置き所に迷ってムズムズしながら、色っぽいベビードールを前にしても表情はピクリとも動かさない、のではなく 意地でも動かせない。
我慢してた反動が凄かったでしょうね~ まあ、お誕生日だからいいかな。(爆)

ピンキー様

毎度丁寧なコメントありがとうございます。
また、今回の件についても優しいお言葉をいただき感謝しております、改めて御礼を申し上げます。

清純なルミも可愛いけれど、真っ赤なベビードール姿もまた違った妖艶さを醸し出す…そうですね。
私がブログで何回も書いてますが、要は「ギャップ」かな。男性女性関わらず、ド・ストライク‼にならせるにはいい手みたいですね。ルミちゃんはごく自然にそうなってるから天才的です。
寅三吉。様のSS「横顔」にありましたが、ルミちゃんは少し垂れ目ぎみの可愛い瞳と、丸い鼻先、シャープな顔立ちには反する ふっくらした丸い頬と唇が幼く感じる…不思議な魅力があります。
カン・マエだけが見る、あの時のルミちゃんの貌は、きっとあのセクシーなランジェリーに負けない眩しさだったでしょうね。
ピンキー様…今回はそのまま召し上がった。。って(笑)ダイレクトですね~
たぶん、好奇心で身につけたルミちゃんはめでたく?猛獣カン・マエの餌食になるとおもいますよ。
公演のあとの、疲れてオトコの狩猟本能まみれの彼に可愛いルミちゃんが狩られないか、管理人は心配です。
>お皿を落としたルミの元に駆けつけたカン・マエにギュンとしました。

はあ…ふふふ、そうですね。
今回は皿を落として手傷がありますから、優しく手をとる理由がありますからね~(鬼)
結構、優しかったと思われるシーンです。
「…ルミ!大丈夫か? 」

駆けつけるカン・マエ。髪の毛は生乾きで前髪もぐちゃぐちゃ。

「…いっ、、たぁ。 ふわっ!血が出てる‼」

左手中指から染み出す血に驚いて飛び上がるルミ。

「びっくりしただろうが…傷口を流水で洗って、左手を心臓より上に上げておけ! すぐに血が止まるからな。
ちょっと待ってろ、薬箱を取ってくる。」

血に弱いルミは半泣き。
彼女の手首をつかんで傷口を確かめると、カン・マエはやれやれ…と首をふりながらも、ルミの頭頂をなでると納戸の薬箱を取りに行く。

必要以上に丁寧に消毒し、絆創膏をはってやり、、
「大丈夫か?気をつけろ。お前はもう…」

そういってルミの顔を見る。
彼女の目尻に見える潤みに指先を触れて、肩に大きな手をすべらせると、そのまま踵を返した。

ーみたいな感じかな。
カン・マエのする事だから、これでも大甘な部類ですよね?

素直じゃなくて可愛い~と思う私たち外野はともかく、実際にこんなオトコを相手にしてるルミちゃんはすごい包容力の持ち主ですね、勝手に現場を捏造しながら思う管理人です。


お料理をするカン・マエが妄想に出てきて…面白いことになってます。
完全にカン・マエのイメージがヤバイ(笑)
平和で甘々なカンルミが観たいのは、皆様も私も同じ。
ーという事でイメージ崩します!マエストロごめんね。

出来上がったらアップしますので、お待ちいただければ嬉しいです。

しかし…「哀愁の~」どうしましょうかね?
甘いのと交互に行きますか…だって暗くて"他の女"も出てくるし(汗)

ゆるゆる行きましょうか、、、


それでは、また。

チップ拝♪( ´θ`)ノ

You're such a baby

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

今日は10月8日…トゥ・ルミの気難し屋な恋人、、、カン・マエの43回目の誕生日である。

なにやら慌ただしくキッチンで立ち働いているルミを、ソファで新聞に目を通しているカン・マエは目の端でチラリと眺めて、口角を緩めた。


「……おい、、朝からどうした?
お前の落ち着きのないのは昔から変わらないが、、、
皿を割って怪我をするのは勘弁してくれ。」

「… ごめんなさい。
先生の久しぶりのお休みなのにびっくりさせてしまって・・・
お皿洗いしてたらつるっと滑って取り落としてしまったの。」

紙面に目を向けたまま、落ち着き払った口調に皮肉を交えた… ペールブルーのオックスフォード地のシャツにグレーのパンツという部屋着姿の恋人の背中に、申し訳なさそうに応えうつむいているとおぼしき年若の恋人は、ついさっき皿を割った際についた手の切り傷から滴る血に「きゃあーっ!」と絹を裂くような声を上げたばかりだ。
その穏やかならぬ声をシャワー上がりで、髪を乾かしていたカン・マエは聞きつけて慌ててキッチンに駆けつける羽目になった。

「つるっと?…気をつけていれば、そんな事はあるまい。
お前、血に弱いタイプか?血を見て悲鳴を上げるほど繊細だとは知らなかったな。」

多少の事ではびくともしないサムタクがな・・・
カン・マエの呆れたような物言いに、ルミが桜色の唇をとがらすのを、本日誕生日を迎えるマエストロは面白そうに眺める。

「ん、、もう!
先生が飛んできてくれて、優しく手を取って手当してくれて感動したのにぃ~
今日は先生の誕生日ですよ!
一緒に暮らし始めて、初めての先生の誕生日ですね。」

カン・マエは、杢グレーのチュニックに濃紺のレギンス…ソクランで初めて見たルミと変わらぬ少女じみたいでたちのルミを、ソファに座ったまま上半身をひねって視線を合わせた。

「ルミ… だからどうした?
お前、学習能力が無い奴だな。
誕生日が来たからと言って、もうめでたくもない。
いい年をして誕生日を祝う習慣は私にはない。」

左頬をゆがめて他人事のように応えたカン・マエに部屋のあちこちに飾られた花が目に入る。
昨日の朝には無かった風景であることからして、ルミが自分の誕生日のために飾ったものであろう…

「… だって、、、私の一番大切な先生の生まれた日なんですよ。
先生にとっては、なんて事ない一日かもしれないけど・・・」

カン・マエの返しをうけてルミの口調に寂しさがまじるのは、今回が特別な事ではない。
正直を身を守る盾にして「感じの悪い男」を通し、群れる事を拒む生き方しか出来ないカン・マエは、ルミが自分の人生に親身に寄り添う唯一の人間だとは思ってはいる。
しかし、40年余生きてきた自分の性格は変わらないし変えられもしない。


「… ルミ?」

キッチンの方を向くとルミの華奢な背中が見えた。
もしや…まさか泣いているのか・・・
「愛してるの大安売り」をしているミョンファンなら、こんな時ぎゅっと後ろから抱きしめて"ごまかす"のであろうな・・・

カン・マエが自嘲をもらした時、玄関の呼び鈴が鳴った。

【カンさん!いらっしゃいますか?

お荷物です。】


「はい、先生宛てよ。あら…ミョンファン先生からだわ。
お誕生日プレゼントかしら?」

カン・マエは、
傍らに座り、荷物を手渡しながら話しかけたルミが立ち上がりかけるのを、彼女の右肩に手を伸ばして押しとどめる。

「やけに軽いな…ルミ、開けていいぞ。」

「いいの?先生へのプレゼントでしょ。」

「どうせミョンファンの事だからくだらんモノに決まってる。
見る気にもならん。」
下を向いて言い捨てるカン・マエに吹き出したルミに、カン・マエは安堵の息をついた。

「ねえ先生、今までお誕生日にミョンファン先生から何か贈られて来た事はあるの? 」

荷をほどく手を止め、斜めに首を傾げるように聞くルミに、カン・マエは無言の渋面で応えた。

「もしかして……言いにくいモノ?
綺麗な女性のヌードが載った本とか… 」
「くだらなすぎて忘れた。直ぐにゴミ箱行きだったからな。
早く開けろ!呆れるようなものだったらまたゴミ箱行きだ。」

「・・・・これ、、、、えっ?」

軽い割りには過剰包装の包みをほどくと、真っ赤なベビードールと黒い小さめの袋が入っていた。

「先生、お手紙が入ってた、、、はい。」

ルミは袋の中を覗いて{意味が分からない}と呟くと箱の底にあった手紙をカン・マエに手渡した。

手紙を読み進めるや、カン・マエの顔に怒りとも呆れともつかない微妙な表情が現れる。
「相変わらずくだらない奴だ・・・」

カン・マエは手紙をテーブルに放り投げて、言ったきり疲れたようにソファに全身を預けると、頭痛を堪えるように眉間に親指と人差し指をあてる。

「ねえ先生… あれ、これフランス語?
なんて書いてあったんですか?」

カン・マエがテーブルに放った手紙を手に取って目を通し、思ったままを口にしたルミに、カン・マエは少し考え彼女の目を見つめながら応えた。

「……言いにくいな、、、
お前は分からんのか?
真っ赤なベビードールと袋の中のモノを見て。」

「だって…ベビードールはどう見ても女性サイズだし、、、先生へのプレゼントにしては変よね・・・
まさか先生が袋の中にあるヒラヒラのショーツを履くとか?
まさかねえーーっ、、、
ミョンファン先生が、これを先生へのプレゼントにする意味が分かんない・・・」

「……… 」
「先生? 」

「お前は子供だな… 」

ルミの唇に触れんばかりに顔を近づけてつぶやくなり、カン・マエは彼女の肩を押してソファに押し倒した。

「せ、先生! どうしたんですか?
まだ午前中ですよ!
だ、駄目ですって!お誕生日のお祝いの準備もまだ・・・ 」

カン・マエはルミのうなじに顔を埋め、喉奥から低く呟く・・・

「ミョンファンのせいだ… 」

「・・・えっ?子供とか…ミョンファン先生のせいとか…先生!なにが言いたいんですか?」


ついばむようなキスが降ってきて、ルミは鳶色の瞳をそっと閉じた・・・


二人の気持ちがぴったり重なり…瞬く間に言葉のいらない世界に変わる。

ルミ…言葉など必要ないほどに、奪いたい… 貪り尽くしたい…今すぐ、、、

先生…あなたの唇が重なった瞬間から私は先生から離れられなくなっちゃう。
先生…お誕生日おめでとうーーー





Fin.








あとがき

失礼しました(^^;;
ルミちゃんと同じように「訳わかんなーい」となられてる方には、後ほど説明しますので、少々お待ちを(笑)

ミョンミンssiの誕生日に因んだお話。…という事で格調高いお話を想像されていた方、怒らないでくださいね。

後日のカン・マエとミョンファン先生の会話です。

【ゴヌ、お前の誕生日にプレゼントを送ったよな?
ルミちゃんに刺激が強くないように手紙はフランス語にしといたが大丈夫だったか?
可愛いだろうなあ~ ルミちゃん。
試してみた?】

「…ミョンファン、お前って奴は。
くだらないにも程があるぞ。 」

【だからさあ、手紙に書いた通り可愛い女の子が真っ赤なベビードール姿になると、途端に色っぽくなるんだって!
赤いベビードールはな、オトコが最高に萌えるアイテムだぞ。俺も体験済みだ。
ショーツも特別な仕様になってるからさ、、
日本の知り合いに貰ったビデオに「真っ赤なベビードール姿」の女の子が出ててさあ、これがイイんだよ!
色白の、ツルツルしたモチ肌に赤が映えてさあ~
欧州のブロンドが赤いベビードールを着てる時の、ダイレクトな色気とはまた、趣が変わっていいもんだぞ。
まあ…お前はそっちには飽きてるか…
お前の誕生日プレゼントを考えてる時に、閃いたまま送ってみた。
楽しめたか?】

「ああ…悪くはなかった。
感謝はしてないがな…他に話がないなら切るぞ。」

いつものように先に通話が切られたあと、ミョンファン先生はニヤニヤしてましたとさーーー


二人の会話でお分かりになりましたでしょうか?(笑)
流石に訳わかんなーいルミちゃんに「真っ赤なベビードール姿」をさせる事はなかったけど、カン・マエはお誕生日プレゼントに可愛いルミちゃんを召し上がった…という事で。(品がなくてごめんなさい)
表題のYou're such a babyは「子供だな」という意味です。
確かベバのドラマ中に、カン・マエがリトル・ゴヌに「子供だな…」とニヒルに応えるシーンがありましたよね。

特別仕様のセクシーショーツについては、こちらオモテでは言いにくいのですが、要らんところがオープンしてるデザインと言えば大人の皆様はお分かりになりますよね?

ああ…今回のあとがきは終始セクハラっぽいですね。
ご気分悪くされた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
長編疲れの管理人の気分転換とお考えいただければ嬉しいです。


それでは、また。

お知らせ

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

昨日10月8日はミョンミンssiのお誕生日でしたね。
新作では登山家を演じられるとか…
ミョンミンさんらしいストイックな作品選びだな~と思いながらも、ベバみたいな仄かな甘さがある作品も出ていただきたいなあ、と思ってしまう管理人です。
ミョンミンさんってラブシーンを演じられる事が少ない俳優さんで、韓国版白い巨塔でタクシーの中でこなれた感じのキスシーンを拝見したときに、ドキドキしてしまいましたワタシ。大人の男性の計算づくなツンデレ加減が(笑)
要するにレア感が大事なんですね~
我がブログのSSのように、しょっちゅう甘くてはいけないんだな…と思いつつドラマ中に手もまともにつなぐ事も無かったカン・マエとルミちゃんの甘く切ないツーショットが観たくて書いているSS書きです。


しばらくパラレルなお話が続いてたので、今夜マエストロのお誕生日に因んだ短いお話をアップさせていただきます。
宜しかったら、またいらして下さいね。

拍手お礼

拍手御礼

こんばんはo(^▽^)o

月をまたいでアップしてきた長編、Little loversが終わりまして力が抜けてる管理人です。
連載中は沢山の拍手やコメントで励まされ、ラストまでたどり着く事が出来ました。ありがとうございます。

続いて拍手コメントへのお返事です。
ブログ上のコメント欄へは昨日お返事をアップしておきましたので、申し訳ありませんが今回は拍手コメントへのお返事のみとさせていただきます。

>寅三吉。様
拙作「世界の終わりは君と一緒に」へいただいたコメントへのお返事です(笑)
はい、「世界の終わりは君と一緒に」はじめの表題はこれでしたよ。
なんで世界の終わりとあちらの世界の住人である巨匠マエストロが妄想で結びついたかは我ながら分かりません。
当ブログで「も」ミョンファン先生「も」そっち系の皆様におモテになるんですよ。
欧州で美麗な東洋人男性がロック・オンされてしまうらしい…と言う話は寅三吉。様もブログで書かれてましたよね?相方に聞いた話だと、いわゆる男同士が…(以下自粛)のアダルトビデオにゴツい西洋人男性×東洋人男性・東洋人の少年(ほとんど犯罪?)というパターンがあるそうです。
三浦春馬君みたいな綺麗な男性は当然「獲物」に見えるらしく(リトルが狙われるのは当然・笑)、落ち着いた雰囲気の大人の男性もエキゾチックに見えるのか大変に興味深い存在のようです。
寅三吉。様のブログで「リトル・ゴヌの災難」(表題がちがう…笑)拝読させていただきましたよ。
しかし…流石マエストロ。大事な弟子を人身御供に差し出すのになーんの躊躇もなかったですね(ニヤニヤ)
ノンケには絶対手を出さない、なんて言いながら会えばソフトタッチぐらいはして、ビクつく「白皙の美青年」を弄り倒してそうなオジサン(失礼!)の緩んだ口元が思い浮かぶわ~(^^;;
カン・マエに対しては、「別の意味で征服欲をかきたてられる」ようにも思えますが。
Little~へのツッコミもお待ちしてま~す。

>奈保子様
Little~(15)にいただいたコメントへのお返事です。
時々少年に戻ってしまうトヤマ…というご指摘。書いている方は特に意識はしていなかったのですが、なるほどトヤマのパーソナリティってそうだなーと読み返してみて思いました。
心の屈託がトヤマを成長させてないアンバランスなところを作り出してるのかもしれないですね。
冒頭のチェスキークルムロフの画像は、ネットから拾ってきたものなので、朝なのかな…?分かりませんが、そんな感じもしますね。
味気ない文明を拒んだまま、今に残る中世の街並み、、私も行ってみたいです。

>ピンキー様
The end of The worldにいただいたコメントへのお返事です。
冒頭のミョンファン先生の言葉に驚かれましたか(笑)
そうですよね~世界の終わりと同性愛は結びつかないですよね。
ミョンファン先生、結構ビクつきながら言い出してる感じですから(爆)
「言っとかなきゃマズいが、非常に言いづらい」オーラ満載で。
いつもの口下手マエストロVS口では負けぬお調子モノ のミョンファン先生押せ押せの気配はないです。
ミョンファン先生ねえ~華奢な体格と愛嬌のあるお顔立ち、それに気さくな雰囲気はロック・オンされても不思議ではありません。
カン・マエ「も」ですが、また違うバイタリティをかきたてられるのではないでしょうかね~
あんなんが堕ちて、腕の中…(またまた自粛・ごめんなさい)たまんないんだろうな~
あ、たぶん私はカン・マエ「も」ネコちゃんだと思います。そんな事には絶対なんないけどね。
「ルミがいれば何もいらない」
そうなんです!カン・マエは「ルミちゃん中毒」ですから。
理由なしに抱く感情を抱く事は、彼にとったら一番むつかしい事、それを自然とさせてしまう我らがプリンセス・ルミはすごいです。
彼女の存在感が彼の幸せそのものなんですよね。

Little~にいただいたコメントへのお返事です。
バイオレットの出産のシーン、夫人の気持ちになって感動してくださったとのこと。本当にありがとうございます。
あとがきにも書きましたが、すべてが想像だったのでリアリティは元から無理と諦めてました。
せめて矛盾だけは出さないようにと心してましたので、そんな嬉しいお言葉をいただけるのは有難いです。
そして!お話全体の中でもカン・マエ×ルミは最強の存在感でしたね。
書いている分量じたいは少ないのですが。
カン・マエの口には出さずともだだ漏れの、ルミへの偏愛ぶりはタダならぬ熱さがあります。

ピンキー様は
マエストロにも、「帰らないで私の傍にずっといろ…」と素直に口にして欲しかったとのこと。
流れに乗っかってついでに言わせてしまえ~とならないところが、我らがマエストロです。
用心深くて感情に流されるのを怖れるカン・マエは思っても口にはしないでしょうね。
そこがまた、いいんですけれど(笑)

「綺麗な大人のラブストーリー」とのお言葉…最高のギフトです。
ピンキー様には毎回コメントをいただき、励まされました。
心より感謝を申し上げます。

>みどりん様

優しいいたわりのお言葉ありがとうございます。
誰かが死ぬんじゃないかとドキドキされましたか。そうですよね(苦笑)
誰も死なないでよかったデス。とのコメントに管理人はニヤニヤしてしまいましたよ。
原則平和主義の私、あんな物騒な話の区切り方したのは二回目?ぐらいですから(^^;;
自分は犬派だけれど、いつかネコちゃんも飼ってみたくなりました。とおっしゃっていただき、嬉しいです。
物語の中で生きていたネコちゃんを、可愛らしく感じてくださったのかな?と思えたましたので。(^ ^)





次作は短編になる予定です。
どうも、カン・マエの元彼女が絡むストーリーが浮かんだまま消えてくれないのでまずいなあ~と自省しております。
だって…パラレルのあとに、またカンルミじゃない話だとね~(汗)
目処がついたら、ご報告しますので 宜しかったら読みにいらして下さいね。


台風が次々と来るこの頃、気温の変化に体調を崩される方もいらっしゃるようです。
読者の皆様も、どうぞ健康管理に気をつけて秋の連休を楽しんで下さいね。


感謝と敬愛を込めて。

管理人・チップより。

Little loversあとがき

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

こんばんは(^-^)/

昼間、外を歩いていたら風に乗ってキンモクセイの甘い香りが漂ってきました。
そうですよね~もう10月。
この香りを利くと秋だな~と毎年思います。

Little loversは昨日のアップをもってラストを迎える事ができました。
時に頭を抱え、悩みながらも終える事が出来たのは、お読みいただいた読者の方の温かい拍手や励ましのおかげです。
心より御礼申し上げます。



一見なんの問題もなさそうに見えて、実は心に過去のトラウマを抱えている、ピアニスト・ヒデトシ.トヤマ。
過去の別れが尾をひいて、こと愛情に関しては不器用な美貌のハーピスト パオラ・ガッティ。
お馴染みカン・マエとルミさん。
我がブログの読者である、黒マグ様と奈保子様の家族、黒猫のマグロと麗しきラグドール・チャピ姫演じるルカとバイオレットの可愛いカップル。
そして…優しく彼らを見守るアッカーマン夫人…という、大所帯でした。
アッカーマン夫人は黒マグ様がモデルさんでした。マグロ君とご夫君をこよなく愛する、黒マグ様の優しい人柄をアッカーマン夫人のキャラクターに映したつもりです。


前作に書き残した、バイオレットとルカの…可愛いロマンスの結実、仔猫たちの誕生を描くだけの意図で書き始めたお話が、いつのまにか全17話になってしまいました。
自分が猫ちゃんを家族にした事がほとんどなく、猫ちゃんの生態にも疎くて思わず「あーっ、どうしよう!」と独り言を漏らす事も度々。
書き終わってアップする前には「大丈夫かな?猫ちゃんってこんな風な仕草でいいのかな?」と思いつつのアップをしてました。
今も不安で…もし可笑しなところがあっても、そういう事情なので御容赦いただけますようお願い申し上げます。
当初から、ベタな恋愛もので行ってましたが、ラスト三話は私のいつものパターンの甘辛になってしまいました。
一晩経ってから読み返して、やっちまった感がすごいのですが、ここは目をつぶってお好きな部分だけお読みいただくようお願いいたします。

長いお話でしたが、全編に渡ってずっとテーマにしていたのは「家族の再生」です。
カン・マエとトヤマの共通項…寂しい幼少期の記憶と「家族という概念の欠如」「他人に対する不信」が歪ませている恋愛観。
とても根深くて、掘っても掘ってもルーツまでは辿り着けない哀しい性(さが)が、彼らを「孤独ゆえの安定」に導いています。
他人と必要以上に関わらなけれは傷付くこともない。実に合理的な考えで、私も ん十年前、ある事があって、そんな風に「気持ちの引きこもり」をしてた経験があります。
カン・マエはあからさまに他人との距離感を大事にするタイプですが、トヤマはまだ そこまで重症ではなく、幼子のように「愛情の渇き」を自覚はしています。
スタイルは違いますが、二人とも落ち着いた大人の男性としての外面を繕う事には長けていて、まさか内面に「触れるなり崩れそうな脆さ」を抱えているようには見えないのです。
パオラは一見すると、ずば抜けた美しさと音楽の才能を併せ持つ、人生を自分自身が回している独立心の強い女性。
離婚後は「本当の愛情」を求めながらも、本気の想いに踏み込むのを躊躇して「口当たりのいい軽い恋愛」でストレス解消…或いは欲求を満たしていた人です。
私は「女性だから心にぽっかり空いた穴をセックスで埋めるなんてはしたない」とは思いませんが、この場合 圧倒的に女性の方がリスクが高いので 奨励はできません(苦笑)
パオラさんも寒じかむ心を、短い間しか続かぬ恋で埋めてましたね~
人に弱みを見せられない性格ゆえ、ストレスも気持ちの辛さも増幅してしまう…実はハートは弱くて少女のような純粋さを持っている女性だと作者は描き出したかったのですが、素人ゆえの未熟さで難しかったですね。

ルカとバイオレットの間に産まれた四匹の仔猫のうち、トヤマが名付け親となった心臓に欠陥を持って産まれたETERUNAは、トヤマの不完全な精神の象徴です。
トヤマはETERUNAに自分の大人になりきれない不完全さを見てしまい、彼女を助けるという行為で足りないモノを埋める行為にすり替えてるところもあります。
彼は足りないモノを抱えたまま命を終えてしまうのに耐えられなかった…
だから、希ったのです誰よりも強く。
トヤマは かつて亡くなった仔猫を舐め続ける母猫を目にした時、目を逸らしてしまいましたが、今回は違っていました。
パオラの彼を愛する純粋な気持ちが、トヤマが今まで感じた事のなかった…
誰かのために生きる、生きていればこその歓びがあることを自然に芽生えさせ、小さな命に永遠を意味するETERUNAと名付け為せたと管理人は筆に気持ちを込めました。
トヤマは愛するパオラに「家族になってくれるか?」と呼びかけますが、それはバイオレットと四匹の仔猫の姿に家族の絆を見たことで勇気づけられての言葉であることは間違いありません。

最後にラストのアッカーマン夫人のエピローグですが、仔猫達が巣立ちの時を迎え、バイオレットとルカの蜜月も間もなく終わってしまう。
そうなると夫人も仔猫達が賑やかに遊ぶ今の世界から、また独り暮らしの元の生活に戻る事になります。
私は夫人の人には言わぬ寂しさに思い至り、哀しくて嬉しい…そんな言葉を思い浮かべながらラストシーンを書きました。
離れても、想いのあるところに自分はいる、、、いられる。
カン・マエがルミに想い、ルミがカン・マエに想う気持ちと、夫人が巣立ちの時を迎える猫たちに抱く想いは似ています。


中断を挟んでの長い長い連載でした。
最後までお読みいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。

Little lovers~epilogue

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

ルカとバイオレットの間に産まれた仔猫達は産まれてひと月を迎えた。
小さいながら活発に動き回る様子はいっぱしの猫である。
バイオレットは乳をやる時以外は、以前の彼女らしい奔放さを取り戻していた。
相変わらずルカにツレなくしたり、反して擦り寄ったりをするバイオレットに、ルカはすっかり慣れたものである。
ルカは育メンぶりを発揮して仔猫たちの世話に勤しむ毎日、仔猫たちの動きが気になって仕方ないようであるーーー

最初にトヤマによって名付けられたエテルナは父の漆黒の毛色を受け継いだメスで黒白のラグドール種
父のルカにそっくりな、濡れたような艶のある短毛でジャパニーズボブテールをしたオスの仔猫はvivo(ヴィーヴォ)~活発に、
バイオレットにそっくりなメスはdolce(ドルチェ)~甘く・柔らかく、
白い短毛に薄くチョコレートの毛色が混ざるオスの仔猫はamabile(アマービレ)~愛らしく…という名前がつけられた。
音楽家の夫人とパオラらしい、音楽に因んだ命名である。

ヴィーヴォは夫人が引き取り、ドルチェはパオラが、エテルナは名付け親のトヤマが引き取る事となった。
アマービレは近所に住む夫人の知人が引き取る事が既に決まっている。

あと数日後には、バイオレットの元から仔猫達が巣立っていくことになっていたーーー




「トヤマさん、今日引っ越してくるのよね?
それにしても、のんびりしすぎてない?
家財道具を運んできたって話も彼の口からは聞かないしね~」

「そうなんですよ!
ウチの真向かいなんだけど、荷物ひとつ運び込む気配はないし…
ハウスクリーニングの業者が来た形跡もなし。
彼に聞いても笑って、“秘密“」って答えるだけなんです。」

紅茶の入ったカップを持ち上げながら、パオラは苦笑をした。

「おばさま、エテルナの検査の結果はどうでした?
私も病院について行きたかったな~
なんか気になってしまって…昨日の仕事は散々な出来でしたもの。」
「… そうよねえ、、気持ちは分かるけれど、パオラはまだまだ演奏家として頑張らないと…
ああ、エテルナはやっぱり心臓の弁膜に異常があるんですって。
幸いおチビのわりには体力があるから、獣医さんも手術には耐えられるかもしれないっておっしゃってたわ。」

パオラに相槌をうち、夫人はつとめてサラリとエテルナの病状をパオラに告げた。

「そうですかーーやっぱり、、、
でも、手術で治るんですよね?
エテルナの手術費のために働かなくちゃ!
トヤマさんには… 」

夫人の家の玄関の呼び鈴が鳴り、夫人はドアを開ける。
そこには、和やかな表情で花束をふたつ抱えたトヤマの姿があった。
「まあーートヤマさん!
噂してたところよ。
今日はお引越し当日よね?」

部屋にパオラの姿を認め 視線を交わすと、トヤマは目尻を緩ませた。
「その話はあとで……

どうぞ、この花はレディーに感謝をこめてのプレゼントです。
アッカーマン夫人にはパオラもお世話になってますから…
おい、パオラ! 花を全部アッカーマン夫人にプレゼントしても かまわないな?」

パオラの笑顔を見てうなずいたトヤマは、つかつかと歩くとソファに座っていたパオラの手を引く。
「ちょっと来てくれないかな。
引っ越しの手伝いなんだけど、君が居ないと困るんだ。」

「もう……そういう事ですか!
早めに言っておいてくれたら… 」

トヤマは唇をとがらせて不服そうなパオラについては、まったく意に介していないようで、彼女の手を掴んだまま、夫人に向き直って頭を下げた。

「そういう事で、お話の途中ですがパオラをお借りします。
あとでまたお伺いしますので…あ、エテルナの検査の結果、メールありがとうございました! 」

竜巻のように慌ただしく去っていくトヤマとパオラの背中を見送り、夫人はホッと息をついた。

「お姫様を連れ去る王子みたいだったわね~
怪しい~なにかあるわよね? 」

夫人は足元にちょこんとすわる、チビルカ~ヴィーヴォの小さな頭を撫でると微笑んだーーー






「さあ~ 今日は忙しいぞ!

明日からは君と俺、仔猫のドルチェとエテルナ、それにバイオレットの大所帯になるからな!
君にも静かな時間は無くなるぞ。」

パオラはフィアットを運転しながら、トヤマの言葉を理解出来ずに怪訝そうに小首をひねる。
「どういうこと?
ヒデ…向かいの家に引っ越すって言ってたわよね? 」

「ああ… 事情が変わった。
昨日、アッカーマン夫人からエテルナの検査結果を聞くまえから、実は決めていたんだ。
君のそばにいたくてミュンヘンに引っ越そうと思ったが、エテルナの手術費用を稼がないといけなくなったからな。
向かいの家に引っ越すのはやめて、君の家に居候することに決めた。
今、ウイーンから届いた荷物が君の家の前に積まれてる頃だ。
家一件分の家賃はバカにならんからな。エテルナのために俺を家においてくれ。
そうだな… お礼にシェフが材料持ち込みで、とびきりのイタリアンをご馳走するよ。ご要望なら日本料理もね。
どうだ?いい条件だろ。」

「……… 嘘、、、、、、

勝手に決めて… ヒデの馬鹿、、、」

車を停めてサイドブレーキをキュッと引くと、パオラはつぶやく・・・
緊張した面持ちでパオラを見るトヤマのまえで、
頬をつねる仕草のあとーーー


「もうーーーっ、最高!

毎日ヒデといられるのね!
バイオレットたちとも、ずーっと一緒にいられる。
夢じゃないわよね?
ありがとう、ヒデ!だーいすき‼」

抱きついたパオラに、トヤマはやっとホッとしたように太い息をついた。

「パオラ… びっくりさせないでくれ。
君に断られたら俺の荷物の行き先は無くなっちまうんだからな。

ほら!急がないとマズいぞ。
運転手さん、フルスロットルで頼む。」

*・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・*


「ありがとう…助かった。」


トヤマの荷物は独身男性らしく極めて少なかったので、荷物の搬入はあっさりと三十分もかからずに終わった。

「パオラ…話があるんだ。

ちょっと来てくれないか?」

キッチンで作業をしていたパオラがソファーに座るトヤマの前に立つ。
「どうしたの? 」

「まあ、座ってくれ。

恥ずかしいが、俺の誓いを聞いてくれるか?
この前の靴は形のある賭けだったが、今回は形がない。
だから…君が無かった事にしてもなんの支障もないわけだ。


俺はパオラと出逢えて、初めて自分らしくいられるようになった。
どんな君でも、俺は受け入れ愛し抜く覚悟がある。

どんなに情けない俺も受け入れてくれると、迷いなく信じられる相手に、ようやく出逢えた。
俺はずっと…この時を待っていたような気がする。

昔は、そんな夢物語なことはあり得ないと、ただ冷笑していたんだ。
そんな夢物語が叶った、今の俺は幸せ者だとしみじみ思う。

こんな恋に出逢うチャンスは、俺には今後もう無い。
君の綺麗な瞳をのぞき込むたびに、そう俺は感じている。
君には俺の長年抱き続けてきた…すべての怖れを手放すことを、躊躇なく為せうる力がある。


君を誰にも渡したくない。

渡せない…他の誰にも。


パオラ・・・
愛している。
俺の気持ちが一年後まで変わらずにいたら・・・
そして君が俺と同じ気持ちでいてくれたら・・・


俺の家族になってくれるか?」


「……家族に? 」

震える声でたずねるパオラに、トヤマは深くうなずく。

「 そうだ… 俺がうろ覚えでしか知らない家族に…だ。
祖母が教えてくれた、、本当にそれを望む相手に出逢ったなら、怖がらずに突き進めとな。
だから・・・
インターバルは一年ある。
一年後君が今と変わらぬ気持ちだったら、俺の家族になってくれる?」

一度閉じたまぶたを勢いよく開き、トヤマは一気に言い切った。
左手で素早くパオラを抱き寄せたトヤマに、パオラの…胸の動悸が耳に聞こえるほどの高鳴りが伝わる。

「ヒデ……コレって、、、プロポーズ? 」

「ああ… そうとも言う。

俺にとっては壮大な賭けだが。
一年後まで、君が… 」

トヤマは耳元で囁くとパオラを膝の上に抱き上げる。

唇が重なり合い…トヤマの長い指がパオラのブロンドを愛おしげに撫でた・・・
「… ヒデ、、、もちろん答えはイエスよ。一年後も、、五年後も、、、

ずっと…ずーっと愛してる。」

トヤマのしなやかな指が、パオラの上衣をふわりと外した。
シャツごしの厚く締まった胸が、パオラの双丘に触れたとき、パオラは我を忘れたーーー





「ねえ、バイオレット…

ママは今日は現れそうにないわね。」

お腹が空いたのか…珍しくそばに来て夫人を見上げるバイオレットは、すでにアッカーマン家の住人のような堂々ぶりである。

「みーんな幸せそうで良かったわね。

隣のマエストロ・カンも、ミュンヘン・フィルの団員情報だと堂々とルミさんを連れて歩いていたようだし。
ルミさんも、三ヶ月前とはちがって見違えるように明るくなってたわ。」

夫人はバイオレットが待ち構えている、白身魚の缶詰めを開けながら独り言ちる。
「仔猫たちを見に来た時は可愛かったわね~
仔猫は目の前の人間の本性を見破ってしまうもの。ルミさんは心が綺麗で優しさがにじみ出ているのが分かったのね。ルミさんの周りに仔猫たちが集まって、ルミさんあちこち舐められてくすぐったがってた。」

「はい、お待たせ。
バイオレットは食いしん坊ね~ 」

皿を置くやいなや、喰いつくバイオレットをこの時ばかり!と夫人はバイオレットの背中をそっとなでる。
下手に触るとがぶりと噛みつかれかねないオテンバ娘が、食べている時はおとなしい…取り扱いに慣れたのもここ数ヶ月のバイオレットとの暮らしがもたらした変化である。

「もうすぐバイオレットとルカもお別れね… 仔猫たちもバラバラに暮らすのか・・・
楽しかったね、、、ありがとう。」

夫人は目尻ににじむ涙を拭い、息子・ルカの子供を残してくれた美しいラグドールを優しく見つめる。

違う家に別れるけれど、永遠に会えなくなるわけではないーーー
自分の心に、想いのあるところがあるなら、孤独ではないのだと・・・
トヤマがエテルナに託した想いは夫人にも深く残った。

【トヤマさんとパオラなら大丈夫。

きっと強さも脆さも抱きしめあって生きていける。】


夫人は仔猫たちとバイオレット、そしてルカが共に身を寄せ合う姿を、カメラに収めた写真を額に入れ、煙突掃除屋の描かれた額のあった場所に掛け替えた。

「ありがとうございました。

みんなの願いが叶ったわ。あなたのおかげかしら?」

煙突掃除の少年の描かれた額を、柔らかい布で感謝を込めて磨く・・・

喜びの涙で霞む目には、瞬きの間 煙突掃除屋の少年がウィンクしたように見えたーーー











LITTLE LOVERS(終わり)

Little lovers(Final)

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

一時的に強く降り注いだ雨の粒が嘘のように、晴天の空では青空が雲を除けるような雲の動きが忙しく繰り広げられていた。
乾燥した空気と、にわかに強く降り注ぎはじめた雨上がりのあとの強い陽射しが、ベンチの表面に降りた雨を瞬く間に乾かしていった。
トヤマに肩を抱かれ、ベンチに腰をおろし直したパオラは細かく震えていた。
パオラは斜め上から続きをうながす視線を見て、声を出そうと喉もとから苦しそうな息を漏らすが、声が出てこない。
「急にどうした…?」

引き締まった端整な顔に懸念の色を隠さず覗き込む、トヤマの低い声がパオラに伝わる。
「・・・・・私のせいよ、、、、」
必死に感情を押し殺した小さな掠れ声で応え、あとは言葉にならなかった。
パオラはトヤマの胸に顔を埋め、声を出さずに肩を震わせて泣いた… ときおりパオラがしゃくりあげる際の喉もとが裂けるように震える音と生温かい涙が、訳もなくトヤマの胸に哀しく響いた。
「パオラ、、話せるか?」
パオラの呼吸が落ち着くまで、何も言わずに、ただ背中をさすっていたトヤマは内心の狼狽(うろた)えを隠し、落ち着いた声をかける。
「私が……バイオレットを預けっぱなしにして自分の事ばっかり考えてたから・・・
きっと、大切な家族なのにバイオレットのことをおろそかにしていた罰があたったのよ。
ごめんなさい…直ぐにミュンヘンに帰れる?バイオレットのところにいかなくちゃ。」
トヤマはパオラの話す夫人のメールの内容を途中で遮り、目に力を込めて頷くとパオラの腰に手をまわして立ち上がらせる。


五年前…彼の家に居ついていた白い猫を、トヤマは偶然道端で見かけた事がある。
あれは半年前か…それとも、もっと前の事か、、、記憶は定かではない。
ウイーンの自宅にむかう道の途中、小さなモニュメントがある。
モニュメントの下の植え込みで酷く衰弱してうずくまっていた仔猫が「彼女」だった。
トヤマはやせ細り、力なく彼を見て泣く小さな仔猫を見るにみかねて手のひらに「彼女」をのせて自宅に連れ帰ったのだった。
餌をやり、元気になったら好きなところへ行くといい……トヤマは思っていた。しかし、猫はどこにも行こうとはしなかった。
綺麗なソプラノで鳴き 気紛れに彼の膝で眠る「彼女」にトヤマは愛着する事を怖れた。
外に出たがって窓の前に座り鳴き続けたある晩、いつものように闇に紛れるようにしなやかな身体を窓の隙間にくぐらせた時、自分に湧いた感情に驚いて、左胸を押さえた夜…それ以降「彼女」が戻ってくることは無かった。
時々 不意に家から姿を消しては、また戻ってくる「彼女」との生活が終わるまで名前をつけることが無かったのは、それが理由だった。

ずいぶんくたびれ汚れていたが、見かけのある革の赤い首輪をした白い猫は手のひらに乗るほどの小さな仔猫を必死に舐め続けていた。三ヶ月足らず我が家に居ついていた猫は、ピクリとも動かない小さな身体を それでも愛おしんでいた・・・
彼女の腹では元気な三匹の仔猫が勢いよく乳を吸っていて、動かぬ仔猫との運命の違いを思い、鼻の奥が痛くなった。
あの時…トヤマは目尻ににじんできたモノの理由に戸惑いながら、目の前の親子から目を逸らしてしまったーーー
あれから、あの白い猫はどんな人生を過ごしているのだろうか・・・
記憶の隅に葬ったはずの湿っぽい追憶が、トヤマの裡をよぎった。
この世に産まれた命すべてに意味がある… それがどんなに儚く短いものであったとしても・・・
虹のようにつかの間であったとしても…この世で愛された記憶を授けてやらなければならない。
今は確信をもって、、、思える。
名もなく、、この世から消えたあの仔猫に対する呵責の念が己を揺るがしているだけではない。
幼い自分が愛された記憶が、我が身の奥底に眠っている事… そんな世間では当たり前の事がしみじみと心に沁み入っていった。
亡くなる数日前…祖母の語った言葉が不意に脳裏に蘇り、トヤマは瞬く間に15の自分に戻ってしまう。
【貴方はいい子ね…出来すぎるほど出来た子どものまま、大人になってしまいそう。
収拾のつかない気持ちに折り合いを付ける方法がすべて諦めでは、人生の醍醐味は味わえないものよ。
ひとついい事を教えてあげる。
覚えておきなさい、大人になったら必ず役に立つから。
いつか…貴方が誰かと幸せな家庭を築く事を切望してやまない時がきたら、それを今までの自分の生き方を否定する事と考えては駄目よ。
貴方に対する関わりの色でも所有欲でもない、確たる形のない色やモノを濁りなく映す優しい無防備な瞳を持つ人に 、あなたはいつか 必ず出逢えるわ。
眺めてることは出来ても触れる事のできないものに感じて、初めは腰がひけるかもしれないけれど、逃げないで正面から見つめてごらんなさい。
大丈夫…貴方には幸せになる資格があるから・・・】

「パオラ、、急ぐぞ‼ 」
トヤマは己を励ますように、パオラに向かって声を張ると彼女の手をとった。




「本当に良かった……パオラにメールした時はどうしようかと思ったわ。」
アッカーマン夫人は氷を入れたグラスに炭酸水を注いでライムの薄切りを置き、向かい合って座るパオラとトヤマにすすめると微笑みかけた。
「バイオレットは難産のせいで弱り切ってるし、細く息をしている仔猫が動かないのを見た時は心臓がバクバクしちゃって。
青い顔したパオラが連れてきた素敵な紳士の顔は見る余裕無かったわね。」


バイオレットの出産から10日経ち、バイオレットは最初のうちの神経質さはかなり和らいできたようである。
静かなリビングルームの際奥に バイオレットと四匹の仔猫たちはいた。
まだまだ毛の薄い仔猫たちだが、見たところルカとよく似た短毛の黒毛、同じく短毛だが白い毛に碧い瞳の仔、白い毛の長毛種らしい ゴールドと海のような碧(あお)の両親の瞳の色を受け継いだ仔が一匹づついる。

そのうち一匹…碧い瞳をした長毛の仔は、ひときわ小柄で甘えん坊、動きもゆっくりである。
バイオレットは母親になっても生来のマイペースぶりで、眠たくなれば、腹を仔猫達に横向きに向けたまま眠ってしまい、お腹が空けば餌を食べに立って行く。
仔猫たちはその度小さな身体をバタつかせていた。
見ている方はハラハラするがバイオレットはそのたび、「どうしたの?」と言わんばかりのあっさりした様子で碧い瞳を夫人に向ける。
マイペースな「妻」バイオレットに比べると、ルカは落ち着きなく動き回り始めた我が子を口に咥えて、バイオレットのかたわらに戻したり、毛づくろいするように舐めてやったりと、なにくれとなく世話を焼く良きパパぶりである。
「…ごめんなさい、、おばさま。
なにからなにまで…お世話になりっぱなしね、私。
弱り切ってる仔猫を見て泣いてるだけの私を、おばさまやトヤマさんがずっと励ましてくれてた。」

「いいえ…私なんか全然駄目よ、いざという時は慌てるばかりで。
あの時、 エテルナを手にのせて『頑張れ…生きるんだ!』ってトヤマさんがあの仔猫に話しかけてくれたから、今 あの仔は生きてるのかもしれないって思うの。
仔猫にもトヤマさんの気迫が通じたのかもしれないわね。
私は細い息をしてるエテルナを見て、悪いことしか考えられなくなってた。
バイオレットがエテルナを他の仔と同じように扱うと、ダメ、、死んじゃうと思ってドキドキしながらも、ただ見つめているだけで身体は凍りついたみたいに まるっきり動かなかったわ。」

寝床から脱走した…ひときわ小さな仔猫を咥えているルカのどっしりした姿がテーブルの横を横切るのを目の端に映しながら、夫人は応える・・・

夫人とパオラの会話を黙って聞いているトヤマは、あの日の翌々日仕事のためにロンドンに向かい昨日ミュンヘンに"戻ってきた"ばかりである。
パオラは身体を左にひねり、かたわらに座るトヤマの形のいい鼻の稜線を眺めながら、ずっと考えていた問いを口にする。
「でも…ヒデ。どうしてあの時エテルナに名前をつけよう、、なんて言ったの?
生きるか死ぬかの時に、真っ先に名前をつけるのに意味があるのかな…って私は思ってたの。」
トヤマは口のまわりをしわ寄せてパオラに微笑みかけると、夫人に視線を向けたあとゆっくりとしたドイツ語で話し始めた。
「ETERUNA…イタリア語で無限、永遠を指す。
俺はこの仔の生命に意味を与えてやりたかった。どんなに短い人生だろうが、この世に産まれ愛された記憶をこの仔に与えてやりたかった。
だから…ETERUNAという名で、小さな雌の仔猫を呼んだんだ。
エテルナの記憶に俺たちが残らなくてもいい。
俺はエテルナに、どんなに短い時間でもいい、自分が誰かに必要とされ、無限の愛を受けていると感じさせてやりたかった…」

*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*

『そばにいるからね… 』
パオラの声に小さな仔猫の耳が小さく動いた。
未だ開いていない瞳の筈なのに、濡れたような大きな瞳が、パオラとトヤマを見ているような気がした・・・
かすかに動いている腹が唯一この仔の生きている証のようだったーーー

『会わなければ良かったのかな… 』


『いや、会えて良かったんだ。俺たちはこの仔に会うべくして会ったのだから。
この仔は必ず生きる、君が生きると信じないでどうする?
俺を信じろ、、皆でこの仔の強さを信じよう。』

弱々しく零したパオラに言うと、トヤマは名無しの仔猫を優しい手付きで左手にのせた。
仔猫を見て微笑みかけると、人差し指で愛おしげに背中を撫でた。
彼に応えたのか… にゃ~と産まれて初めて小さく声を上げた"名無し"に驚くこともなく、飄々と仮の名前を付けよう…とトヤマは誰に言うでもなく口にしていたーーー

「二人には言っておかないといけないわね……」

夫人はトヤマとパオラそれぞれにゆったりと視線を向けて小さく息を吐く。
「あの一番のおチビちゃんは心臓に欠陥をもってるかもしれないって。
だから産まれたあと呼吸が弱り切ってたのかもしれないそうよ。
精密検査をしないと仔細は分からないらしいの。
ただ心音を聴くと異常があるのは明らかだそうよ……
もちろん、もう少し大きくなったら手術は可能だけど手術が成功するのは100%ではないし、お金も人間の手術以上にかかるそうなの。
どうするかを決めるのは私たち…まだ時間はあるから考えておいてね。」

息を飲んで碧い瞳をみはるパオラの肩に、さりげなく置かれたトヤマの手を夫人はチラと眺めて満足そうに顎を小さく引く。
「よかったわ、、、パオラを支えてくれる人がいて。
この娘は強そうにみえるけれど、本当は傷つきやすくて人並み以上の怖がり屋さんなの。
強がりだから他人の前では涙を流すのは珍しいのよ。
頑固なところはバイオレットと同じ。
私はパオラと知り合ってから三年になるけど、素直に素を晒すのを見たのは最近よ。
トヤマさん…あなた日本人でしょ?
日本女性は男性に従順だと聞くけれど、この娘はそうはいかないわよ~ 」

「……おばさまったら、、、」
顔を伏せてつぶやいたパオラを、トヤマは歳上の男性らしい余裕をたたえた視線でつつみ、夫人と向き直った。
「僕は、、、、 」
瞬きをし考えるように数秒視線を宙に向けたトヤマに、パオラと夫人の視線が注がれたーーー

「僕はパオラを大切に想っています。

うまく言えませんが……
彼女が笑うと嬉しい、、、僕はパオラの笑顔をずっと見ていたいです。」
トヤマは夫人に向き直ると今度は早口のドイツ語で話した。
パオラと夫人に照れ臭そうに邪気のない少年のような笑顔をむけてから、機敏な仕草で席を立ち夫人のアップライトピアノの前に来ると漆黒の肌をピアニストらしい大きな手で撫で、愛おしい人に触れるような慎重さで「彼女の」蓋を開けて彼の友である鍵盤を答えをさがすように見つめるーーー
「どうぞ、、お使いになって。
私の三十年来の相方なの、気難しくはないわよ…私と同じ。」

【今からあなた方は一番大切にしている人に向けて演奏してください…】
いつものように…演奏の前に鍵盤を前に祈るように目を閉じると、彼の裡でマエストロ・カンの怜悧な物言いにそぐわない、通俗的な甘い台詞が厳しさをたたえた声音と共にこだまするーーー



リビングには、トヤマの弾く…グリーグの抒情小曲集が穏やかに満ちていった。
トヤマが鍵盤から目を上げ、浅く腰掛けた椅子のかたわらに感じた気配の方を向くと、、、ルカが彼を見上げてにゃーっと太く鳴いた。
パオラと夫人はソファーで健やかな寝息を立てており、バイオレットと子供たちの寄り添って眠る息の音が静かなリビングルームに微かに聴こえた。

木陰よ 緑映ゆる
美(うる)わしき木陰よ 木陰よ
風も薫る 美(うる)わしき木陰よ
我を招く木陰よ
やさし 楽し 我が心の
永久(とわ)なる安らぎ

祖母の好きだった、ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」を口ずさむトヤマの顔からはすべての屈託が払しょくされていた。
パオラに聞かせたら、、また、
「音感と歌唱力は一致しないのね」と言われてしまうのだろうな・・・
トヤマがパオラと夫人の寄りかかって眠る姿に穏やかに笑んだあと、バイオレットたちをちらりと見遣った途端 、一転して彼の精悍な面差しからは緩みが消えた。
決意の色が、彼のエキゾチックな眼差しと引き結んだ唇に強く表れていたーーー






カン・マエはアメリカツアーの出立を明日に控えた今日も、首席としての仕事に忙殺された。
長年の習慣でツアー前の荷作りは数日かけて自分で済ませてある。
むしろ、ルミの方が、
「荷物は最低限に…」と命じられて 考えこんでは荷物を出したり入れたりと、迷いに迷い時間を喰った。
「荷物はまとめたのか?」
遅い夕食のあとシャワーを浴びたカン・マエは寝室のドアを閉めながら先にベッドに入っていたルミに声をかけた。

「……… 」
「ルミ‼ 」
「先生… いくら私でも、先生のよく響く通りのいい声は聴こえますよ!
ほーんと聴きやすい声!世の中の人がみんな先生みたいな声をしてたら私も苦労しないんだけどな。」
「お前、直ぐに返事をしないでおいて、その言い草か?
だいたい"聴きやすい声"とはなんだ?曖昧な言い方をするな。」

本当は…自分を呼ぶ先生の声を聴いていたかっただけ、、、、
ルミのかたわらに身体をすべらせながら、咎めるように言う恋人の声が近づいてくる幸福感に彼女は微笑みを浮かべる。

「だからーー先生の声は特別なんです。前にも言ったでしょ!他の音がボヤける日でも、先生の声だけはよく聴こえるの。荷物は完ぺきよ!減らす方がずーっと難しいわね。
ところで先生?
アメリカツアーのついでに、アメリカに連れて行ってくれて嬉しいけど、私はいつ韓国に戻ればいいの?
先生帰国については、なーんにも言わないんだもん。先生の都合もあるでしょ?お仕事の邪魔しちゃ申し訳ないし・・・」
「ーーーお前はどうしたい?」
「また~ 先生の質問返し。
私の勝手で決められないでしょ?」

ルミは可笑しくもなさそうに低く応えると、形ばかりの苦笑を薄い唇に浮かべた歳上の恋人の端正な面差しをうかがう。
筋の通らないことを嫌い馬鹿騒ぎなど論外、趣味は読書と指揮者としての仕事上の鍛錬のためのジム通い。
その冷徹さからクラシック界では人格破綻者的なニュアンスで扱われている彼だが、ことルミに対しては神経質なところはまるでない。
むしろ、ほとんどの事を好きにさせてくれる鷹揚な恋人だ。
「先生はどうしたいんですか?
帰国日未定なんて旅、した事ないからドキドキしちゃう。」
帰らないでいい…ずっと私の側にいろ・・・
口に出来ない本音がカン・マエの胸中にやる方ない苦味をもたらしている事に、もちろんルミは気付いていない。
「そう言えば、先生!
隣のアッカーマン夫人の家で仔猫が産まれたのよ。
ほら、、いつか先生とも見たでしょ?隣の玄関先の植え込みで遊んでた…黒猫と綺麗なラグドールのカップル。
あの子たちの赤ちゃんよ。
短い尻尾をした黒い短毛の男の子、白にチョコレートの毛色がまざった女の子、黒と白の毛色がまざったラグドールの女の子と……」

「… せんせ、い? 」
カン・マエの大きな手がルミの頬をつつみこみ、彼にしてはひどくせっかちに噛み付くように唇を重ねてきた。
「まっ、、て先生」

「話しは後だ、、、」
カン・マエはルミの首すじに唇を這わせながら囁く。
ルミの、、荒い息と頷きに応え、
パジャマの胸元に手をかけてきたカン・マエにルミは全身の力を抜き彼に身を任せたのだったーー


事のあとの身体の芯の気だるさを覚え、放心していたカン・マエの背中に、ルミは彼の両わきから両手をまわし甘えるように背中に頬をあてた・・・

「どうした……ルミ。」
「先生と離れたくない… ずっと、ずーっと一緒にいたい。」
「変な奴だな……」
カン・マエはのど元でつぶやくと腕を後ろに向けて身をよじり、ルミに向き直る。
眠そうな顔に笑みを浮かべている恋人の、彼が毎日、、どれだけ愛しても飽きる事のない身体は、初めて肌を合わせた時より いっそう美しく熟していた。
甘い蜜が滴るような肌理の細かい真白の肌の眩しさに、彼は目を細める。
「なにを考えてるのか知らないが…

俺には今のところ、お前以外に深く付き合いのある人間はいない。
言っただろう?どんなに離れていてもお前がここにいると。」
カン・マエが胸にあてた大ぶりな手の上に、ルミはひとまわり小さい手を重ねて微笑んだ。

自分たちが いつ…どうなるのか、、、
それはカン・マエにもルミにも分からない。
時の流れに身を任せているうちに、行き着く先のおぼろげな輪郭はみえてくるだろうーーー

カン・マエはルミを軽く抱きしめてやってから、唇を近づけていく。
今度は優しく…愛おしむように。
ルミの桜色の唇は柔らかく彼を受け入れた。
全身が蕩けていってしまいそうな口づけを交わしながら、カン・マエは想う・・・
俺が欲しいのは、、、ルミお前の身体だけではない。心だーーー

長い口づけのあと…カン・マエとルミは目と目を見交わして微笑みあったのだったーーー

ファイナルの前に

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

今晩は(^O^)/

「Little lovers」変な場面で切っているので、中には「気になる!」って方もいらっしゃると思います。
あっ、ワザとですから。
最後ぐらいはドキハラで締めようかな~と。
月曜日、世の中の方々と同じでワタクシもバタバタしておりました。
相方は会社の決算期で在京でのお仕事が明日まであるので、今晩も在宅。
夜中の物書きは無理です。
申し訳ないので、登場人物のイメージ画像で楽しんで貰おうかな、、、と。
先ずはヒデトシ・トヤマさん


映画「サヨナライツカ」の時の"好青年"西島秀俊さんです。
素敵な胸筋の画は、そちらが好きな方は探してみてくださいね~
お次は麗しきハーピスト・パオラ・ガッティ嬢。

カネボウ系列の化粧品RMKのイメージモデルさんの画像をお借りしてきました。ホームページによると今年の秋冬最新メークだそうで。
モデルさんのお名前はなかなかヒットしないので諦めました(苦笑)
もう一枚は、

キレイです… Photoshopでシミ一つないお肌に加工してるとしても!(笑)

最後にアッカーマン夫人。

ドイツの女優さんらしいのですが、適当にネットサーフィンしてた時に、
「この人だ!」と閃いた方なので管理人は詳しいお名前を知りません。
優しそうでしょ?

こんな可愛いお家に住んでるのかな?と想像してます。


このピンクのソファの上にバイオレットがよく寝転んでます。
バイオレットちゃんのモデルは、
我がブログの読者、奈保子様の愛猫チャピ姫。

ルカ君のモデルは同じく読者さんの黒マグ様の愛猫濡れたような艶々した毛並の黒猫・マグロ君です。




お二人には、可愛い猫ちゃん達に我が家の拙いストーリーに色を添えてくれるモデルを引き受けてくださったことを心より感謝申し上げます。

それでは、次回はFinal。
なるべく急ぎますのでお待ちいただければ幸いです。

管理人拝。

Little lovers(15)

韓流ドラマベートーベンウイルスSS




朝七時、トヤマとパオラはチェスキー・クルムロフ城にほど近いホテルを出て昨夜ライトアップされた城を眺めたプラスティー橋に向かっていた。
「ねえ~ヒデ、わざわざ早起きして街を眺めに行かなくても、ホテルの窓からお城が見えたのに~」
朝の苦手なパオラは少々ご機嫌ナナメである。
確かに彼等の泊まったホテルの窓からは、窓の下に流れるヴルタヴァ川(モルダウ川)と城が一望できる。
「はいはい、低血圧のお姫様。
朝の景色はまた格別だぞ!少し歩いてからの朝食は上手いからな。」
口を尖らせてトヤマに手を引かれているパオラはファンデーションとグロスを施しただけで殆ど化粧っ気もない。
トヤマは昨夜、彼の腕の中で妖しく乱れた姿とはまるで別人のように少女じみた貌を見せるパオラを、《素顔も可愛いな…》と口には出さずに微笑みかける。
街の中心に位置するフラデークの塔と並んで街を眺めるには絶好のポイントである…昨夜も訪れたプラスティー橋の中ほどまで歩いた。
二人は白亜の壁とオレンジ色の屋根が可愛らしい家々が宝石箱のように建ち並ぶ街並みを眺める。
「わあ~ 凄い!小さい時に読んだ絵本の中の街みたい。」
晴天の空に向かって伸びをしたスウェット姿のパオラは、やっと目がさめてきたのか興奮した様子で瞳を輝かせる。
トヤマは口角を上げ腕時計に目を落とすと、後ろから来た団体客から守るようにパオラの肩に手をそっとまわした。
「朝の散歩は格別だっただろう?
人々は この景色の美しさに感嘆して、俺たちが今 目にしている街並みを〈眠れる森の美女〉と呼んだそうだ。
中世からの雰囲気が残ってるのは、この街の悲しい歴史も関係しているんだよ。
19世紀まで隆盛を誇っていたこの街も、20世紀に入るとヨーロッパを席巻した産業革命の波に洗われてボヘミア山中のここは、都市としての発展を見込めないと見なされ打ち捨てられてしまった。
しかし廃墟同然になったお陰で、工業化による改築や戦争による被害を免れ、中世の時代そのままの姿を今に伝える事が出来たんだ。」
「眠れる森の美女ですか… 小さい頃読んでもらっ、、、、」
パオラは不自然に言葉を切り、瞳を隠すようにくるりと身体を反転させる。
「… ごめんなさい、、、 」
パオラの声が掠れて、早朝の空気に吸い込まれていった。
トヤマは 大またの数歩を刻むとパオラに向かい合う・・・
「どうしたんだ…?」
パオラは考えこむ表情を浮かべたあと小さく首を振り、斜め加減に俯く。
蒼ざめた表情から察したのか、トヤマはパオラの頭頂にさりげなく手を触れ重い口を開いた。
唇が乾き切ってザラついた、抑揚のない声が出てしまう。
自分が本当に言いたい事を、誰かに伝えたいと願えるようになったのは、思えば彼女との出逢いがあったからか・・・

「気を遣いすぎだ、パオラ。
俺にだって、たぶん母の膝で絵本を読んでもらった経験はあった。よく覚えていないだけの事だよ。
思い出せるように、今度は君の膝枕で君が本を読む声が聴きたい。
俺の願いを叶えてくれる?」

トヤマは 彼の問いかけに「…はい、、」とひとこと小さく応え、ようやく頬をほころばせたパオラの柔らかい唇に、素早く自分の唇を重ねるーーー
「お腹すかないか?
俺はペコペコだ、、昨夜は誰かさんのせいで運動しすぎたからな。」

瞬きの口づけはパオラの涙の味がしたーーー

トヤマはぽっと顔を赤らめたパオラに例の邪気の無さ過ぎる笑顔を向けると、ひとまわり小さな手をとってホテルの方向に歩き出した。

ーー大丈夫…貴方には私がずっと側にいるから。
パオラはトヤマに手を引かれながら、彼の背中に心の中で呼びかけたのだった。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

「ルカ… バイオレット!ご飯よ‼ 」

アッカーマン夫人はバイオレットの様子の変化に気付いて顔を引き締めた。
昨夜から落ち着きなく歩き回り変だとは思っていた。
彼女はリビングの壁を単なる爪とぎ…と言うより、苦しげに身体を小刻みに動かしながらガリガリと引っ掻いている。
ルカもそんなバイオレットから付かず離れずの位置にいて、夫人が呼んでも来ようとしない。
「バイオレット… 産気づいたのかしら。」
部屋の隅にはバイオレットがお産を出来るように、柔らかいタオルを折り重ねて出産場所を設けてある。

「バイオレット頑張るのよ、、、
ルカも私もついているからね!」

いつもは人に触られるのを好まず、触れた途端に噛むか引っ掻いてくるバイオレットは碧い瞳を潤ませておとなしく背中を撫でる夫人の手を受け入れる。
細かに震えているバイオレットの身体から、彼女の苦しさが伝わってきて、夫人は目を潤ませた。
「お医者様に連絡しなくてはね…

パオラには、、、チェコから直ぐには戻れないわよね。産まれてからで構わないかな・・・」
夫人は独り言ちて、自分を落ち着かせるようにコーヒーを飲み込んだーーー

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

二人はホテルのテラスで朝食を摂り、城のガイド・ツアーに参加していた。
パオラは先ほどのスウェットから彼女の美しい身体のラインをうかがわせる、彼女のブロンドが映える菫(すみれ)色のウール地のフレアワンピースを着ていた。トヤマは万年変わらぬ、黒のスーツ姿である。
城内ガイドツアーの最後の部屋、マスカルニ・ザール…仮面舞踏会の間に着くと、トヤマはパオラに向き直り口を開いた。
「 意外と小さい部屋なんだな・・・
ここはチェスキー・クロムロフ音楽祭の時にコンサート会場になる部屋なんだよ。
ここに来てみたいと思ったのは、この部屋を自分の目で見たかったからなんだ。
いつか…音楽祭で弾いてみたい。
この部屋でピアノはどんな音を響かせるんだろうな。」

ツアーの終了とともに、観光客は帰路を歩き始め二人も列に続いた。
「ねえヒデ… 」
「… どうした?ニコニコして。」
「ヒデって、音楽の話になると少年みたいにキラキラ目を輝かせるのね。
お亡くなりになったヒデのお祖母様のおかげ?お祖母様は貴方に終生変わらない慰めを与えてくれたのかしら?」
「ああ…そう思う。
ピアノを弾くわけでも、コンサートに足を運ぶでもない生活をしている人だったが、家に一歩入るといつもクラシックの美しい調べが部屋に流れていた。特にシューベルトの歌曲が大好きでよく口ずさみながら家事をしていたな。」
「… そうなんですか、、、
ヒデはシューベルト好き?」
少し考え、トヤマはぽつりともらす…

「いいや… 特に歌曲は、、、
なんでか胸が塞がれる気がしてね。
自分からは弾こうと思った事はない。」
「日本に戻ってからイタリアが恋しくならなかった?イタリアのカルボナーラが食べたい!とか。」
祖母の話に及ぶと湿度のこもった声になるトヤマの気分を変えようと、パオラは務めて無邪気な声をかけた。

パオラの声の調子にトヤマの精悍な貌に大きな笑みが浮かび、笑みが浮かぶ際に出来る目のまわりの、彼を人懐こく見せるシワが深くみえた。
「俺はカッコよく君を守る騎士(ナイト)でいたかったが、逆だな。
君の方が、遥かに大らかなエネルギーで俺を護ってくれているようだ。
君の故郷(くに)はミラノだったか…
懐かしくはあるよ、イタリアの太陽や風の匂い、街を歩けば鼻をくすぐるオリーブオイルとトマトの合わさった匂い、遠足で行った郊外で嗅いだ小麦畑の乾いた香ばしいような匂い・・・
仕事で訪れるたびに、イタリアに居ると無条件に気持ちが落ち着くのは何故か不思議に思っていた。
辛いこともあったが、まぎれもなくイタリアは俺の故郷なのだと今は素直に思える。
君に出逢って、惹かれたからかもしれないな。」

二人は城を出ると旧市街を景色を楽しみながら、聖ヴィート教会のランドマーク・フラデークの尖塔を目指してゆっくりと散策した。
ヨーロッパ随一の景勝地らしく、石畳の通りは人並みで溢れかえっている。
「バイオレット…元気にしてるかな?」
ぽつりともらすパオラに、トヤマは優しい眼差しを注ぐ。
「家族なんだな… 気になるか、、、
公演前から預けているのだろう。無理も無いな・・・
パオラがバイオレットの話をすると家族の暖かさが分かるような気がするよ。」
トヤマは照れ臭そうに言うとパオラのブロンドに手を触れたーー

トヤマとパオラが尖塔を目指して歩いている頃ーーー
ミュンヘンではアッカーマン夫人が、自宅の居間を落ち着きなく歩き回る姿があった。

「ルカ… バイオレット大丈夫かな?

あんなに苦しんでるのに、まだ一匹も産まれないなんて…
獣医さんに連絡した方がいいかしら?」

夫人がぎゃーっと鳴く声の方向を向くと、バイオレットがルカとの愛の結晶をようやく一匹産み落として愛おしげに羊水に覆われた仔を舐めている姿が目に入ったーーー
「バイオレット…頑張って、、。」

夫人のブルーがかった瞳から自然と涙が溢れかえった。
ルカが夫人の足元にやってくる。
「ルカ・・・
パパになったのね… 」
ひざまずいて幸運のしるしと謂われるジャパニーズボブテールーールカの小さなポンポンのような丸く短い尻尾を撫でる夫人の涙で濡れた頬を、【パパになったばかりのルカ】の柔らかい舌が撫でた。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

仕事に行くカン・マエを送り出したルミは、パンツのポケットに入れていた携帯がバイブで震えたのに気づいた。

「なんだろ?ドイツでわざわざメールを寄越す人なんて先生しかいないのに。
先生は今、出てったばかりよね。」

着信メールを見るルミの大きな瞳が見開かれ、ポタポタと大粒の滴(しずく)がルミの頬を流れていく・・・
「先生の、、、、天邪鬼。

優しいくせに、、、、」

【ミュンヘンからの帰りのチケットをキャンセルした。
私と一緒にアメリカに来い。
このまえ次はアメリカツアーだと教えたら、〈親友がアメリカにいる、アメリカなんて行けないから、暫くはメールか電話でしか連絡が取れない〉と言っていただろう。
親友に会いに行かせてやる。
言っておくが、お前の親友に会いたい気持ちを尊重したまでの事で、断じて私の意向から決めた事ではない。
ツアースケジュールがアメリカだから丁度タイミングが良かっただけの事だ。
大学は通信制に変えたのだったな?なら何の支障も無いはずだ。
それから…荷物は最小限にしろ。
ミュンヘンの家に、どうしても必要なもの以外は置いていけ。
あの汚い、お前がトーベンの散歩に行く時に履いているスニーカーもだ。
帰国する前に新しく買ってやる。
以上だ、今日は仕事関係の会食があるから遅くなる。玄関の鍵をしめるのを忘れるなよ、お前は無用心すぎる。】

携帯が再び震えるーーー

【決定事項だから断る事は許さない。
もし断るのなら、私が納得する理由を簡潔に述べてみろ。
お前には無理だろうが… 】

「先生の、、、馬鹿、、」
ルミは手のひらでごしごしと目尻をこすり、偏屈な恋人の貌を思い浮かべながら返信を打ち始めたーーー




尖塔の最上階から眺める、街を見下ろす景色はトヤマが話した、中世の時代から時間が止まったようなメルヘンティックなものだった。
「ヒデ、ありがとう・・・

貴方と観た、この景色私一生忘れない。」
「大袈裟な言い方だな・・・
君が望むなら、俺は君の生きたい所すべて喜んで連れて行くよ。」

トヤマは僅かな迷いを感じさせる間のあと、再び口を開く。
「俺は……生きている限り、ずっと君と一緒に青空を見上げて微笑み合いたい。
君に寄り添って音楽を奏でたい。
いつも傍らにいて君を感じたい。
一緒に喜びを分かち合いたい。

君が望むなら、、、、、」

トヤマの屈託ない笑顔の裡に、覚悟を決めた男の決意がのぞいていた。

「おじさんの癖に、、、ヒデ最高!」
抱きつくバオラの携帯が鳴るーーー
メールを見るパオラの顔色が、みるみるうちに褪めていった・・・
黙り込む数秒…パオラとトヤマの全身に冷たい風が吹きすぎた。
「どうした…どうしたんだ?」
パオラは瞬きを繰り返し、定まらぬ視線を宙に泳がせている。
「ヒデ、、、どうしよう。ねぇ、、

どうしたらいいの!」

上空には何時の間にか暑い雲が垂れ込め、ぽつぽつと降り出した雨が二人を濡らし始めていたーーー




Little lovers(Final)につづきます。

The end of the world

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

「………… 」
「おい!聞いてるのか?
ま、そういう事だから頼むなっ!」
相変わらず脳天気な声で先に通話を切ったのは、カン・マエの高校時代からの【知り合い】ロンドンフィルの首席指揮者のチョン・ミョンファンである。
上海から始まった中国でのツアーを終えて、昨日ドイツに帰国したばかりのカン・マエは書斎のプロフェッサー・チェアーの背に全身を預けて、太い溜め息まじりに目を閉じた。
ミョンファンに対する、ふつふつと湧き上がる怒りで目の奥がじんじんする。
阿呆な【知り合い】が語った中身は突拍子もない内容で、しかもその話の中に己が紛れもなく存在感を置いている。
『う、、ん。お前に言ったらぶっ飛ばされそうな話なんだが、言っておかんとマズイかと思ってな。
お前、半月ずーっと中国だっただろ?
ツアー中に変な話をしても申し訳ないし、今日になってしまった。』
面と向かわずともカン・マエが眉根を寄せている気配が伝わったのか、ミョンファンはオドオドと言葉を切った。
『…前置きはいい。』
沈黙のあと、ミョンファンをうながすカン・マエの低音は地獄の底から湧き出す熱風の如く迫力満点で、穏やかならぬ苛立ちが混ざる。
『三週間前の事なんだけどさ、俺ニューヨークに客演に行ってたんだよね。
そこでバカンスをとってフロリダに遊びに来ていた指揮者フェリックス・ヤングに会ったんだ…奴は拠点にしてるウイーンに帰国直前で、ニューヨーク・フィルの公演を聴きに来ていたんだ。』
『アメリカの指揮者としては重鎮と云われている奴だな。
フィラデルフィア・フィルの桂冠指揮者か…』
『うん、来季はシュトゥットガルト放送交響楽団の首席に就任予定らしい。
それで… 』
口ごもるミョンファンをうながすでもなく、カン・マエは携帯を耳から離す。嫌な予感が彼の肩を通り抜け、部屋はちょうど良く暖まっているはずなのに、寒気が走った。
『変な奴だったよ、何となく噂は知ってはいたが[世界の終わりは必ずくる。聖書に隠された暗号やピラミッドに隠された秘密の数字を君は知っているか?破滅の時には太陽系の惑星が一直線に並ぶ"グランドクロス"が起こる。来るべき時に備えるためには終末預言に真摯に耳を傾けるべきだ。]
滔々と俺に説教するんだ…』
話の筋が全く読めないので、仕方なくカン・マエは我慢して聞いておく事にする。
『興味も無い事を、よく記憶してるな。
それで…奴は世界の終わりが来ると言いたかっただけか?新興宗教にかぶれてるとは聞いた事は無いが。』
カン・マエは皮肉のつもりで言ったのだが、カン・マエにしては辛辣さを和らげた口調にしのばせた毒は、ミョンファンには通じなかったようである。
カン・マエは眼鏡を長い人差し指で押し上げ、息を細くつく。
『奴が俺と膝を突き合わせて至近距離で話すものだから、変だと始めに気づいていれば、さっさと逃げる事もできたのだろうが、相手は大先輩だろ?そうも行かずに慌てたよ。
しかも、ホテルの最上階にある会員制のバーの奥にある個室の中ときてるしな。
そのうち、奴の手が俺の膝頭を撫で始め、あらぬ方向に伸びてくるものだから流石に奴の手を払ったんだ。
あくまでも優しくな。』
『……それは、、、』
『そうだ、彼はあちらの住人だよ。正しくはバイって言うのか?
俺が仕入れた話によると、奥方を亡くされたあとは若い指揮者を呼び出しては、権威を傘に喰いまくっているらしい。まあ奥方の存命中だって噂に登らなかっただけかもしれないがな。』
ますます話が怪しい方向に向いて行く予感に、頭がくらっとする。
カン・マエは携帯を持ったまま、頭痛を堪えるように左手を額にあてて目を閉じた。
『お前は逃げたんだろ?
だったら私とは関係は無いはずだ。』
『ああ…あんな爺さんに喰われるなんて真っ平だからな。
どんな可愛がり方をするのか興味深いが、俺の操はこれから出会う運命の人に捧げると決めてるから相手をするわけにはいかないよ。』
ククッとのど元で嗤うと、ミョンファンは冗談混じりにかえし、直ぐに言葉を継いだ。
『それでさあ、その翌日も呼び出されちゃって困ったよ。エラい人に逆らうといい事なんてないからな。
お前みたいな権威に負けない度胸は俺は持ってないし。
…どうしても駄目か?としつこく言うから俺、お前と愛し合ってるから申し訳ないがお相手は出来ません。と答えちゃったんだよ。
ほら、相手はバイだろ?ストレートだって言ってもきっぱりとは固辞は出来ないからさ。』
ミョンファンのかえしを聞いた途端、カン・マエは驚きに目を見開き、組んでいた足をおろす。
相変わらず人を喰ったような口調で話すミョンファンに、怒りが滾ってくるものの、いちいち反応するのも腹が立つ。
『意味が分からん。お前には弟子が各国にいるのではなかったか?
そいつらの名前を出せばいいのに、どうして私の名前を出した!』
『そう怒るなよ…その時は俺も混乱してて、お前の名前が咄嗟に口を突いて出てしまったんだ。
俺とマエストロ・カンは二十年前から心から愛し合っているが、マエストロ・カンには奥方がいて秘密の関係だ。誰にも言わないでくれ。ーーと涙ながらに言ったら納得してくれたよ。
嘘の涙を見破れなかった爺さんの負けさ。
嘘の俺とお前の関係は、計らずも奴の身上と似た状況だったようだ。
爺さんも口外はしないと思うが、同じドイツの楽団で首席に就任するとなれば、お前も挨拶ぐらいはする事になる。今回の顛末を知らせておかないとマズイかと電話したわけだ。』
カン・マエは、左の人差し指で机を苛立つままに叩く。
電話が切れたあと、彼は降って湧いた怒りの矛先を探せぬままに、見たくもないネットサーフィンをしていた。
【来るべき世界の終わり】
確たる証拠もない、様々な預言に振り回される愚かな人間が、どの時代にもいることがネットには様々にアップされていた。
カン・マエは書斎のボードからウイスキーとカットグラスを取り出す。
まだ日は高いがアルコールでも呷らなければ、苛立ちから抜け出せそうになかった。
ノックの音がして、愛妻のルミが微かなスリッパが床に擦れる音をさせて入ってきた。
彼女のふっくらと丸みを帯びてきたお腹にはカン・マエの子どもがいる。この子が産まれるのは四ヶ月ほど先であるーーー
「あら、貴方お酒?昼間から呑むなんて珍しい~」
ルミは午後三時、、、休日には書斎にいる夫に運ぶことがならいとなっている…エスプレッソをデスクの上に置くと目元を柔らかく緩ませた。
夫の機嫌がすこぶるよろしくないことを、彼の唇の歪み加減で見てとり静かに踵をかえした愛妻の背中に、カン・マエは声をかける。
「ルミ、ここに座れ。」
書斎の大きな窓からの陽射しが当たる位置にある三人掛けのソファーに妻をうながすと、妻の背中に右手を回して座らせる。
「ルミ…世界の終わりの日が来るとしたら、お前は何をしたい?」
夫の質問の意図を計りかね細い首を傾げたルミを見ながら、カン・マエはエスプレッソを一口飲む。
冷め始めたエスプレッソの苦味に先ほどからの苛立ちのような不快感を覚えて、カン・マエは顔を顰めた。
「最後の日だ。あと数時間ですべてが無になるとしたら…だ、、、なにがしたい?」
ルミは暫く考え、アリアを歌うように話し出す。
うっとりと微笑みを浮かべて語る妻の横顔には不安の色は欠片もない。
これも彼女に宿る命がもたらした安寧のせいか・・・
カン・マエはルミの額から形の良い鼻の稜線、艶めく桜色の唇を視線で辿りながら考える。
「最後の日…か。そうですね~
ピエール・エルメのマカロンとウイーンのホテル・ザッハーのザッハートルテ、ユーハイムの焼きたてバウムクーヘンをお腹いっぱい食べるの。
お腹いっぱいになって眠ってる間に、世界の終わりが来る…っていうのがいいな~ 」
妻となり、やがて母になろうとしている今も、変わらぬ無邪気をたたえる瞳をくるりと丸くさせて、ルミは夫の顔を見る。
「… お前は最後の最後まで食い気しかないのか?
お前らしい・・・」
「 先生は?
先生はベートーヴェンの交響曲を聴きながら、赤ワインのグラスを持ってそう。
私のお菓子でお腹いっぱい、お昼寝よりずーっと大人ですね!
あ、あとね~エリザベート妃が大好きだったスミレの花の砂糖漬けも食べたいな。
先生が側に居てくれて、最後まで離れないの。
食べ過ぎると肥るぞ、って何時ものように呆れた顔で言ってくれて。」
終末の日を語っているのにルミの顔は穏やかで、まるで未来の絵を描いているようだった。
結婚式の日…パリのホテルの部屋で彼女が食べていたマカロン
初めて彼のウイーンの自宅に来た時…二人て行ったホテル・ザッハーのカフェで彼女が夢中で食べていたザッハートルテ、
お腹に我が子が宿ったとき…悪阻の間に唯一 口にする事が出来たバウムクーヘン。
すべて、彼女にとって自分と過ごした時間にまつわる…思い出深いスイーツばかりだったーーー
「ザッハートルテ…か。
子供が産まれたら忙しいらしいから、今度ウイーンに戻った時にでも食いに行くか?」
嬉しそうにカン・マエの腕にしがみついたルミの、以前より柔らかく丸みを帯びた感触が彼の気持ちをフラットに戻していったーーー
Fin.
あとがき
この世の終わりーー
ノストラダムスの大予言が代表的な、終末思想ですね。
よくこの世の終わりの日に何が食べたいか?というネタで会話したりしますが、我が家のカン・マエはどうなのかな~ ルミちゃんが側に居ればなんでもイイかも(笑)
ミョンファン先生の阿呆な発言を聞かされなければ、世界の終末なんて考えもしなかっただろうカン・マエが気持ちをかき乱されます。
カン・マエの問いに柔らか~く応えるルミちゃんの中には、この世の終わりは無いんですよね。
だって、やがて産まれてくる愛する先生との赤ちゃんが未来を向かせているから。過去へのベクトルが動く事は無いのです。
久々にがっつりカンルミが書きたくなって、ずっと頭にあった筋立てをまとめてみました。
お読みになる皆様はご存知だとおもいますが、(笑)
ミョンファン先生の言う、ストレートは普通の女性だけを愛する人、バイは男も女も愛せる人のことです。
ミョンファン先生を誘惑?した大御所指揮者さんは六十代後半の、ミョンファン先生からしたら大先輩。
アジア人指揮者はあちらの世界の方々にも大人気!ということで。
フェリックスさんとしては、スリムなミョンファン先生はネコってとこかな~(注・動物のネコではありません)
それでは、お読みいただきましてありがとうございました(^。^)

The end of the world

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

「………… 」
「おい!聞いてるのか?
ま、そういう事だから頼むなっ!」
相変わらず脳天気な声で先に通話を切ったのは、カン・マエの高校時代からの【知り合い】ロンドンフィルの首席指揮者のチョン・ミョンファンである。
上海から始まった中国でのツアーを終えて、昨日ドイツに帰国したばかりのカン・マエは書斎のプロフェッサー・チェアーの背に全身を預けて、太い溜め息まじりに目を閉じた。
ミョンファンに対する、ふつふつと湧き上がる怒りで目の奥がじんじんする。
阿呆な【知り合い】が語った中身は突拍子もない内容で、しかもその話の中に己が紛れもなく存在感を置いている。
『う、、ん。お前に言ったらぶっ飛ばされそうな話なんだが、言っておかんとマズイかと思ってな。
お前、半月ずーっと中国だっただろ?
ツアー中に変な話をしても申し訳ないし、今日になってしまった。』
面と向かわずともカン・マエが眉根を寄せている気配が伝わったのか、ミョンファンはオドオドと言葉を切った。
『…前置きはいい。』
沈黙のあと、ミョンファンをうながすカン・マエの低音は地獄の底から湧き出す熱風の如く迫力満点で、穏やかならぬ苛立ちが混ざる。
『三週間前の事なんだけどさ、俺ニューヨークに客演に行ってたんだよね。
そこでバカンスをとってフロリダに遊びに来ていた指揮者フェリックス・ヤングに会ったんだ…奴は拠点にしてるウイーンに帰国直前で、ニューヨーク・フィルの公演を聴きに来ていたんだ。』
『アメリカの指揮者としては重鎮と云われている奴だな。
フィラデルフィア・フィルの桂冠指揮者か…』
『うん、来季はシュトゥットガルト放送交響楽団の首席に就任予定らしい。
それで… 』
口ごもるミョンファンをうながすでもなく、カン・マエは携帯を耳から離す。嫌な予感が彼の肩を通り抜け、部屋はちょうど良く暖まっているはずなのに、寒気が走った。
『変な奴だったよ、何となく噂は知ってはいたが[世界の終わりは必ずくる。聖書に隠された暗号やピラミッドに隠された秘密の数字を君は知っているか?破滅の時には太陽系の惑星が一直線に並ぶ"グランドクロス"が起こる。来るべき時に備えるためには終末預言に真摯に耳を傾けるべきだ。]
滔々と俺に説教するんだ…』
話の筋が全く読めないので、仕方なくカン・マエは我慢して聞いておく事にする。
『興味も無い事を、よく記憶してるな。
それで…奴は世界の終わりが来ると言いたかっただけか?新興宗教にかぶれてるとは聞いた事は無いが。』
カン・マエは皮肉のつもりで言ったのだが、カン・マエにしては辛辣さを和らげた口調にしのばせた毒は、ミョンファンには通じなかったようである。
カン・マエは眼鏡を長い人差し指で押し上げ、息を細くつく。
『奴が俺と膝を突き合わせて至近距離で話すものだから、変だと始めに気づいていれば、さっさと逃げる事もできたのだろうが、相手は大先輩だろ?そうも行かずに慌てたよ。
しかも、ホテルの最上階にある会員制のバーの奥にある個室の中ときてるしな。
そのうち、奴の手が俺の膝頭を撫で始め、あらぬ方向に伸びてくるものだから流石に奴の手を払ったんだ。
あくまでも優しくな。』
『……それは、、、』
『そうだ、彼はあちらの住人だよ。正しくはバイって言うのか?
俺が仕入れた話によると、奥方を亡くされたあとは若い指揮者を呼び出しては、権威を傘に喰いまくっているらしい。まあ奥方の存命中だって噂に登らなかっただけかもしれないがな。』
ますます話が怪しい方向に向いて行く予感に、頭がくらっとする。
カン・マエは携帯を持ったまま、頭痛を堪えるように左手を額にあてて目を閉じた。
『お前は逃げたんだろ?
だったら私とは関係は無いはずだ。』
『ああ…あんな爺さんに喰われるなんて真っ平だからな。
どんな可愛がり方をするのか興味深いが、俺の操はこれから出会う運命の人に捧げると決めてるから相手をするわけにはいかないよ。』
ククッとのど元で嗤うと、ミョンファンは冗談混じりにかえし、直ぐに言葉を継いだ。
『それでさあ、その翌日も呼び出されちゃって困ったよ。エラい人に逆らうといい事なんてないからな。
お前みたいな権威に負けない度胸は俺は持ってないし。
…どうしても駄目か?としつこく言うから俺、お前と愛し合ってるから申し訳ないがお相手は出来ません。と答えちゃったんだよ。
ほら、相手はバイだろ?ストレートだって言ってもきっぱりとは固辞は出来ないからさ。』
ミョンファンのかえしを聞いた途端、カン・マエは驚きに目を見開き、組んでいた足をおろす。
相変わらず人を喰ったような口調で話すミョンファンに、怒りが滾ってくるものの、いちいち反応するのも腹が立つ。
『意味が分からん。お前には弟子が各国にいるのではなかったか?
そいつらの名前を出せばいいのに、どうして私の名前を出した!』
『そう怒るなよ…その時は俺も混乱してて、お前の名前が咄嗟に口を突いて出てしまったんだ。
俺とマエストロ・カンは二十年前から心から愛し合っているが、マエストロ・カンには奥方がいて秘密の関係だ。誰にも言わないでくれ。ーーと涙ながらに言ったら納得してくれたよ。
嘘の涙を見破れなかった爺さんの負けさ。
嘘の俺とお前の関係は、計らずも奴の身上と似た状況だったようだ。
爺さんも口外はしないと思うが、同じドイツの楽団で首席に就任するとなれば、お前も挨拶ぐらいはする事になる。今回の顛末を知らせておかないとマズイかと電話したわけだ。』
カン・マエは、左の人差し指で机を苛立つままに叩く。
電話が切れたあと、彼は降って湧いた怒りの矛先を探せぬままに、見たくもないネットサーフィンをしていた。
【来るべき世界の終わり】
確たる証拠もない、様々な預言に振り回される愚かな人間が、どの時代にもいることがネットには様々にアップされていた。
カン・マエは書斎のボードからウイスキーとカットグラスを取り出す。
まだ日は高いがアルコールでも呷らなければ、苛立ちから抜け出せそうになかった。
ノックの音がして、愛妻のルミが微かなスリッパが床に擦れる音をさせて入ってきた。
彼女のふっくらと丸みを帯びてきたお腹にはカン・マエの子どもがいる。この子が産まれるのは四ヶ月ほど先であるーーー
「あら、貴方お酒?昼間から呑むなんて珍しい~」
ルミは午後三時、、、休日には書斎にいる夫に運ぶことがならいとなっている…エスプレッソをデスクの上に置くと目元を柔らかく緩ませた。
夫の機嫌がすこぶるよろしくないことを、彼の唇の歪み加減で見てとり静かに踵をかえした愛妻の背中に、カン・マエは声をかける。
「ルミ、ここに座れ。」
書斎の大きな窓からの陽射しが当たる位置にある三人掛けのソファーに妻をうながすと、妻の背中に右手を回して座らせる。
「ルミ…世界の終わりの日が来るとしたら、お前は何をしたい?」
夫の質問の意図を計りかね細い首を傾げたルミを見ながら、カン・マエはエスプレッソを一口飲む。
冷め始めたエスプレッソの苦味に先ほどからの苛立ちのような不快感を覚えて、カン・マエは顔を顰めた。
「最後の日だ。あと数時間ですべてが無になるとしたら…だ、、、なにがしたい?」
ルミは暫く考え、アリアを歌うように話し出す。
うっとりと微笑みを浮かべて語る妻の横顔には不安の色は欠片もない。
これも彼女に宿る命がもたらした安寧のせいか・・・
カン・マエはルミの額から形の良い鼻の稜線、艶めく桜色の唇を視線で辿りながら考える。
「最後の日…か。そうですね~
ピエール・エルメのマカロンとウイーンのホテル・ザッハーのザッハートルテ、ユーハイムの焼きたてバウムクーヘンをお腹いっぱい食べるの。
お腹いっぱいになって眠ってる間に、世界の終わりが来る…っていうのがいいな~ 」
妻となり、やがて母になろうとしている今も、変わらぬ無邪気をたたえる瞳をくるりと丸くさせて、ルミは夫の顔を見る。
「… お前は最後の最後まで食い気しかないのか?
お前らしい・・・」
「 先生は?
先生はベートーヴェンの交響曲を聴きながら、赤ワインのグラスを持ってそう。
私のお菓子でお腹いっぱい、お昼寝よりずーっと大人ですね!
あ、あとね~エリザベート妃が大好きだったスミレの花の砂糖漬けも食べたいな。
先生が側に居てくれて、最後まで離れないの。
食べ過ぎると肥るぞ、って何時ものように呆れた顔で言ってくれて。」
終末の日を語っているのにルミの顔は穏やかで、まるで未来の絵を描いているようだった。
結婚式の日…パリのホテルの部屋で彼女が食べていたマカロン
初めて彼のウイーンの自宅に来た時…二人て行ったホテル・ザッハーのカフェで彼女が夢中で食べていたザッハートルテ、
お腹に我が子が宿ったとき…悪阻の間に唯一 口にする事が出来たバウムクーヘン。
すべて、彼女にとって自分と過ごした時間にまつわる…思い出深いスイーツばかりだったーーー
「ザッハートルテ…か。
子供が産まれたら忙しいらしいから、今度ウイーンに戻った時にでも食いに行くか?」
嬉しそうにカン・マエの腕にしがみついたルミの、以前より柔らかく丸みを帯びた感触が彼の気持ちをフラットに戻していったーーー
Fin.
あとがき
この世の終わりーー
ノストラダムスの大予言が代表的な、終末思想ですね。
よくこの世の終わりの日に何が食べたいか?というネタで会話したりしますが、我が家のカン・マエはどうなのかな~ ルミちゃんが側に居ればなんでもイイかも(笑)
ミョンファン先生の阿呆な発言を聞かされなければ、世界の終末なんて考えもしなかっただろうカン・マエが気持ちをかき乱されます。
カン・マエの問いに柔らか~く応えるルミちゃんの中には、この世の終わりは無いんですよね。
だって、やがて産まれてくる愛する先生との赤ちゃんが未来を向かせているから。過去へのベクトルが動く事は無いのです。
久々にがっつりカンルミが書きたくなって、ずっと頭にあった筋立てをまとめてみました。
お読みになる皆様はご存知だとおもいますが、(笑)
ミョンファン先生の言う、ストレートは普通の女性だけを愛する人、バイは男も女も愛せる人のことです。
ミョンファン先生を誘惑?した大御所指揮者さんは六十代後半の、ミョンファン先生からしたら大先輩。
アジア人指揮者はあちらの世界の方々にも大人気!ということで。
フェリックスさんとしては、スリムなミョンファン先生はネコってとこかな~(注・動物のネコではありません)
それでは、お読みいただきましてありがとうございました(^。^)

The end of the world

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

「………… 」

「おい!聞いてるのか?
ま、そういう事だから頼むなっ!」


相変わらず脳天気な声で先に通話を切ったのは、カン・マエの高校時代からの【知り合い】ロンドンフィルの首席指揮者のチョン・ミョンファンである。


上海から始まった中国でのツアーを終えて、昨日ドイツに帰国したばかりのカン・マエは書斎のプロフェッサー・チェアーの背に全身を預けて、太い溜め息まじりに目を閉じた。
ミョンファンに対する、ふつふつと湧き上がる怒りで目の奥がじんじんする。
阿呆な【知り合い】が語った中身は突拍子もない内容で、しかもその話の中に己が紛れもなく存在感を置いている。
『う、、ん。お前に言ったらぶっ飛ばされそうな話なんだが、言っておかんとマズイかと思ってな。
お前、半月ずーっと中国だっただろ?
ツアー中に変な話をしても申し訳ないし、今日になってしまった。』

面と向かわずともカン・マエが眉根を寄せている気配が伝わったのか、ミョンファンはオドオドと言葉を切った。

『…前置きはいい。』
沈黙のあと、ミョンファンをうながすカン・マエの低音は地獄の底から湧き出す熱風の如く迫力満点で、穏やかならぬ苛立ちが混ざる。
『三週間前の事なんだけどさ、俺ニューヨークに客演に行ってたんだよね。
そこでバカンスをとってフロリダに遊びに来ていた指揮者フェリックス・ヤングに会ったんだ…奴は拠点にしてるウイーンに帰国直前で、ニューヨーク・フィルの公演を聴きに来ていたんだ。』

『アメリカの指揮者としては重鎮と云われている奴だな。
フィラデルフィア・フィルの桂冠指揮者か…』

『うん、来季はシュトゥットガルト放送交響楽団の首席に就任予定らしい。
それで… 』
口ごもるミョンファンをうながすでもなく、カン・マエは携帯を耳から離す。嫌な予感が彼の肩を通り抜け、部屋はちょうど良く暖まっているはずなのに、寒気が走った。
『変な奴だったよ、何となく噂は知ってはいたが[世界の終わりは必ずくる。聖書に隠された暗号やピラミッドに隠された秘密の数字を君は知っているか?破滅の時には太陽系の惑星が一直線に並ぶ"グランドクロス"が起こる。来るべき時に備えるためには終末預言に真摯に耳を傾けるべきだ。]
滔々と俺に説教するんだ…』

話の筋が全く読めないので、仕方なくカン・マエは我慢して聞いておく事にする。
『興味も無い事を、よく記憶してるな。
それで…奴は世界の終わりが来ると言いたかっただけか?新興宗教にかぶれてるとは聞いた事は無いが。』

カン・マエは皮肉のつもりで言ったのだが、カン・マエにしては辛辣さを和らげた口調にしのばせた毒は、ミョンファンには通じなかったようである。
カン・マエは眼鏡を長い人差し指で押し上げ、息を細くつく。
『奴が俺と膝を突き合わせて至近距離で話すものだから、変だと始めに気づいていれば、さっさと逃げる事もできたのだろうが、相手は大先輩だろ?そうも行かずに慌てたよ。
しかも、ホテルの最上階にある会員制のバーの奥にある個室の中ときてるしな。
そのうち、奴の手が俺の膝頭を撫で始め、あらぬ方向に伸びてくるものだから流石に奴の手を払ったんだ。
あくまでも優しくな。』

『……それは、、、』
『そうだ、彼はあちらの住人だよ。正しくはバイって言うのか?
俺が仕入れた話によると、奥方を亡くされたあとは若い指揮者を呼び出しては、権威を傘に喰いまくっているらしい。まあ奥方の存命中だって噂に登らなかっただけかもしれないがな。』
ますます話が怪しい方向に向いて行く予感に、頭がくらっとする。
カン・マエは携帯を持ったまま、頭痛を堪えるように左手を額にあてて目を閉じた。
『お前は逃げたんだろ?
だったら私とは関係は無いはずだ。』
『ああ…あんな爺さんに喰われるなんて真っ平だからな。
どんな可愛がり方をするのか興味深いが、俺の操はこれから出会う運命の人に捧げると決めてるから相手をするわけにはいかないよ。』
ククッとのど元で嗤うと、ミョンファンは冗談混じりにかえし、直ぐに言葉を継いだ。
『それでさあ、その翌日も呼び出されちゃって困ったよ。エラい人に逆らうといい事なんてないからな。
お前みたいな権威に負けない度胸は俺は持ってないし。
…どうしても駄目か?としつこく言うから俺、お前と愛し合ってるから申し訳ないがお相手は出来ません。と答えちゃったんだよ。
ほら、相手はバイだろ?ストレートだって言ってもきっぱりとは固辞は出来ないからさ。』
ミョンファンのかえしを聞いた途端、カン・マエは驚きに目を見開き、組んでいた足をおろす。
相変わらず人を喰ったような口調で話すミョンファンに、怒りが滾ってくるものの、いちいち反応するのも腹が立つ。
『意味が分からん。お前には弟子が各国にいるのではなかったか?
そいつらの名前を出せばいいのに、どうして私の名前を出した!』
『そう怒るなよ…その時は俺も混乱してて、お前の名前が咄嗟に口を突いて出てしまったんだ。
俺とマエストロ・カンは二十年前から心から愛し合っているが、マエストロ・カンには奥方がいて秘密の関係だ。誰にも言わないでくれ。ーーと涙ながらに言ったら納得してくれたよ。
嘘の涙を見破れなかった爺さんの負けさ。
嘘の俺とお前の関係は、計らずも奴の身上と似た状況だったようだ。
爺さんも口外はしないと思うが、同じドイツの楽団で首席に就任するとなれば、お前も挨拶ぐらいはする事になる。今回の顛末を知らせておかないとマズイかと電話したわけだ。』



カン・マエは、左の人差し指で机を苛立つままに叩く。
電話が切れたあと、彼は降って湧いた怒りの矛先を探せぬままに、見たくもないネットサーフィンをしていた。
【来るべき世界の終わり】
確たる証拠もない、様々な預言に振り回される愚かな人間が、どの時代にもいることがネットには様々にアップされていた。
カン・マエは書斎のボードからウイスキーとカットグラスを取り出す。
まだ日は高いがアルコールでも呷らなければ、苛立ちから抜け出せそうになかった。

ノックの音がして、愛妻のルミが微かなスリッパが床に擦れる音をさせて入ってきた。
彼女のふっくらと丸みを帯びてきたお腹にはカン・マエの子どもがいる。この子が産まれるのは四ヶ月ほど先であるーーー

「あら、貴方お酒?昼間から呑むなんて珍しい~」
ルミは午後三時、、、休日には書斎にいる夫に運ぶことがならいとなっている…エスプレッソをデスクの上に置くと目元を柔らかく緩ませた。
夫の機嫌がすこぶるよろしくないことを、彼の唇の歪み加減で見てとり静かに踵をかえした愛妻の背中に、カン・マエは声をかける。
「ルミ、ここに座れ。」
書斎の大きな窓からの陽射しが当たる位置にある三人掛けのソファーに妻をうながすと、妻の背中に右手を回して座らせる。

「ルミ…世界の終わりの日が来るとしたら、お前は何をしたい?」
夫の質問の意図を計りかね細い首を傾げたルミを見ながら、カン・マエはエスプレッソを一口飲む。
冷め始めたエスプレッソの苦味に先ほどからの苛立ちのような不快感を覚えて、カン・マエは顔を顰めた。
「最後の日だ。あと数時間ですべてが無になるとしたら…だ、、、なにがしたい?」

ルミは暫く考え、アリアを歌うように話し出す。
うっとりと微笑みを浮かべて語る妻の横顔には不安の色は欠片もない。
これも彼女に宿る命がもたらした安寧のせいか・・・
カン・マエはルミの額から形の良い鼻の稜線、艶めく桜色の唇を視線で辿りながら考える。
「最後の日…か。そうですね~
ピエール・エルメのマカロンとウイーンのホテル・ザッハーのザッハートルテ、ユーハイムの焼きたてバウムクーヘンをお腹いっぱい食べるの。
お腹いっぱいになって眠ってる間に、世界の終わりが来る…っていうのがいいな~ 」

妻となり、やがて母になろうとしている今も、変わらぬ無邪気をたたえる瞳をくるりと丸くさせて、ルミは夫の顔を見る。
「… お前は最後の最後まで食い気しかないのか?
お前らしい・・・」

「 先生は?
先生はベートーヴェンの交響曲を聴きながら、赤ワインのグラスを持ってそう。
私のお菓子でお腹いっぱい、お昼寝よりずーっと大人ですね!
あ、あとね~エリザベート妃が大好きだったスミレの花の砂糖漬けも食べたいな。
先生が側に居てくれて、最後まで離れないの。
食べ過ぎると肥るぞ、って何時ものように呆れた顔で言ってくれて。」

終末の日を語っているのにルミの顔は穏やかで、まるで未来の絵を描いているようだった。
結婚式の日…パリのホテルの部屋で彼女が食べていたマカロン
初めて彼のウイーンの自宅に来た時…二人て行ったホテル・ザッハーのカフェで彼女が夢中で食べていたザッハートルテ、
お腹に我が子が宿ったとき…悪阻の間に唯一 口にする事が出来たバウムクーヘン。
すべて、彼女にとって自分と過ごした時間にまつわる…思い出深いスイーツばかりだったーーー

「ザッハートルテ…か。
子供が産まれたら忙しいらしいから、今度ウイーンに戻った時にでも食いに行くか?」

嬉しそうにカン・マエの腕にしがみついたルミの、以前より柔らかく丸みを帯びた感触が彼の気持ちをフラットに戻していったーーー





Fin.






あとがき

この世の終わりーー

ノストラダムスの大予言が代表的な、終末思想ですね。
よくこの世の終わりの日に何が食べたいか?というネタで会話したりしますが、我が家のカン・マエはどうなのかな~ ルミちゃんが側に居ればなんでもイイかも(笑)

ミョンファン先生の阿呆な発言を聞かされなければ、世界の終末なんて考えもしなかっただろうカン・マエが気持ちをかき乱されます。
カン・マエの問いに柔らか~く応えるルミちゃんの中には、この世の終わりは無いんですよね。
だって、やがて産まれてくる愛する先生との赤ちゃんが未来を向かせているから。過去へのベクトルが動く事は無いのです。

久々にがっつりカンルミが書きたくなって、ずっと頭にあった筋立てをまとめてみました。

お読みになる皆様はご存知だとおもいますが、(笑)
ミョンファン先生の言う、ストレートは普通の女性だけを愛する人、バイは男も女も愛せる人のことです。
ミョンファン先生を誘惑?した大御所指揮者さんは六十代後半の、ミョンファン先生からしたら大先輩。
アジア人指揮者はあちらの世界の方々にも大人気!ということで。
フェリックスさんとしては、スリムなミョンファン先生はネコってとこかな~(注・動物のネコではありません)

それでは、お読みいただきましてありがとうございました(^。^)

乱文上等?

ブログ

こんにちはo(^▽^)o

今日からは北風が日本列島に流れ込み、本格的な秋らしい日になるそうです。
朝晩の気温差が激しくなりますので…なんてお天気キャスター様の台詞が、なーんて清々しく感じること(感涙)
処々雑多な用事は管理人の貧しい妄想力を奪うには余りあるパワーがあります。
ネガティブ思考が悪かったのか、ストレスをうまくガス抜きするのが下手なのか…ともかく想像力を引っこ抜かれます(焦)
今でこそ、流れや書いた人物の顔つき、次の仕草などを想像できるようになりましたが、それまではまあ酷いもの、書き進めながらのリハビリも楽しかったけど。
趣味が高じて発作的に始めたベバブログ。あくまでも趣味と割り切っている割りには、連載を半ばに休眠状態の時は気持ち悪くて…
走り始めたら最後まで止まらずに走り抜けたい。せっかちなのか自己チューなのか…たぶん後者ですが私の性格がそんな風に思わせていたのでしょう。


連載中のLittleーは言ってみれば生クリームとフルーツ、メープルシロップまでたっぷり掛かったパンケーキみたいなお話です。
猫と二組の訳ありの恋人たちが、同じ時間軸で動くお話。
甘くて辛くて、温くて冷たい。
書いてる私も時々、頭の中がグルグルと混乱します。
登場人物たちは、恋に浮かれ、過剰な自意識に戸惑う少女ではなく、怖れを手放すことも過去を見限ることも出来ない脆い心理を抱えている人。
誰かが揺るぎない精神で支えてあげるのが、おのおのの為には一番いいはずなのに何故か引き寄せられてしまったのは同類項のある人という笑い話です。
これって私の知る限りですが、割りとよくあるお話ですね。
同じ臭いのする相手には話しかけ易いのと同じ心理みたいです。
悪く言えば、心の綻びから冷たい風を吹かせている人間が太陽の熱を直に浴びたら すぐに身が焦がされて消滅してしまうリスクを負うのを、本能的に避けているということ。
恋愛はファンタジーそのもの。
恋をする…そもそもコノ行為自体が、相手に幻想を抱く事から始まりますから。好きになると相手の一部分にすぎない言動から、その人すべての性格や傾向まで自分の中で創り上げてしまうのが恋の始まりかと私は思っています。
甘い恋の駆け引きを書きながら、実は相手の些細なひとことから夢から醒めるように気持ちが冷え切ってしまう現実を嗤ってしまう。そんな矛盾に眉を人差し指て掻き掻き、鉛筆を握って言葉を選びキーボードに文字を打ち込んでおります。
次は簡単ながら拍手コメントへのお返事です。

ピンキー様
カン・マエのルミへの過保護・溺愛ぶりがいい。ですか、
その通り!我が家も他のベバブログの作者様もマエストロのルミへの密やかな?独占欲と溺愛ぶりは同じです。
書いてる私もニヤッとしてますよ。
とうとう登場!ルミとマエストロの舞台と客席でのアイコンタクト。楽しまれたようで嬉しいです。
いつかは書きたいシーンでした。さりげなく…熱く、みたいな?
毎回拍手コメントありがとうございます。

奈保子様
ライトアップされた五回だての橋のたもとから、幻想的なお城を見ながらの二人のシーン。心に焼き付くシーンです。…なんて素晴らしく有難いお言葉ありがとうございました。
励みにしてフィナーレまで走りますよ~
いつも拍手コメントありがとうございます!

七海様
ベハブログのお仲間、七海様。
連載、お疲れ様です。いつも楽しみに拝読させていただいてますよ~
こまやかな表情の描写が美しいなんていただいて、お恥ずかしいです。
ツボは猫ちゃんたちのイビキをかいての寝姿でしたか。
想像力を駆使して書いたので、ツボと言っていただいて本当に嬉しかったです。
例の紅葉シリーズも考えましょうね~って、あれ本当に可笑しいです!早く書いて~なんて無責任に思ってますよ。ヨロシク‼(^-^)/


今週は相方が、この前の連休に続いてずーっと居たので大変でした。
ウザい!もー早く1人になりたい、などとイライラ。
週末は外に遊びに行ってくれるので、お話のラストまで書けるかな?

それでは、また。



管理人チップヾ(@⌒ー⌒@)ノ

Little lovers(14)

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

公演後のレセプションを終えて、パオラとトヤマはホテルのベッドで外気の冷たさに冷え切った身体を温めあっていた。
「ヒデ……疲れたぁ。
でもなんだか爽快感があるの、やり切った満足感…かな?
今まで知らなかった感覚よ。」
彼の肩に頬をのせたパオラは、目を閉じてあくびまじりに呟く。

「うん…僕も同じだ。
ラフ三は繊細で美しいメロディで知られているけど、難解なピアノソロだけじゃなくオーケストラでもふ高度な演奏技術が要求されるんだ。
指揮者としての僕には、まだまだ触れることの出来ない領域にある曲なんだよ。
全編にみなぎる緊張感には、ソリストを含めた演奏者全員の緊張が折り重なっているんだ。快い緊張感だった…
しかし…びっくりしたな、、、
君は居なかったか…ゲネプロの時マエストロは凄いことを言ったんだよ。」

含み笑いをするトヤマをパオラは促す。
「なになに?
えーーっ!早く教えて。」
「マエストロ・カンってさ、くだらないことを言ったら『おまえと一緒にするな』と眉一つ動かさないで捨て台詞を言いそうなイメージだろ?
そのマエストロがさ…」
思い出すように言葉を切り、トヤマは続ける。
「演奏前に言ったんだ。
『今からあなた方は一番大切にしている人に向けて演奏してください。
その人に聴こえるように、その人の胸に届くように』
俺も含めてオーケストラの全員が呆気に取られてシーンとしてた。
ともかく、今回はマエストロ・カンのラフマニノフって事だけで異例中の異例だったし、それに…」
「マエストロ・カンのミューズまでお出ましだったしね~」

間髪置かずに、碧い瞳を大きくさせて悪戯っぽく受けたパオラに、トヤマは引き締まった頬に皺を寄せて笑った。
「女の子には堪らない展開か?」
「そりゃあそうよ!あのマエストロ・カンの恋人現る!ですもの。
あ、マエストロ本人は何にも公式発表してないから違ったら怒られてしまうわね。
でもレセプションの前に、秘書室のマレーネさんが付き従っていたけれど、ホテルのタクシー乗り場に彼女を連れて歩くマエストロを見た人がいるそうよ。雰囲気は恋人同士にしか見えなかったって。」
「見たそうよ…って、それも怖いな。
そのうち尾ひれがついてマエストロ・カン婚約!なんてクラシック誌の紙面を飾りそうだな。」
「だってヒデ、ホテルには裏口もあるし隠そうとすればできるはず。
なのに正々堂々連れて歩くなんて隠そうとする意思は無いんじゃない?
むしろ彼女があまりに人目を惹く美人だから、開き直ってるって説もあるけどね。」
「なるほど……そうか。」
パオラは遠い目をしたトヤマのこめかみにチュッとキスしたあと、彼の耳元で囁く。
「ねえヒデ…この前のメールで言ってた、『考えてたことを実行に移す』ってなに?
ご褒美でしょ、教えてよ。」
トヤマはパオラの肩をぐいと押し、自由を奪う。
瞳を合わせて触れるだけのキスをすると拘束していた両手首を解き、腕枕にパオラを抱えた。
「明日のお楽しみだ。
夕日に照らされたチェスキー・クロムロフの街を眺めながら、君に伝えたい。
楽しみは待つほどに美味しくなるものだろ?
さあ、明日は僕たちの初めての旅行に出発だ。あしたの朝は寝坊してゆっくりルームサービスの朝食を摂ろう。
パオラ… ゆっくりお休み、、、」

トヤマはパオラの寝息を聴きながら、いつしか眠りの底に入って行ったのだったーー




【公演を無事に終える事が出来ました、おばさまのおかげです。
身重のバイオレットがお世話になり、申し訳ありません。
まさかまだ二歳のバイオレットがママになるなんて思いもしない事だったので始めは面食らいました。
おばさまのご明察通り、新しい命が産まれる喜びよりもバイオレットの心配ばかりが先立つこともありましたが、今はルカ君とバイオレットの赤ちゃんが産まれるのが楽しみです。
ルカ君とバイオレットの赤ちゃんがバイオレットのお腹の中ですくすく育つように、私の気持ちの上でも大きな変化がありました。
好きな人が出来て、今まで感じられなかった深い安寧が私にはもたらされた気がします。
彼は心中に深い傷を抱えた孤独な人です。未だ正直私には彼と対峙する自信もなく、愛し抜く覚悟も足りません。
バイオレットの赤ちゃんは私の家族であり、おばさまの家族でもあります。
彼が小さな命の温もりに触れて、冷え切った心が温かくなればいいな。とは思いますが、これは私の傲慢なのでしょう。
これから彼とチェコのチェスキー・クロムロフの街に旅行に行ってきます。
明後日には戻りますので、もう少しバイオレットをよろしくお願いします。】
アッカーマン夫人はパオラのメールを読み終わると、ルカを膝にのせているルミに微笑みかけた。
「どうしたんですか?」
怪訝そうに小首を動かしたルミの手を、ルカのザラザラした舌がペロリと舐めた。
「なんでもないわ。
今日はマエストロはご不在なの?公演が終わったばかりなのにお忙しいようね。」
「先生は忙しいのが普通の人なんです。今日は依頼されていた原稿を書いてるみたい。次のツアーの準備の事務方との打ち合わせもあるようです。
それにしてもバイオレットちゃんがママになるなんてビックリ。
産まれた仔たちをまた見に来てもいいですか?」
「大歓迎よ、いらっしゃい。
産まれて暫くはバイオレットも神経質になるでしょうけれど、猫ちゃんは気紛れだから一週間もすれば赤ちゃんを見ることは出来るわよ。
ルミさん、今回も韓国に帰るのよね。」
「あと二週間後に帰国する予定です。
先生のアメリカツアーも始まるので、ちょうどいいタイミングでの帰国なんですけれど…間に合うかな、、赤ちゃん見たいな。」
「私の家族が増えるのよ、本当に楽しみ。バイオレットは大変だけれどね。」
「家族・・・ですか。」
ルミの横顔に翳が走り、口元を引き結んで俯く様子は、以前サティを聴かせた時の彼女を想起させた。
無邪気に猫の仔についての期待を語るルミとは別人のようで、夫人は戸惑う。
「なんて言いながら、私の一人暮らしは変わらないのよ。
慰めをルカたちに求めている哀れな老婦人ってところね。
だからルカは私には飽きて、遊びに来てくれる若いお姉さんの膝が大好きなのよ、困ったちゃんよね?」
ことさら戯けた調子の夫人のかえしを聴いて、ルミの顔に微笑みが浮かんだ様子を、夫人は横目でちらっと見る。
{一筋縄では行かないからこそ、恋愛は歓び深く、ほろ苦くて、やめられない、、か。}

「ルミさん!紅茶のお代わりはいかが?」明るく声を張ると夫人はお湯を沸かすためにキッチンに行くべく立ち上がった。




パオラとトヤマはミュンヘンから電車に乗り、チェコ・プラハで散策を楽しんだあと、バスに乗り換えて三時間の旅の末、チェスキー・クロムロフの街に着いた。
お昼にミュンヘンを出発し、着いた街は既に夕闇が近づきつつあるーー

「パオラ、疲れたか?
街全体を観るのは朝の方が綺麗だ。
夕食まで時間があるから、城の近くにあるプラスティー橋にライトアップされた城を観に行こう」
パオラは、頭一つぶん上方から聞こえた声のあと、唇が触れんばかりに近づけられた恋人の顔に顔を赤らめながら頷く。
「君は面白いな… 初対面の時は成熟した大人の女性に見えたが、中身はティーンエイジャーみたいだ。
初々しくて不器用で、感情が直ぐに顔に出てしまう。
嘘がつけないタイプだな、、」
トヤマはパオラの手に深く指を絡ませて歩き出す。
「遊びには向かない?」
「ああ…こんな心の綺麗な女性を騙したら罰が当たるよ。
君はワンナイトラヴを愉しんだことある?」
トヤマの質問に、パオラの眉がピクリと動いた。
「失礼な人ね…あったとしても答える気はないわ。
トヤマさんなら落とし甲斐がありそうだから、女性は放っておかないでしょ?ワンナイトラヴなんて軽いもんよね。冷たく突き放すのも得意そうだし。」
トヤマはムッとしたパオラの顔を覗き込むと、手を離して肩に手をまわす。
「俺はあるよ… 虚しい心の穴を虚しい行為で埋めてた事が。
でももう二度としない。」
「良心の呵責?それとも飽きたとか?」
大人の女らしく、物分りよく、、どんなに自分に言い聞かせても動揺は顔に滲み出てしまう。
見る事もなくパオラの顔を斜め上から伺った外山は、やはり動揺しているのだろうかと思う。
「いや、、違う。必要がないからさ。」
プラスティー橋のたもとで足を止め、トヤマは満月の空を見上げながら応えた。
「俺は色々な人生の出来事の過ぎていく流れの中を、愚かなまま流されてきた。
人生を変えるきっかけを他人に求めてはいけない。自分を戒めながらも、俺はそれでも誰かを待っていた。自分がなりたい自分になるには、一緒に居たいと心から求める相手が必要だった。」

二人は黙り込み、城の上宮と橋に次々ライトが付くのを眺めていた。
「だから…ゴメン。
君が側に居てくれないと困るんだ。
前にシンデレラの靴ごっこなんて、ふざけた真似をしたのは自信が無かったからで、シリアスになり過ぎて傷つくのが怖かったからだ。
哀しい記憶に翻弄される…一番人に見せたくない俺を、君になら見られても構わないと思う。」
パオラはふわりと頬を緩ませると、城の上宮に目をやりながら応える。
「ヒデは複雑ね…私なんか表向きだけ大人の女を装っているだけだから罪は軽いもんだわ。
いいわよ…貴方が想ってくれるぶん私も想ってあげる。
それでいい?貴方の今までの悪行を赦してあげる代わりに私へのご褒美をちょうだい。夜景を観ながら言うって言ってたわよね?トヤマさん。」
艶のある含み笑いをするパオラの顔に外灯の光があたり、長い睫毛の影が映し出されていた。
トヤマは、トパーズを朝の光で透かしたような綺麗なパオラの碧い瞳に見惚れ、やみくもに抱き寄せる。
「ねえ、人が見てる… 」
「構うものか…俺たちが何処の誰かなど、此処では誰も知らない。
ありがとう、、、パオラ・・・
愛している・・・」

「初めてヒデの声で聴いた…
メールを何度も読み返しては、貴方の声を思い出して聴いた『アイシテイル』って言葉。
実物は違ってたわ、、、想像した声よりもっともっと素敵。
大好き、、、だーいすき!」
トヤマの首に両手をまわして抱きつくパオラの身体の柔らかい感触が、彼の心に長年嵌めてきた鎧を溶かしていくようだった。
ありのままの自分・・・もう自分にも定かではない裸の心が求めていた、素朴で分かりやすい愛情が流れ込む音が聴こえた。
トヤマはラフマニノフを弾いていると何故苦しくなってしまっていたのか、不意に合点がいった。
ラフマニノフの書いたアダージョのメロディー・・・・
祈るような静謐が流れるオーケストラの音は、彼が目を背けていた幼い自分に向けられていた愛情を自分が無意識に音にすり替えていたのだと。
時に熱情的に謳い上げるエネルギーを自分が封じていた事を。
歓喜の中をテンポを上げて、走り抜け得たのは、他でもない…パオラの存在があったからだとーーー

二人は橋を抜けてスヴォルノスティ広場に出ると、ベンチに並んで座った。
フラデークの塔が遠く見える広場には老若男女、国籍も様々な人々がさんざめいていた。
「君が喜んでくれるか分からないが、ミュンヘンに引っ越す事にした。
家は既に借りてある、君の家の向かいが引っ越したのは知らないかな?
あのブラウンの壁の小さな家が俺の新居だ、御近所だからよろしく頼む。」
パオラは虚を突かれたように目を見開く。
「ヒデ… 、、、、」
「俺はフリーランスだから、何処に住もうが仕事は出来る。ヨーロッパなんて二時間もあれば隣の国に行けるしな。
パオラはバイオレットの事をいつも気にしているだろう?
パオラにとっては大事な家族だからな。俺たちみたいな根無し草みたいに色々な国を飛び回らなきゃ仕事にならない稼業は、自宅を留守にする事も多い。
パオラはバイオレットを安心して預けられる人のいるミュンヘンからは離れたくないはずだ。
だから、俺がミュンヘンに来る事に勝手に決めた。
向かいにシェフが居ると便利だぞ!
君の好きなパスタも食べ放題だ。」

「…………… 」
「パオラ!、、おぃ、どうした?」
「… だって、、、嬉しいの。
嬉しくて涙か止まらないの。なんでこんなに優しい、、う、っっ、、、」
「な、泣くな、、おぃ、、」

パオラはトヤマの胸に抱きついて子供のように泣いた。
我慢が心に残した澱が、流されていく。心地よい涙が泣いても泣いても…溢れてきた。
「明日は早起きして早朝の街並みを見るぞ。
ほら、いい歳の大人がふぇんふぇん泣くんじゃない!
目が腫れても知らないからな。」

過去の自分と向き合えなかった二人が、計らずしてお互いの心の澱を洗い流しあっていた。
熱く湧き上がる想いに躊躇うことも、心の隙間を埋めてくれるものを探して遠回りすることも、もう、、、無い。

分かり合える、、共に生きていれば。

トヤマは強がりで意地っ張りな彼女の涙が伝えた、奥底に秘めていた孤独ーー尽きせぬ雫を受け止めながら思っていたーーー

Little lovers(15)に続きます。

Little lovers(13)

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

朝の七時、モーツァルトのピアノ協奏曲23番 アンダンテの調べが、パオラの携帯をぶるぶると揺らした。
ベッドの端から震えながら落ちそうになった携帯を、すんでのところで掴み眠気に澱む声て応じる。
「、、、、はい、、起きたわよ。
ありがとう…」

〈パオラ‼ 起きたか? 二度寝したら駄目だぞ。
俺がわざわざ君を起こすために早起きした意味が無くなるからな!〉

意識して出していると思われる、やけにきびきびした大きめの声が起きぬけの耳に響く。
トヤマの跳ねあげた眉尻が、パオラをからかうようにまるく弧を描いているのが頭に浮かび、パオラは鼻をしわ寄せてべーっと顔を顰めた。
「だから、ありがとって言ったわよ。
じゃあね!ゲネプロの時に会いましょ。」
〈おい、やけにご機嫌ナナメだな。
さっさとベッドから降りろ!
先ずはストレッチで身体をほぐす。それから熱いシャワーだ。
朝ごはんは多めに、ゆっくりとるんだぞ!
公演当日、完全な体調に整えるのもソリストの仕事の内だ。
分かったか?〉
トヤマの教師のような助言も、パオラには半ば上の空で聴く。
彼のテノールが想起させる…さらさらした前髪をかき上げるピアニストらしい大振りな手と すんなりと伸びた指先までの美しい線・・・
彼女を愛する、繊細な指先…

〈パオラ、、聞いてるか?〉
微かな苛立ちが混じる声音に、甘さが勝っていることにパオラは幸福感が頭の先から沁み入るのを自覚するーーー
初めて会った時、彼の対応は滑らかだが衝動的な危うさがあった。
今はその訳が分かる。彼は何処か…深いところで無意識の他人に対する拒絶の気配を匂わせていた。

「ヒデ、、、、」
〈どうした? 今さら不安になっても仕方ないぞ!〉
続けて耳に入ってきた朗らかな笑い声・・・
屈託ない声音だ。無邪気過ぎて、正体が掴めない。
重ねてきた人生の長さに見合わぬ闇を見た彼が手にしたのは、彼の言う"明るくざっくばらんなイタリア人気質"なのか?
不意に思いついた考えに、パオラは背筋が寒くなる思いがした。
私には彼と向かい合う資格があるのだろうか・・・
「大丈夫…って、、大丈夫じゃなくても大丈夫にしなきゃ!
トヤマさんこそ、ラフ三頑張ってよね。」
ああ…と彼が言って、浅く数度顎を動かした気配がした。
〈僕のお姫様。今日はツンとした高慢ちきな貴婦人みたいなハープに負けないで、頑張ってくれ。
僕もラフ三の事だけに集中する。
後悔したくないならベストをつくすしかない。
じゃあ、ゲネプロで会おう。〉

パオラは保てていた微かな笑みを、顔から消し口角をぎゅっと引き締める。
「さあ、長い一日の始まりよ‼」

自分を鼓舞するように声を張った彼女の顔を、窓から射し込む陽光が明るく照らした。




「ルミ、、、どこにいる?ルミ‼ 」

公演前日、いつもより早めに帰宅したカン・マエはルミの姿を探す。
ー今日は耳の調子は良かったはずだが。
コートを着たまま、足元で彼を見上げるトーベンの頭を撫でて遣りながら考える。

ーーと、彼の背中で玄関のドアが開く音がして、スリムなジーンズにグレーのコート姿のルミが顔を出した。
ひどく急いでいたようで、外気は既に冷んやりとしているのに彼女の頬は紅潮し、薄っすらと汗までかいていた。
「先生ごめんなさい!帰るのが遅くなっちゃって。」
「暗くなってからの一人での外出は駄目だと言った筈だが。
どこに行っていた?」
ルミは憮然が覆うカン・マエの顔から視線を逸らす。
彼は怒り…とは違う複雑な気分でいただけなのだが、ルミは怒られている子供と変わらぬ心持ちである。

カン・マエは鞄を足元に置くと、素早く俯いたままのルミを抱き寄せる。
ほっそりとしたよくしなる身体は、彼の一部のように溶け合い…境目も曖昧に熱を彼に伝えた。

「先生…… 」
怯む心地を堪えて、カン・マエの顔を見上げたルミに彼は無言で目尻を緩める。
「先生…これ、、持っていると縁起がいいんですって。明日の公演がうまくいくようにと思って。
私はなんの力にもなれないから…」
赤く頬を染めたルミが差し出したそれを見て、カン・マエの太い眉の間に皺ができる。
溜め息をひとつ吐いたあと彼の口から漏れた言葉に、ルミはハッと息を飲み込んだ。
「私は運を信じない人間だ。縁起などかついだ事もない。
私が公演を失敗などする訳はないのに、お前はほとほと心配症だな。」

カン・マエはルミの手から受け取り、冷静な目でそれを眺める。
フッと唇の左をゆがめ微かに笑むと、ルミの鳶色の目を見つめながら大きな手をルミの頬に滑らせた。
頬から顎をなぞり…手は優しく顎に当てられたまま…彼の親指はふっくらした桜色の唇の輪郭に触れた…
「… しかし、これだけの為に暗くなってから外出か?
今後は絶対禁止だ!分かったな?」

ルミの肩をスッと撫でてから踵を返してクローゼットに歩いていくカン・マエの後姿を見送るルミは、胸の鼓動が耳に聴こえるほど高鳴っているのに気づいて左胸を押さえたのだったーーー

同じ頃ーーー
隣家のアッカーマン夫人はアップライトピアノを弾く手を休めて、彼女の愛猫ルカに話しかけていた。
「ルミさん、マエストロに渡せたかしらね~
煙突掃除屋の描いてあるポストカード、持っていたら公演の時 ピアノがうまく弾けたって話したら買いに飛んで行ったけど。
あのマエストロが縁起を担ぐとは到底思えないわね、、、ねぇルカ?」
バッハのゴールベルグ変奏曲…ルカだけではなく、出産直前の苛立ちが見られるバイオレットも聴かせると眠ってしまう不思議な調べに、眠そうに頭だけ上げると大あくびをする。
「ふふふ、、あちらはもう魔法は要らないの?
これからはマエストロを魔法にかけていく凄腕魔女はルミさんよね…
ホントにミステリアスなカップルだわ。」

【ドイツでは、縁起がよくなるおまじないとか食べ物ってあるんですか?】
【ルミさん、どうして?
なにか願い事でもあるのかしら。】
【……私にはなにも出来ないから。
でも、力になりたい。助けてくれるものを知りたいんです。】
【ドイツではね…大晦日に暖炉の煙突を掃除すると、来る年が平和で楽しいいい年になると信じられているの。
昔、煙突掃除屋さんは特別な扮装をして各家に訪れたそうよ。
今はね、お家に煙突掃除屋さんのお人形を飾ったり彼の姿が描いてあるカードを飾ったりすると福を呼び込むと信じられているのよ。街で煙突掃除屋さんの人形やカードを見たことはない?
私自身はピアニストだったとき、公演の時は煙突掃除屋さんの描いてあるカードを肌身離さず持ち歩いていたの。】
【そうなんですか!

いい事教えていただきました‼ 】


ー立ち上がり、玄関に足早に急ぐ彼女は可愛かったわね・・・


【あの… その、、一番近くでは何処に売ってますか?】
【通り向こうの花屋さんの三軒先にステーショナリーを扱う店があるわ。
確かまだ…(時計を見て)開いているはずよ。】


夫人は、寝転がるとピンクのクッションが手狭になるほどにお腹の膨れ上がったバイオレットに目をやる。
真剣な色が夫人のグレーの瞳に浮かび、彼女はアップライトピアノの脇の薄ベージュの壁の方を見る。額縁の中では可愛らしい煙突掃除屋の少年が微笑んでいたーーー


夫人はピアノに向かい合い、エリック・サティ ジムノペディを奏で始める・・・

ーーこの曲を初めて聴かせた…あの時のルミさんの涙・・・

胸を締め付けられるような哀しみと歓びが同居する感情を味わえるのは、幸せな事なのかも知れないわね……

甘い追憶に似合わぬ、ルカとバイオレットのイビキの音に気付いて苦笑をもらした夫人は鍵盤から両手を離したーーーーー





トヤマとパオラの迎えた"正念場"公演の日が来たーー

やるだけはやり切った・・・
カン・マエのタクトは気迫を帯びて、ゲネプロでは いつになく慎重で丁寧な動きを見せ 団員やソリストに彼の本気が伝わるには充分なものだったーーー

「ソリストは私の部屋に来るように、直ぐにだ。」

最終ゲネプロのあと、コンマスとの簡単な打ち合わせを終えたマエストロの台詞に、団員たちは意外そうな顔を隠さなかった。
カン・マエは演奏開始まで自分の部屋で精神統一をする時間をとる。
その間は何人たりとも部屋に入る事は許されないのが通常であったからだ。
小さなざわめきは、マエストロの視線の一蹴により瞬く間に収まり、各人は本番前の時間を自分なりの方法で過ごす、二時間の砂時計の砂がサラサラと落ち始めた。

「………… 」
「… 行こう、、さあ・・・」

俄かに持ち上がってきた緊張感に顔の色が褪せているパオラを、トヤマが促した。
「大丈夫だ、、やるだけはやっただろ?
もう僕たちに後戻りは許されない。」

やっとの笑顔を浮かべてみせたパオラに、トヤマは目元と頬に皺寄せた柔らかい表情で応えた。
ノックのあと…間が暫しあり、カン・マエの声が「入れ。」と命じた。

艶のある生地の燕尾服の上着はハンガーに掛けてあり、斜め向かいの鏡にシルエットを映して鈍く光っていた。

「いよいよだ……」
タクトの柄を触りながら、視線は鏡のままで言うカン・マエに二人は頷く。
椅子を回転させて向き直ったマエストロの目には研ぎ澄まされた光があった。
ーコレが本番前のマエストロ・カン・・・
トヤマとパオラは、背筋が自然とぴんと伸びる心地だった。
刃のように鋭く、シルクのように柔らかくしなやかにオケをコントロールする豪腕…最近の彼の音楽に対する評価は、以前の豪胆で楽譜に忠実な再現の匠だが、何処か息苦しく感情表現が乏しいと言われていた彼のそれとは違ってきていた。
「パオラ・ガッティ君。」
「はい、マエストロ。」
「見つけたな、君の音を」
ハッと息を飲むパオラに、カン・マエは柔らかい表情を一瞬浮かべ、直ぐに厳しく頬を引き締めた。
「私はピアニストを目指していた二十年ほど前に、『君のピアノには君の音が無い』と言われた事がある。
自分の事は自分が一番分からんものだ。何が君のハープに表情とパッションを与えたのかは知らないが、ともかく良くなった。本番に期待している。」
カン・マエはパオラとトヤマの緊張しきった顔を、ゆっくりと交互に見てニヤッと笑った。
「トヤマ。時々テンポが走り過ぎる。気持ちが乗るのはいい事だが、気をつけるように。
初めて私に聴かせた時は、盛り上がるどころか押さえ込むピアニズムだったな。
今の君は あの時とは別人のようだが、良くなったと思う。君のラフマニノフに心酔している観客の為に全力で取り組みたまえ。」

「はい!マエストロ。」
ドアを開けて部屋を辞す直前、改めて深々と頭を下げたトヤマに、カン・マエは足を組み直しながら、皮肉るような調子で ついでのように付け足した。
「私はエゴや有り余る自信を持って、それらをうまく捌ける男になりたかった。
君はいい調子で、途中まで足を突っ込んでいたようだが。これからどうする?
あっちの海では、引くも進むも早いうちに判断しないとまずい。
海に溺れきってからでは遅いぞ。
男は怖がりだからな、度胸なんてものは別世界のファンタジーの世界にしかない。」
「私は…… 」

カン・マエは口を開けたものの言葉に迷うトヤマを、優雅な手の仕草で止める。
「自分の思うとおりになるのが一番だが、これが難しい。
なるようにしかならんのなら、流されてみるのも妙案かも知れないな。」
カン・マエは唇の端を僅かに緩め、ハガキ大のカードらしきものを机から持ち上げると、手のひらにのせて じっと見つめる。


トヤマは、マエストロの深みのある風貌、醸し出す雰囲気に思わず見入ってしまっていた。

薄い筋肉に覆われた、すっきりした逆三角形のシルエットが遠ざかり、ドアの閉まる音を聞いてから、カン・マエはそっと手のひらのカードを裏返す。

そこには…
「最高のカン・ゴヌ」とルミのまるい英語の文字で書かれてあったーーー





ホールにコンマスのヴァイオリンの一音が響くと同時に、チューニングの雑多な音が会場の雰囲気を別天地へと変えていくーーー

カン・マエはゆっくりと指揮台に向かって歩く。
コンマスと握手を交わし、指揮台に上がる前に観客席を誰かを探すように、ゆっくりと見渡した。

彼の視線が止まる・・・
彼の視線を追っていたオーケストラの団員たちは、その先に「深紅のドレスを纏った彼女」を見た。
彼等がその後数えきれないほど目撃する事になる…舞台上のカン・マエと客席に居るルミの間で密やかに交わされるアイコンタクトを初めて目撃した瞬間だったーーー


カン・マエは音楽と向き合う「戦友たち」ミュンヘンフィルの団員を、穏やかな視線をぐるりと見渡し、微笑むとタクトを上げた。
一曲目チャイコフスキー幻想序曲[ロミオとジュリエット]

重々しい、敬虔な調べが始まる・・・
劇の起承転結を、機敏で躍動感溢れるカン・マエの指揮はスピード感・勢い・迫力をもって見事に表した。
割れるような拍手がホールを土砂降りの雨を思わせる音でつつむ中、カン・マエはコンマスと拍手をすると深く頭を下げて謝意を示した。
彼の視線は舞台の袖に向けられ、二曲目のソリスト…ウエストから下に裾広がりのシルエット、鮮やかなブルーのノースリーブドレスのトレーンをひいて、しずしずと舞台を進むパオラが姿を現した。
長いブロンドを夜会巻きに結い上げたパオラはマエストロと並ぶと軽く膝を折るような優雅な仕草で、聴衆に挨拶をする。
カン・マエが差し出した手を軽く握ってから、ハープを抱える様に立ち位置を丁寧に確かめる
緊張感を和らげる為に深呼吸をする…パオラの方に身体をひねり、〈いいか?)と問いかけるマエストロの視線と頷くパオラの眼差しがクロスした・・・
ヘンデル [ハープ協奏曲]
タクトか下りると透明感のあるハープの調べは、ホール全体をあたかもここが天上の楽園であるような雰囲気に瞬く間に変幻させた。
穏やかな音、弾んで跳ねるような音…
ゆったりと儚げなハープのカデンツァを、味わうようにタクトを下ろして聴くカン・マエは脳裏にルミの姿を映していた。
眠れぬ夜を重ねてしまう彼に、睡眠導入剤を飲むよりも遥かに容易く眠気をもたらしてくれるルミ・・・
眠る事ができたら直ぐに朝がくる、明日は今日よりはいい日になる。そう信じられる気分にさせてくれるのだ。
我が身に囚われている時、括れたくるぶしを伸ばし…先生、、と切ない声で呼ぶ声音が、ハープの音色と一瞬…重なった。
第三楽章ーーカデンツァが終わりオーケストラが弱音器をつけてパオラのハープに寄り添う。
様々な音のヴァリエーションが繰り出され、曲はコーダを奏で始める。
〈いいぞ、その調子だ… 〉
カン・マエとアイコンタクトを交わすパオラの碧い瞳からは迷いは払拭され、その音色には勁さが表れていたーーー

終曲のタクトが振り下ろされ、息をついたカン・マエが見たものは、「天上の音」に魅入られた聴衆の喝采とパオラの白い頬にひとすじ…静かに流れた雫だった。
三回のパオラとカン・マエのカーテンコールのあと、カン・マエは指揮台に立ち左の舞台袖から、黒いスーツ姿のトヤマが歩いてくるのを待つ。
緊張した面持ちのソリストのグレーに碧の色のまじる瞳が、カン・マエに絶対の信頼感を伝えてキラリと光ったーーー

【素晴らしい演奏をした記憶は君の中に残る…それは今後君を励ましていくはずだ。】
タクトを振るマエストロの言葉を胸に、トヤマは鍵盤に向かい合う。
絡み合う旋律…嵐のようなカデンツァ…分厚い和音が響き、身を焦がすようなメロディが蹈とうと流れた。
全身全霊をかけて挑むトヤマのピアノを包み込むようにカン・マエの指揮するオーケストラは寄り添う。
リハーサルの中で、オケとピアノのアンサンブルを丁寧に重ねる作業を重ねてきた。
マエストロの目指した…ピアノとオーケストラの音が素晴らしい協調を魅せたラフマニノフピアノ協奏曲第三番は、第二楽章アダージョが終わり第三楽章が始まった。
力強いトヤマの打鍵から始まり…密やかに深い抒情の溢れるカデンツァが終わると、クライマックス…オケとピアノが絡み合うコーダかくる。
渾身で奏でる最後のピアノ独奏…オケと重なる轟音がホールを満たし、ラフマニノフの描いた美しく烈しい世界が終わると同時に、カン・マエのタクトが高みから振り下ろされたーーー

トヤマはゆっくりとピアノから両手を引き剥がすように離すと太い息を吐き出し、数秒永遠に己の指が走るかのように思われた鍵盤に向かって小さく笑った。
マエストロの視線がトヤマを促し、
ラフマニノフ[パガニーニの主題による狂詩曲ー第十八変奏]が奏でられる。
万雷の拍手が彼を我にかえし、自分を招くマエストロの手が見えたーーー
五度目のカーテンコールにパオラの姿を見たとき、確信が彼の腹に落ちた。

彼女だ、、、移ろいやすい気分などでは無い。彼女が僕のミューズだ。

カン・マエは再度アンコールに応え、パオラを迎えてのラフマニノフ[アダージェット]の演奏をもって、公演を終えたのだった。


Little lovers(14)に続きます。

チェスキー・クロムロフ~世界一美しい街並み

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

今日は。

今回は拙作Little loversでパオラさんとトヤマ君の訪れる、1992年世界遺産登録の美しい街チェスキー・クロムロフ観光を味わって頂きたく記事に致しました。
まずミュンヘン駅から電車に乗ってプラハに向かいます(^_−)−☆

プラハの街並み。石畳の模様がひとつとして同じものがないとか。
流石、芸術の街ですね!

美しいプラハの街並みを後に、バスで三時間の道行きーーー

現れたのは…

チェスキー・クロムロフ城内にある、聖ヴィート教会。尖塔はフラデークの塔というそうです。


街全景。お伽の国のようです。


塔から見下ろした旧市街。
淡いピンクや黄色の壁に陽光がさす朝は特に綺麗だそうです。

ヴルタヴァ川(モルダウ川)縁からの景色。
街を見下ろしているフラデークの塔と城・庭園をつなぐプラスティ橋の下に流れるのは、モルダウの流れです。
ここは街を眺めるには尖塔と並ぶ二大スポット。パオラとトヤマも二人佇み景色を味わいます。

お城の入り口

城門を抜けるとすぐに、広々とした中庭、やがて壮麗なゴシック・ルネサンス・バロック・ロココなど様々な様式が混在する壮麗な建物が目に入ってきます。
これから先は公式サイトからの写真
http://www.castle.ckrunlov.czよりの引用でお城の中を覗いてみましょう。

謁見を待つ人が通されたお部屋。
"http://bv909.blog.fc2.com/img/fc2blog_201309250946472fb.jpg/" >
仮面舞踏会の部屋と呼ばれています。
"http://bv909.blog.fc2.com/img/fc2blog_20130925094712944.jpg/" >
サロン、街並みと同様可愛らしくエレガントです。
"http://bv909.blog.fc2.com/img/fc2blog_20130925094738904.jpg/" >

"http://bv909.blog.fc2.com/img/fc2blog_201309250948142bb.jpg/" >
庭園のいっかくにある、観客席ごと動く舞台を備えたバロック劇場。
豪華ですね~
ここでオペラなどを催される事もあるそうです。

夕方には城館の上宮と宮殿劇場を結ぶ五階立ての橋がライトアップされて、極上の眺めを見せてくれます。

チェスキー・クロムロフの街の石畳。
二人もSSの中で、この上を歩き、綺麗な夜景を眺めながら素敵な時間を過ごしました。

SS中で簡単に終わらせるには、あまりにも美しい街並みでした。
パオラやトヤマと一緒に旅した気分になれたかな?

本編の続きは今夜アップ予定です。

それでは、また今夜o(^▽^)o

Little lovers(12)

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

「先生!荷物が届いてるの。
先生宛てだから後で見てね。」

帰宅したカン・マエのトレンチコートと鞄を受け取り、彼の顔を見てふわっと白い頬を綻ばせた恋人に彼は頷きだけでかえし、彼女の華奢な背中に片頬を苦笑の形にゆがめた。

ーーまったく…ルミときたら自分の容姿が人目を惹くのを、まるで自覚してないな・・・

ルミをランチに呼び出してから三日が経っていたーーー

秘書室に隣り合わせの応接室で待たせてあったルミを連れてランチに出掛ける俺に…というより連れていたルミの姿を見て、丁度お昼時 ランチに出掛けるためにフィルハーモニーの出口に向かっていた団員達は瞠目してしまって言葉をかける者は誰もいなかった。
恐る恐る"ボス"の顔の額縁あたりに目線を投げる勇者…例のネーナとザビーネはドアの隙間に隠れて、あからさまに顔を綻ばせて納得したように頷き合っていたが。
その代わり、珍しい物でも見るようにルミを背中越し、斜め向こうから興味津々な目付きを隠すでもなく見る団員の無遠慮な視線から守るように、つい彼女の肩を寄せてしまい、直ぐに彼女の身体を離した俺に、口をあんぐり開けて馬鹿面をさらしていた奴が何人もいた・・・

「先生ーーっ! シャワーが先?
夕食出来てるから、着替えてきてね~」
すっかり慣れてきた…キッチンで鍋を覗きながらのルミの声に我にかえると、カン・マエはクローゼットに足早に歩きだしたーーー





「マエストロ、、宜しかったら裏口を使われたらいかがですか?
若い団員たちが変な誤解をするとご迷惑でしょうから・・・」
秘書室の筆頭マレーネの遠慮がにじむ言葉に、カン・マエは口元の端をぎゅっと引き締め、目を伏せている傍らのルミに一瞬目線を遣ってからマエストロらしい重圧感のある声音で返した。
「こそこそする理由などない。
私が誰とランチに出掛けようが、彼らには関係ないだろう。
気遣いは感謝する。」
ルミを気遣い、さりげなく栗色の髪に大ぶりの手を触れ…そのまま下に下げた右手で肩を押して促す。
右手を軽く曲げ、左手に使い込んだブラウンの鞄を持ち、姿勢のよい特徴的な大またで歩きだしたカン・マエの背中を見て、マレーネに一礼すると慌てて彼を小走りに追いかけるルミの姿をマレーネは微笑みながら見送ったーーー

「マレーネさん!マエストロお出かけになりました?」
訊ねたのはまだ22歳、新入りのアニカである。
「ええ、堂々と正面突破でね。
いつもに増しての厳しいお顔だったわよ、、ふふふ。」
「綺麗な人でしたね~
マエストロと同国人かな?」
若い娘らしく好奇心が顔に書いてあるアニカを軽く睨んだチーフに、新人は肩をすくめる。
「噂話は秘書として失格よ!今後も一切許しません。
さ、仕事仕事‼」
マレーネは顔を引き締めて後輩に命じると、姿勢良く先に立って歩きだしたーーー




【私の騎士(ナイト)さんへ

あ~疲れた!
今日のリハーサルも相変わらずのピリピリムード。
ヘンデルの協奏曲ってあんなに長かったっけ?
十三分が永遠に感じてしまったわ。
カデンツァを演ってるときは、緊張感で心臓が口から飛び出しそうになっちゃう。
マエストロ・カンがタクトを完全におろして私の音を全身で一音漏らさず聴いてるのが、見てなくても伝わってくるの。
まだ、この前のアダージェットの方がマシだったわね(苦笑)
でも第三楽章で、滑らかに私のハープの音に寄り添うオケの音は優しくて、マエストロとミュンヘンフィルの演奏家達と一緒に演れる幸せを毎回、新鮮に感じているの。
ヒデも同じ?
明日はヒデもミュンヘンに戻って来るのよね。
逢いたいな~でも公演が終わるまではデートは我慢我慢!
明日からのリハーサルで貴方の顔が見られるだけで幸せよ。
ドキドキしてミスをしないように気をつけなきゃ。

ヒデ…音楽ってこんなに楽しいものだったのね。
教えてくれたのは、他ならぬマエストロ・カン。こんなに前向きな自分にしてくれたのはヒデ…貴方よ。
ありがとう・・・

愛してる。

貴方のパオラより。】

メールを打つパオラにアッカーマン夫人は微笑み、斜め向こうの床にしいてある大ぶりのクッションの上てあくびをしたバイオレットに話しかける。
「バイオレット、ママは最近幸せそうね~
親子揃って羨ましいこと… 」

「おばさま…なんか言いました?
済みません!聞いてませんでした。」
「違うわよ!バイオレットに言ってたの。
ママは最近幸せそうねって。」
瞬く間に顔を真っ赤にしたパオラに、夫人はにやりと笑い、大袈裟な声音で付け足す。
「パオラも28歳にして 恋多き人生から脱出かしら?
もしかして~ 運命の人との出会いがあったとか?」
「もうーーっ、イヤですよーっ、
そんなこと無いですから!
私にはハープが恋人なんですぅ~」

碧い瞳を煌かせて応えたパオラは、フィルハーモニーでのリハーサルを終えて、"愛娘"の顔を見にアッカーマン夫人の自宅に来たところである。
ーー恋をしている女性…ってバレバレの顔付きをしてるわよ・・・
つい破顔してしまった夫人を訝しげにパオラは見る。
「貴方を瞬く間に、こんなに可愛らしくほんわりとした雰囲気にした魔法使いさんの顔を見てみたいわね。
公演が控えていて苛々しても不思議のない時期なのに恋のチカラって偉大ね。タクトを執るのはマエストロ・カンでしょ?
知り合いの演奏家なんか厳しい指導に耐えかねて、公演前は毎日泣いてたわよ。不思議だわーっ、、、」

【僕の大切なパオラへ

そうか…大変だったね。
ソリストというのはマエストロの全幅の信頼を受けて、裏切る事なく力を尽くさなければならない。
常にマエストロと共に音楽を作り上げている演奏家たちをも、裏切る事は許されない孤独な仕事だ。
だからこそ、やり果せた時の達成感は格別、他のポジションにいる演奏家とは桁違いに大きくて歓びも深いものだよ。
頑張れ!君なら出来る。

明日には君の顔が見られるんだな…
同じミュンヘンの空の下で君と僕、同じ目標を見ていると思うと、何だか身体にエネルギーが湧いてくるような気がするよ。

そういえば、君にはまだ言っていなかったかな?
僕は、この前から考えていた事を公演が終わったら実行に移すつもりだ。
きっと君は喜んでくれると思う。
この話もご褒美になるかな?むしろ僕の方が楽しみで頑張れそうだ。

身体は遥か遠く離れていても、僕の心はいつも君の居る場所にある。
君の心が揺れる時、僕の心臓も痛みを感じている。

君を抱きしめたい…ブロンドの髪を触りたい、なだらかな線を描く美しい首すじにたくさんキスをしたい。

僕を呼ぶ声を、耳元で聴きたい・・・

僕は駄目だな… いい年をしているのに、我慢が苦手なんだ。
子どもっぽいと笑わないでくれ。

君の騎士(ナイト)より】

ルカがパオラのひざに近づき、小首を持ち上げてゴールドがかった瞳で見つめた途端、パオラの携帯が着信を鳴らす。
「……ルカ、、、あなたって、、、

やっぱり魔力があるのね・・・」
メール画面を辿り、溜め息混じりにつぶやいたパオラに、ルカはお尻を向けてリラックスしきっている。
「そうよ、信じなさい。
八百万(やおよろず)の神様ぜーんぶ、私は信じてるの。
その中にルカみたいな『猫神様』も居るわけ。神様って割にはのんびりしていて間が抜けてるけどね……ふふっ。」
「猫神様か……ルカ!そのチカラをバイオレットの安産に貸して頂戴。
パパのチカラで赤ちゃんが元気に産まれて、バイオレットが安産になる様にしてね。」

ルカの艶やかな漆黒の背中を撫でていたパオラは、目をあげた。
「おばさま、、バイオレットの赤ちゃん、あと二週間ぐらいで産まれるんですよね。」

「忘れてたわ!今日ねルカの定期健診とバイオレットの経過を見てもらいに行ってきたの。
赤ちゃんもバイオレットも元気ですって。」
「公演が終わったら旅行する予定があるんです。
大事な時期ですよね…やっぱり、、、」
「大丈夫よ! パオラが張り付いてたからって、バイオレットになにをしてあげるわけでもないでしょ?
行ってらっしゃい。」
ルカは目を開けてピンと耳を立てると夫人の前を悠々と通り過ぎ、パオラのひざに乗ってくる。
「あらあら…大丈夫ってあなたも言ってるみたいね。
それともバイオレットと同じ碧い目の綺麗なお姉さんが好きなのかしら。やっぱりルカも男の子なのね~」

夫人は苦笑を漏らし、すっと立ち上がるとキッチンに向かいながら、
「パオラ、、夕食食べてく?
あなた痩せたわよ。魔法使いさんに心配されないように精のつくものを作ってあげるわね。」

「ありがとうございます、、、」

夫人の背中は暖かい雰囲気に溢れていた。
あの人が久しく感じて来なかった「家族の温もり」そのものだったーーー

迷い猫を家に置いていたーーとヒデはメールに書いていた。
誰かと一緒に居ることにヒデは他の人と違う、敏感さを持っている。
猫にしろ、人にしろ、執着する事に躊躇う人種なのだろうか?
「パオラ!じゃがいもの皮を剥いてくれる?」

考えてはいけないこと。ずっと戒めていた考えのループは、夫人の声に途切れた。
嫌な考えを振りきるようにかぶりをふり、務めて快活を装って立ち上がる。

誰にも他人に触られたくない、柔らかく脆い部分がある。
ヒデもそれを露呈するのは是とはしていないはずだ、私の前なら特に。
ーー私だって、、、本当の弱虫はひた隠しにして生きている。

「ねえパオラ…語るほどの夢や希望がなくても、人間ってそんなに不幸じゃないのよ。
平凡で当たり障りのない人生がじつは一番幸せ。
裏を返せば一番難しいの。
幸せをはかるものさしは、人生の時々で変わっていくものよ 。
今の自分が一番好き。と思えるように生きなさい。
まあ…貴方は幸せそうに見えるわよ、でも時たま 考えこむ目つきをするわね。
私の取り越し苦労よね?ごめんなさい。」

キッチンで二人並んで夕食の準備をしながら、さりげなく自分に向けられた問いかけにパオラはコクリと何かを飲み込むほどに動揺してしまった。

「おばさま…哀しい目をした人には何をしてあげたらいいのかしら?」
パオラの声のトーンが一段低くなっているのに気づいたアッカーマン夫人は眉根を微かに寄せ、彼女のテニス焼けした健康的な顔に懸念の色が過ぎった。
「今、お付き合いしてるひとの話?」

コクリと形良く尖った顎を引いたパオラをチラッと見て、夫人は目元を意識して緩ませた。

つぶやくような小声で訊ねたパオラの全身を、優しさに溢れた 声楽を嗜んだ人特有の深みのある声が包みこむ・・・
「簡単よ、同じ哀しみに溺れないこと。
大きなあったかい愛で包み込んであげるしかないわ。
『何かをしてあげている』という考えは捨てなさい。一時の気紛れならともかく、そういう風に考えていると長くは続かないわよ。
傷痕は治らないけれど、包み込まれた温もりはチカラを与えるものよ。
傷ついた事のある人は、人の気持ちがよく分かるらしいわ。
与えられるだけではなく、もっと深い情を相手に与えるチカラがあるのですって。今の貴方は感じているでしょ?
無類のない大きな深い愛で包まれているから、自然に心に刺さった棘が抜けていくのよ。

その人に逃げ場を残しておいてあげるのも大切なことね。
長年かけて、心の中に作った逃げ場には土足で踏み込んではいけないの。
優しいところと、突き放されているような冷徹さが同居してるから、付き合う方は大変よね。
そういう面倒臭い相手に惹かれてしまった運命だと思って諦めるしかないの。」

アッカーマン夫人はパオラに語り、庭にハーブを摘みに出て行った。




「おい、ルミ!」

夕食の皿を片付けている恋人の背中に、指揮者らしいよく通る声が届いた。
「先生ーーちょっと待って
片付けたら直ぐに行きますから。」

「そうか……直ぐに来ないなら送り返すぞ。
それでもいいなら、皿洗いを愉しむがいい。」

「えっーー先生、、、
送り返すって…さっき私が話した先生宛の荷物のこと?」

カン・マエは、慌ててタオルで手を拭きながら、足音も賑やかにやってきた恋人に顔を顰めてみせる。
「歩くときは足音は立てない、ドアは静かに閉めろと言ったのを忘れたのか?
まあいい… ギリギリセーフだ。
開けてみろ。」

箱の中には、
カン・マエがルミの為に仕立てさせた、ボルドーワインのような深みのある赤のワンピースとハイヒールが入っていたーーー

「留守にしてばかりだからな… 」

カン・マエは一言つぶやき、視線をテーブルの上のワイングラスの赤に向けた。

「一週間後の公演はソワレだからな。
これぐらいは着たほうがいい。
サイズはお前とブティックに行った時に測っただろう?ぴったりなはずだ。」

確かに前回ミュンヘンに来た時、ブティックに行った覚えはある。
ひどく丁寧に採寸をされたが、意味が分からないまま、彼が選んだ白い夏物のワンピースをプレゼントしてもらったーーー

「もしかして…先生私のためにわざわざ?
夢みたい…先生、、、」

「気に入ったか?
このドレスに似合う……」

カン・マエの唇に柔らかいルミの唇が押し当てられ、二人の唇は次第に熱を帯びていったーーー

「…ルミ、、、」

「先生、、、 」

呼ばれた声に…見上げる漆黒の瞳の強い光に、ルミの肩が震えた。
手を引かれ…弓なりにしなるほどに強い力で抱きしめられる。

「ベッドへ… 」
「あぁ… 」

己の裡に滾るものの熱さに耐えながら、カン・マエはルミを押し倒したのだったーーー



Little lovers(13)に続きます。

ご挨拶

ご来訪御礼

こんにちは(^-^)/

台風が過ぎて秋らしくなりましたが、まだ昼間は暑いですね。
今連載中のlittle~、カン×ルミからは離れたパラレルストーリーにも関わらず、拍手やコメントをいただきありがとうございます。
可愛らしい雄猫ルカと彼の愛する美猫バイオレットのその後を書くつもりが、話は膨らんでバイオレットの飼い主パオラとピアニスト・指揮者であるトヤマさんとの恋、カン・マエとルミの再会にも話を拡げてしまいました。
パラレルもパラレル…愛の結実はルカとバイオレットの間に産まれる仔猫たちに象徴されますが、それまで人間様はバタバタして寧ろ猫のルカの方が落ち着いた大人ぶりですよね(笑)
私は猫の出産がらみのお話を書こうと思いつきながら、実はまともに猫を飼った事もなければ、ましてや猫を出産など想像さえ出来ない無知ぶりなんです。
今、そのシーンを書こうとしてるとこなのですが頭を抱えるばかり。
猫好きの、その方面に詳しい方々には私が…産まれましたっ!と流しても許して下さいね。(^^;;
だって分からないものは分からないし…嘘は書きたくないし(ひたすら言い訳…ごめんなさい)


詳しい方がいらっしゃいましたら、兆しとか特徴的な動きとか、産まれるまえはこんな風だとか…何でもいいです!
拍手コメに挨拶抜きで、一言で構わないので無知な私に教えてください。
よろしくお願いします。

それで、気分転換に次回のぶんの公演シーンを先に書いてます。
西島秀俊様似の、イタリアと日本のクォーターであるピアニスト・トヤマさんと麗しきイタリア人ハーピスト・地中海ブルーの瞳のひとパオラさん。そして我らがラフマニノフ嫌いの孤高のマエストロカン・マエが公演に挑みます。
ベバSSを書くにあたっては、必ずお話に出てくる曲を先に考えるのですが、今回は悩みましたよ!悩んだ挙句、まあ甘い感じの選曲になりました。

《オープニング》
チャイコフスキー
〈幻想序曲 ロミオとジュリエット〉
チャイコフスキーがシェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」を題材に演奏会用に作曲したものです。
二人をとりもつローレンス司祭の狼狽える姿を彷彿させる重々しく厳粛な始まり。ハープの音色も儚げにロミオとジュリエットの悲恋を暗示しているようです。
愛し合う二人のからだが触れ合うシーンを思わせるような…甘美で、聴く者がつい溜め息をついてしまうような主題が謳い…謳い、、、ラストは哀しい運命に翻弄され、燃え尽きた二人の純愛のドラマチックな終焉を暗示して締めくくっています。

選曲理由は…私がこの曲を好きなだけです(^^;;
だってね~ロミジュリ悲劇的だし、縁起が悪いかと押しとどめる天使を、押し切ってしまうぐらい、マエストロがタクトを手にするお姿が浮かんでしまったので・・・


聴いてみて下さいね、カッコいい曲です。

www.YouTube.com/watch?v=YscV1JnGRaQ
2007プロムスの映像です。指揮者はマエストロ・ワレリー・ギルギエフ。
カッコ良くはないけれど、スマートな指揮ぶり…好きです。

《二曲目》
ヘンデル〈ハープ協奏曲 変ロ長調作品4-6〉
ハーピスト・パオラ嬢がソリストを務める曲です。
オープニングのロミジュリの激しさとは対照的な、まるで「天上の音楽」です。
カン・マエはパオラの奏でる独奏ハープのカデンツァの引き立て役に徹します。

www.YouTube.com/watch?v=wUpydr32044


《三曲目》
ラフマニノフ
〈ピアノ協奏曲第三番〉
ピアニスト、ヒデトシ・トヤマがカン・マエとラフマニノフに挑みます。
ラフマニノフ嫌いのカン・マエが、
ルミさんとの経緯などが功を奏したのか珍しくやる気になった曲。
私の個人的推測では、今後五年ぐらいは頼まれても固辞してしまいそうな気がします。
疲れた~って倒れこみそうですもん(^^;;


ラフマニノフのピアノ協奏曲の中でも屈指の難曲、四十分ほどある大曲です。

www.YouTube.com/watch?v=Yw3eWo5PgWU

今回の公演に関しては、ソリストの二人、トヤマとパオラを見守り育てる視点で、カン・マエはいる設定です。
なので公演では通常ソリストを迎えての演奏のあとにマエストロが曲を披露するのですが、トリを務めるのはトヤマです。







アンコール①
ラフマニノフ
〈パガニーニの主題による狂詩曲〉より第十八変奏
この曲も大変有名なので、お聴きになれば"あ~聴いたことある!"という反応をなさる方は多いと思います。
それもそのはず…幾つもの映画で効果的に使われています。
代表的なのは、
1980年のアメリカ映画「ある日どこかで」で主人公のリチャードの大好きな曲として使われています。
【時間を遡った愛】をえがいたSF仕立ての映画。
もう一つは、
2008年のロシア映画「ラフマニノフ~ある愛の調べ」
映画の中では、ライラックの花木と共に象徴的に使われていました。

http://www.youtube.com/watch?v=Cjn-4L9lFM


三分足らずの短い曲ですが、一度聴いたら忘れられない… 癒される調べです。十八変奏は四分の三の、3:40から6:28まで。

《アンコール②》
アンコールは終わりましたが、パガニーニの盛り上がりが凄まじく、カン・マエは再びアンコールに応えます。
パオラも招き入れ、ラフマニノフ〈ヴォーカリーズ〉の演奏をもちまして、今回の公演はようやく終わります。

皆様ご存知のこの曲。
懐かしい愛の記憶、幼い頃に受けた無償の愛の記憶、さらには現在心にある愛情の昂まりまでも、じわじわと湧き上がってくるような曲ですよね?

長い長い時をかけて、ようやく素直な自分の気持ちに辿り着いたカン・マエの、静謐の奥で熱くたぎるルミへの愛情を、客席で彼を観ているルミに聴かせた……
どこかでメランコリー、一筋縄では行かない愛情が、音楽にのるとあからさまになってしまいます。
"マエストロの新しい音"を一緒に奏でたミュンヘンフィルの演奏家たちの反応は、後日SSになる予定です。


とりとめのない散らし書きですね~

自分のためのメモになってしまいました。
SSでは演奏シーンは詳しくは踏み込む余裕はなくて(人間様とニャンコで手一杯なんです(^^;;)
曲についても、考えた割には曲名ぐらいしか述べてないです。
それで代わりにココで書いてみました。

近日中にLittle~の続きはアップする予定ですので、もう少しお待ちください。

昼夜の気温差が激しくなりました。
風など引かないよう気をつけてくださいね。


管理人チップ。

Little lovers(11)

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

カン・マエは、練習室に総譜を忘れた事で第一ヴァイオリンに属するネーナとザビーネの他愛ないおしゃべりを耳にする事となった。
どうやら「女の勘」で己についてアレコレ話してもいたようだが、指揮者としての業務には関係ないと、カン・マエは直後に割り切り、忘れる事に決めた。
聞くだけ聞いた挙げ句、他言無用と恫喝じみた優しい物言いで 自分の都合上二人の口を封じるのはカン・マエの本位ではなかったがーーー
彼女たちの会話から偶然にも、今回のソリスト…トヤマとパオラの関係についての自分の予感が当たっていた事を確認する事となった日から数日が経つ。
そして…現在、カン・マエはルミがミュンヘンに戻って来て、四回目の朝を迎えている。
「先生、今日も遅いの?」
ルミはカン・マエの作ったポーチドエッグにナイフを入れ、グリーンアスパラガスに黄身をくぐらせながら、目の前の歳上の恋人をうかがうように問う。
カン・マエのワーカホリックぶりは変わらないが、ルミがミュンヘンに戻って来て以来公演前の諸々に加え、主席としての仕事まで加わって、まともにゆっくりと顔を合わせての会話が成立するのは朝ごはんの食卓を向かい合って囲む時だけになってしまっているのも事実である。
さりげない…しかし寂しさのニュアンスをギリギリまで抑えた声音は、かえってカン・マエをいたたまれない気分にさせた。
元々はこの時期、フィルの公演前とはいえエージェントから受けていた海外と国内での五件の客演の仕事を、「訳あり」のソリストのために他の指揮者に代振りして貰っているのだから、朝ぐらいしかまともに家に居なくてもミュンヘンに己が居るだけで上々だろう…と内心では思いながらも、彼は穏やかにかえす。
「仕方ないだろう…仕事だからな。」
ふう…と太い溜め息まじりに、いつもの感情が読みづらい顔つきで応えた恋人に、ルミは口元を緩ませた。
「大丈夫よ。家にはトーベンが居るし、一人の時間は大学の課題がはかどるしね。」
やけに明るいルミのかえしに、どう応えれば良いか迷い、彼も目の前の卵料理に向かってカトラリーを動かした。
「ガスタイクセンターまで一人で来られるか?」
ライ麦粉で作られた薄いパンにカッテージチーズを置いていたルミが、カン・マエの質問の意味を理解しかねている様子を眺め、彼は左の眉を上げて目を丸くさせた。
「一緒にランチに行こう。今日は二時までアポイントが入っていないから大丈夫だ。
昼にフィルハーモニーに来るといい。
入口にある秘書室に行ったら、筆頭秘書のマレーネがいるから呼び出してもらえ。
彼女は英語も堪能だから無理して下手なドイツ語で話さなくてもいいぞ。
俺の仕事が片付くまで別室で待つように手配しておく。
お前の耳が悪いことも話しておくから安心して大丈夫だ。秘書として信頼できるベテランだからな。」
「でも先生… 私は、、、」
「でも?なにが『でも』なのか?
俺は今まで、お前と一緒にいるのを一度として隠そうとしたことはない。
フィルハーモニーの事務所に連れていく機会が今までなかっただけだ。
わかったら、そんな顔をするな。」

遠慮が先立つルミの様子に苛立ちを抑えたカン・マエはマエストロ然とした重々しい声で応え、ひと言付け加える。
「二人でランチだからな。昔からお前の履いている黒いハイカットのスニーカーはやめてくれ。
出来れば少しお淑やかな格好で来てくれるとありがたい。」

「せんせーーっ!」
久しぶりに恋人が切り出したランチデートの提案に、鳶色の瞳を輝かせ、彼の首に細い腕をまわして飛びつくルミにカン・マエは満足そうに目元を緩めた。
〈お前は、世界中の誰に見せても恥ずかしくない俺のミューズだ・・・〉


ルミの笑顔に見送られたあと、愛車の車窓に流れる街路樹として植えられたドイツトウヒの並んで立つ景色を漆黒の瞳に映しながらハンドルをにぎるカン・マエは考えるような目つきになる。

トヤマとパオラーーー
彼等が短期間に惹かれ合い、深くお互いを知りたいと願ったのは必然だったのかもしれない。
少なくともトヤマはパオラに特別な感情を持っていたにしても、理性を失うタイプではないようだ。
この前のリハーサルでも、恋愛のさせる心の昂まりだけが先走る演奏ではなかったことからも、これは明白だ。
何故か二人とも、以前よりストイックな印象さえある…音楽に心臓を捧げて一心に向かっているようだ。
トヤマからは、過去の自分を悩む告白をした時の虚無感は払しょくされ、パオラには目標を定めた人間の潔さと以前はまるで感じられなかった自信とプライドが見える。
トヤマは俺と似ている所がある・・・
幼少期の体験…人を信じる事に対する拒絶反応… そして愛される事に対する恐怖も。
いつか離さなけれはならぬ手なら、始めから掴まなければいいとトヤマも考えていた筈だ。
面倒臭く、事ある毎に泣いたり笑ったりする事には酷く不慣れな人種と、世間には諦めてもらうしかない。

俺がトヤマに手を差し伸べる気になったのは、過去の自分を見ているようだったからだーーー
人を愛し、その人の存在を生涯魂の中に囲うにはかなりの覚悟がいる・・・
「あの時」キム・ガビョン老が口にした言葉の意味が、自分によく似たトヤマを前にし、ルミに出会う前の自分を振り返る体験をした今になってよく分かる。

俺がルミに赦しを得ているように、トヤマもパオラに自分の脆さを赦され、パオラの持つ強さと明るさに希望を見出す事ができるのなら、それも悪くはない。
とりあえずは公演を無事に終えることだ…自分はマエストロとしてソリストの演奏にオーケストラを呼応させ、全ての調和を整えてピタリと同調させるために力を尽くすだけだーーー

気分を曇らせていた淀みが綺麗さっぱり吹き飛ばされた心地がした。
カン・マエの迷いや、我知らずに湧き上がっていた不安や怒り…すべての負のエネルギーは正しい場所に向かって方向変換を始めたーーー

彼の瞳には爛々と光が宿り、彼らしい鋭さが戻っていた。

*・゜゚・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゚・*

「おばさま、申し訳ありません… 」

「いいのよ、貴方は10日後に大事な公演を控えているのでしょう。リハーサルもより本番に近くなって、ソリストなら神経もピリピリするものよ。
パオラ、貴方は暫らくハープに集中した生活をした方がいいわ。」

アッカーマン夫人の自宅リビングには、頭を深々と下げるパオラの姿があった。
あと20日足らずで出産を迎えるバイオレットのお腹は膨れ上がり、動きも鈍くなってきていた。
パオラは公演を控えて留守がちの我が家にバイオレットを置いて出かけるのは危険と判断し、夫人の家で出産まで預かってくれるよう頼みに来たところだった。
「コーヒーにしましょうか?頂き物のビスコッティがあるのよ。」
夫人はキッチンでケトルに水を入れながら、パオラに母親のような優しい眼差しを向ける。
「パオラ、明日またウチに来られる?」
「は、はい、当然ですわ。預けっぱなしでバイオレットの顔を見にも来ないなんて…」
「そうよね、、、」
夫人の珍しくこもった声に、パオラは瞠目してしまった。
「ふふ、パオラったら・・・」
パオラの前で大ぶりのカップにコーヒーと暖めたミルクを注ぎ、ソーサーにビスコッティを一本置いて、すーっとパオラの前にソーサーを滑らすように差し出すと、悪戯っぽく目尻に優しいしわを見せて笑った。
ミルクの香りに誘われて夫人の膝に乗ってきたルカの艶のある黒い短毛を撫でながら、夫人は呟く。

「パオラは本当は素直な娘なのね~
初対面の時は世の中に怖い物なんて一つもなさそうな強い尖った女性に見えたけれど、きっと心には棘がいっぱい刺さって涙を流していたのかしら?
今の貴方は少し棘が抜けているような…肩に力が入ってなくて、ふんわりと自然体でとても可愛いわよ。
パオラ…貴方バイオレットの出産が心配でしょ?」

「おばさま、、、、」
言葉を失って、ただ頷くパオラに目のふちをゆるませた夫人は、ビスコッティをミルクのたっぷり入れたコーヒーにつけて一口齧る。
「貴方もどうぞ、、美味しいわよ。
大丈夫…バイオレットは絶対大丈夫よ。私が責任をもってお預かりするから…信じなさい。
ふふふ、明日が楽しみだわ~ 」
「おばさま、、明日何かがあるんですか?」
「ルカとバイオレットの結婚式よ。
ルカには赤いリボンの首輪でいいとしても、バイオレットはどうしましょうかね~」
夫人は何か思いついたように視線を泳がせ、リビングに置いてあるバスケットからシフォンジョーゼットと綺麗なレースの端切れを取り出してパオラの前で広げてみせた。
「これでバイオレットのドレスを作るわよ。娘のドレスを作るときに使った生地を残しておいて良かったわ。
貴方も明日は立会人だからドレスアップしてきてね。」
気紛れにママの膝に手を置き、軽いパンチをしたバイオレットにパオラは苦笑いし、寂しげに呟きを漏らす。
「結婚式かーーバイオレットに先を越されちゃったね。
私がウエディングドレスを着る日なんて想像できないわ。」
「パオラ!12時までにはエージェントの事務所に行くって言ってたんじゃないの?」
夫人の言葉にパオラは慌ててフィアットに乗り込んだ。車窓から見える額の秀でた理知的な横顔を見送った夫人は、いつのまにか自分の足元で同じ方向を見ていたルカに気づいて目を細めた。

ールカに恋愛成就の魔力はあるのかし
ら?
ルカは夫人の視線を気にする事もなく、落ち着き払ったゆっくりした歩き方で、少々食べ過ぎと見えるこんもりと立派なお尻を見せながら遠ざかる。

ーあら、、あれはマエストロの…

夫人は二ヶ月ぶりに見かける…栗色の長い髪を艶めかせた、隣人の恋人の姿をガラス窓の向こうに認めて日焼けした頬を綻ばせる。
「彼女」は独りで外出するのか、鳶色の瞳には落ち着きなく、不安が滲んでいるが、大丈夫だろうか・・・
施錠したか何回も確かめている「彼女」は携帯の呼び出しに気づき、画面を眺めてホッとしたように口角を上げる。
「彼女」を心配した「彼」がメールを寄越したのだろう。

「彼」と「彼女」が幸せな時間を共有しているのは、朝 隣家から漏れ聴こえたラヴェルの「水の戯れ」を奏でる音からわかった・・・
強面で厳しく音楽に向き合っているマスコミ嫌いのマエストロ。
そんな穏やかならない評判が専らの、彼の打鍵が作り出す音色は、哀しいぐらい繊細で祈りのような厳かさがあったーーー

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

【親愛なる私の騎士(ナイト)さんへ

今日とっても嬉しい事がありました。
『私の家族』ラグドールのバイオレットと、とっても頼もしい黒猫のルカ君が結婚式を挙げたのよ。
ルカ君のママは元ピアニスト。
ルカとバイオレットのためにメンデルスゾーンのウエディング・マーチを弾いてくれました。
バイオレットはあと半月でママになるのよ。まだ二歳を過ぎたばかりのバイオレットに先を越されちゃった(苦笑)
ルカ君は赤いリボンの首輪、バイオレットはルカ君のママに作って貰ったオーガンジーとレースのケープを着せて貰って、耳にはレースで作った薔薇の飾りを付けていたのよ。
ウエディング・マーチの演奏のあと、ルカ君のママと私はシャンパンで乾杯したの。
結婚式と妊娠が後先になるなんて、人間様ビックリよね。
バイオレットは着慣れないものを着せられて迷惑顔をしてたけど。】

パオラは携帯に走らせている指先を止め、ルカとバイオレットのドレスアップして並ぶ姿を写真に撮っている、白いワンピースを着たアッカーマン夫人の泣き笑いを思い出して頬を綻ばせた。
【ルカ君はね、つれない態度で逃げ回るバイオレットを、38歳歳下の人妻に600通のラヴレターを送り続けたヤナーチェク真っ青の熱心さで辛抱強く追いかけてたのですって。いやがられない距離を離してはいたけれど。
ルカは諦めるどころか、変わらずバイオレットの側を離れなかったそうよ。『猫並外れた』無償の愛ってところかしらね。(笑)
そのうち、バイオレットは彼の歳上らしい包容力に落ちたのかしらね。ルカ君は8歳なの、歳の差カップルでしょ?私たちみたいね。
バイオレットがルカ君の傍らで、幸せの象徴みたいに丸く膨らんだお腹を無防備に見せてるのを見ると気持ちが浮き立ってくるわ。
透き通る風が優しく木立の緑をキラキラ輝かせるのを見上げている気分。
悩みや心配事も吹き飛ぶような気持ちが自然と湧いてきたの。
ああ、今度こそは『私にも』いい事がある。そう信じられる…不思議ね。
バイオレットの幸せを私にも分けてくれそうな…それ程ルカ君とバイオレットは仲良しなの。】

「結婚式って言えばキス!よね。

でも、ルカ達に『誓いのキスを…』って言っても分からないか・・・」
「ちょっ…お、おばさま、あ、あれ!」
「あらあら…何もいわなくてもルカとバイオレットはする事はするのね。」

二匹が鼻先を擦り付けあっている様子を、パオラと夫人は涙ぐみながら眺めていたのだったーーー

【ヒデ、調子はどうですか?
とってもお忙しいみたいで、この前スカイプでお話した時頬がげっそりしてるように見えたので心配です。
ラフ三、弾くのはスタミナが要りますよね…しかもヒデは指揮者のお仕事まで抱えているし。
『私のヘンデル』は以前と同じ、散々です。だけど前進したい、一歩でも前にと思えるから、不思議とカン先生の言葉が陽射しの温かさで伝わってくるの。ヒデの言葉が効いてるのかな?
先生は何度もアナリーゼの時間を作ってくださるのよ。有難くて…申し訳ないけれど、私は演奏でご恩返しする事しかできないから頑張って練習してます。
無事に公演がおわったらヒデとまた逢える……ご褒美が鼻の先にぶら下がっているとヤル気になるなんてホント我ながら現金だな~
ヒデも私と逢いたい?
私は心はいつも貴方のもとに飛んでるのよ。困った事に貴方の声まで、思い出すと自動再生されちゃう(笑)
貴方がなにを言ってるかは恥ずかしいから秘密です。
逢いたい、逢いたい、逢いたい!
誰にも言えないからここで叫ばせてね。

貴方のパオラより】

【僕の美しいひとへ

先ずはバイオレットちゃんのご結婚おめでとう。赤ちゃんが産まれると君の家族も増えるんだね。
僕は捨てられた牝猫を短い間だけ、家に置いていた事があるよ。
恋をしたのか、いつの間にか居なくなった。あいつ、幸せに猫人生過ごしたのかな?
なに?バイオレットに先を越されただって?(笑)
君は面白いな…猫に先を越されたって愚痴るなんて。


猫たちは贅沢だな…僕たちはこんなにもお互いを求めているのに離ればなれだ。
僕も、夜昼なく君の面影を思い出しているよ。音声自動再生付きでね。
昨夜、『あの靴』を履いている君が白いオーガンジーのドレスを着て僕の傍らに立っている夢を見た。
君は本当に嬉しそうで、地中海かな?白い壁が特徴的な階段の多い町の中にある小さな教会の祭壇の前に僕たちは立っているんだ。
グリーグのヴァイオリンソナタ…アレは確か三番のアレグレット・エスプレシーヴォか・・・
ソナタが、突如 頭の裏に響いてきて、曲のコーダが少しづつ小さくなっていくのと同時に、僕たちの姿も掻き消えてしまった。
君にあのドレスを着せたい、、、いつか叶うだろうか?

ご褒美だが、少し遠いがプラハに足を伸ばして更に三時間バスに揺られた先にある世界遺産チェスキー ・クルムロフ城を観に行こう。
ヴルタヴァ川沿いの高台にそびえ立つ城だ。たぶん君に満足して貰えるんじゃないかな。
さあ!鼻先に香ばしいご褒美を下げたからな。パオラニャンはハープを頑張れよ。

君に逢いたい・・・
君の唇、ツンと尖った鼻のライン、低めのハスキーボイス…
君と離ればなれでいるのに、まるで近くに君がいるように簡単に思い出せる。

僕は幸せだ。君の面影がいつも励ましてくれるから。
ありがとう…







君を愛している。

君の騎士(ナイト)より。】


「……もう、、ヒデの馬鹿、、、」

パオラは数行のスクロールのあと、トヤマの暫しの躊躇いのにじむ「アイシテイル」を何度も指先でなぞった。

頬を流れる涙が冷えて、首まで濡らしていくーーー
手のひらで目尻を拭うパオラの耳に、携帯の着信音が、涙のせいか曇って聴こえた。

【僕の泣き虫さんへ

パオラ、まさかボロボロ泣いてはいないだろうな?

君の涙を拭うためにある僕の人差し指は、君の心にいつも在る。


僕の前以外では涙を流すなよ、世間の男に誤解されては僕が困る。



君を信じている。
君も僕を信じろ。


僕のパオラへ、 ゆっくりおやすみ。


君の騎士(ナイト)より】

パオラは、まるで彼女の心を読んだような…トヤマのメールに碧い瞳を瞠(みは)る。

「もーーーっ! 何なのよ~
これ以上堕ちたら、這い上がれないって‼」

パオラは携帯を抱きしめて、眠りに落ちていったのだったーー





Little lovers(12)に続きます。

Little lovers(10)

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

ドイツの南部、バイエルン帝国の華やかな歴史を感じさせる美しい街並みと穏やかな気候から「イザール州の宝石」とも称されるミュンヘンは紅葉が色づく季節である。
凍てつくような冬を前に、イザール川の水面は陽射しに輝き、束の間の秋を迎えていたーーー


夜が明け始めたばかりの空は薄い紫紺色で、夜と朝の境目の曖昧な光が窓を染めていた。一日の始まりを知らせる鮮やかな日差しが射し込むのは二時間ほど先である。
カン・マエは浅い眠りの醒めた感覚に薄く目を開ける。
いつもより深い睡眠が取れたせいか、手足に彼女との行為のあと特有の怠さがあるものの、身体には力がみなぎっているような気がする。
ルミを背中から抱きしめる形になっていた身体を、彼女を起こさないようにそっと離す。
彼の動きでブランケットが外れ露わになった…昨夜の名残りが紅く残る肩口を 、そっと唇でなぞってからベッドから静かにおりた。
「ーーん、せん、せ、、」
カン・マエはブランケットを掛け直してやりながら目尻を穏やかに緩め、彼を無意識に呼ぶ「彼の美しい人」を眺める。
ーー今回、韓国に帰る彼女の手を離せないのは俺かもしれないな…

鍵をかけてあった寝室のドアを開けると、愛犬トーベンが待ち構えていたように彼に飛びつかんばかりに尻尾を振った。
愛犬に目尻を緩ませ、ひざまずいて背中を撫でてやると トーベんはワン!と一声鳴き声を発し主人に甘える。

「…トーベン、、 、」
彼は、昨夜 寝室から締め出されて少々ご機嫌斜めな愛犬の背中を撫でてやりながら穏やかな声をかけると、ドッグフードと水を用意してやる。

今日はシャワーより先に、トーベンを散歩に連れて行ってやるかーーー
彼の足元で、初めて出会った仔犬の時と変わらぬ瞳で主人を見上げるトーベンに視線を当て、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して渇いた身体に呷るように流し込む。
昨夜二ヶ月ぶりに抱き合ったあと、せっかくシャワーで汗を流したのに、彼女が仔猫のように甘えてきたものだから、再び彼女に汗だくにさせられてしまった。
当の彼女は彼のベッドで、彼の少々複雑な思いも知らず 気持ち良さそうに寝息を立てている。
昨日「ミュンヘンに戻ってきた」彼女は、純粋に「先生とまた逢えて嬉しい」想いを全身で表しているだけなのだ。
いちいち"男として"反応してしまうのは、自分の未熟さを露呈しているようで癪なのだが、相手がルミとくれば「まあ、仕方ない」と、いつの間にやら簡単に割り切れるようになっている自分に呆れ、彼は感情の種類が甚だ不明な溜め息をついた。

ふた月前、暫しの別れを前には、艶めいて見えた年若の恋人は、故国での生活で 恥じらいが滲む少女のような雰囲気に舞い戻っていた。
一度(ひとたび)触れれば、堕ちるようなオンナの貌とのギャップは、彼を制御不能の淵に引きずりこむ。

不覚にも、そのまま眠り込んでしまったため、肌のべたつく感じが気にはなったが、クローゼットで適当に着替えて散歩に出た。
自分の肌に、どこか彼女の肌の香りが移り香のように感じられる。
指先で、唇で触れ、全身で感じたルミのすべての柔らかい感触が、彼に未だ残っていて、可笑しな気分を払うようにかぶりを振った。
早朝の靄がかる、落ち葉が赤や黄色の彩りを添える石畳の道を一時間ほど、ウォーキングをかねて速足で歩いて帰ってくると、既に老犬であるトーベンは指定席であるリビングの暖炉の前でウトウトし始めた。
シャワーで汗を流したあと、スウェットパンツを履いた上半身裸のままで、キッチンのエスプレッソメーカーに珈琲豆とミネラルウォーターを入れてセットする。
肩に掛けていた、肌触りのいいタオルで濡れた髪を拭いながら洗面所に行き、髪を乾かすと クローゼットでクリーニングしたての白いコットンのシャツを羽織り、前立ての糊の感触を肌に感じながら 下に降りた。
エスプレッソのいい匂いの漂うキッチンに直行して、マイセンのデミタスカップに注ぐ。
散歩の帰りにポストから取り込んでおいた新聞は、ソファの横のコーヒーテーブルで彼とエスプレッソを待っていた。
窓から射し込む…朝の木漏れ日を浴びながら、エスプレッソのカップを口に運ぶ。
ーーそうだ、なにも変わらない筈だ。

目尻をキッと引き締め、自分に言い聞かせるように心中でつぶやく・・・
俺は感情によって、音楽の徒としての信念を曲げてしまうような弱い人間にはならない、否、なれない筈だ…

一週間前…指揮者室でトヤマが見せた苦悩に満ちた表情を思い出し、苦虫を噛み潰したように顔をゆがめる。
以前の俺なら、あんなくだらない告白を聴いてやるどころか、満足のいく演奏が出来ていないと判断した時点で、即座にソリストの変更をすべく動いていた筈だ。
人間不信を自分が生きづらい理由にして自己憐憫に酔うなんて愚の骨頂だ。この世の中に盲目的に信頼できる人間などいない。人にに愛される資格?
甘えが先立つ人間に志など果たせるものか‼
そんな単純な考えが出来る奴はよっぽどの馬鹿か、幸せ過ぎて呆けている愚か者だ。
自分は今まで数多の演奏家を突き放し、彼らの中には そのまま自分を見失い自滅した者もいた。
自分の音楽を作り上げるためには温情を挟まない、それで傷つく者がいようと例え音楽の世界からリタイアさせてしまう結果になったとしても、それが自分の一貫して通してきた流儀だった。
事もあろうに、今回に限ってはご丁寧に手を差し伸べ、柄に合わない親切ごかしまでしてしまった…という歴然たる自覚が、彼を苛つかせる。
他ならぬ自分に対する、遣り場のない怒りで はち切れそうな自分を持て余し、整髪料を付ける前でさらりと額に落ちたままの長い前髪を、ピアニストらしい指の長い大ぶりな手でぐしゃっと掻き回す。

俺の中で何かが動いて、切り捨てる事をさせなかったーーー?
音楽への違和感は俺には許し難いマイナス要素だ。事もあろうに一時的とは言え看過したなど考えられない。
なんという愚かな行動をしてしまったのか…行動したのは紛れもなく自分、なおさら虫酸が走るような気分だ。
あの三週間の怒濤のように流れた日々…血肉を貪るようにお互いの存在を求めあった日々に惑わされてはいけない。
自分はミュンヘン・フィルの首席を務める指揮者としての立場を弁(わきま)えた 、社会的な地位に適(かな)った分別のある 、彼女より15も歳上の男らしく毅然と在らねばならない。

彼がソファに気怠さの残る身体を預けると長い息が無意識に細く漏れ出した
・・・

朝の木漏れ日も、エスプレッソの香りも… 普段の朝と変わらないのに、居間に流れる雰囲気は円やかに感じられる。
思索の半ば、怒りが占めていたはずなのに、心中に降って湧いた不快な気分を 勝手に薫風が押し流した。
ちらちらと浮かんでは消える、ルミの己に注ぐ穏やかな面差し…

昨夜彼女の頬に触れながら寝入ってしまったせいかーー
右腕の、彼女の頭が重みを預けていた痕跡である怠さに、カン・マエは顔を微かに顰め、溜めていた息を吐いた。
足を踏みしめ、俊敏な動作で立ち上がる。両手を高く上げてストレッチをしながら、一先ずは頭の中の整理をしよう… との考えを始めるや否や彼は冷徹な無表情に戻る。

〈公演まであと二週間…満足できる出来にするには時間が足りない。
しかし、なんとかしないと…公演まで皆には悪いが残業してもらう事になるだろう。
あの日以来、
トヤマのカデンツァにも変化があった。ピアノの響きの奥底から、音色が不気味なほど殺気立つ中で、ところどころでふっと力を抜くエレガントさ。
ピアノから多彩な響きを自由自在に引き出せる能力が迫力を得て際立ってきた。
あれがトヤマのラフマニノフか…オーナーが心酔してしまったのも頷ける。

今日はパオラ君を迎えてのリハーサルか… 彼女は面白い。まだ彼女自身が知らない引き出しを持っていそうだ。〉

カン・マエは冷めてしまったエスプレッソを口にして顔を顰め、エスプレッソマシーンで淹れなおすとソファに戻った。

〈然し トヤマは確か顔合わせの食事をした時、「運命の人と出会っていない寂しい独身だ」と言ってはいなかったか?
あれからまだ ひと月も経っていないが、その間にトヤマをハムレットのような心境にさせる出逢いがあったと云う事か…〉

カン・マエはふと浮かんだ想像に片眉を上げる。

不意に、先日の食事会の際のトヤマとパオラの初対面とは思えない楽しげな会話を思い出した。
そもそも彼女が部屋に入って来たときの様子…トヤマの存在に息をのみ、まるで男慣れしていない少女のようにドギマギしていた。
マエストロを前にした緊張感だけではない、覚えのある熱を秘めたかのような澄みきった瞳。そう、あれはソクランでの初めての公演の後コンミスを務めていたルミが二人きりの息遣いが響くような静寂が支配する舞台上で俺に見せた目の色だ。
トヤマと彼女が目を合わせた時の不自然な間(ま)…彼女が吐き出した吐息は何かの始まりだったのか…
表情豊かに紅い唇をトヤマに向けていたパオラと、落ち着いた表情で受けていたトヤマ…
二人が特別な関係になっているせいか?という想像が浮かび、カン・マエの目元は険しくなる。
〈公演前の色恋沙汰は困る。あいつらが何をしようと興味はないが、演奏がめちゃくちゃになられてはかなわない。
状況は分からないが、念のため釘を刺しておくか。〉



マーラー交響曲第五番、第三楽章のアダージョが、白い頬のほどけるイメージと重なるように 彼の脳裏に流れた・・・

『アンコールはマーラーの『アダージェット』だ。君にも奏者として参加してもらうと三週間前に予告した。
前に指摘したことは忘れてはいまいな?しっかり準備をしておくように。』

カン・マエは、今度の公演のソリスト、パオラ・ガッティに宛ててメールを打ち終わると唇の端をくいと上げて、窓の外に目線を泳がせる。

ー俺はなにを考えてるんだか、、、
自然と彼女に導かれ心に音もなく湧き上がる甘美な想いは、降り積もりアダージョを響かせて、彼が長年緩めてはならぬと引き締めていた箍(たが)を易安と緩めてしまう。

カン・マエは引き締まった頬を苦笑の形にゆがめ、携帯をテーブルに戻すと、二ヶ月ぶりに二人で摂る 朝食を作りにキッチンに向かったーーー




枕もとに置いた携帯の着信音を聞いて、パオラの足元で寝そべっていた彼女の愛猫、バイオレットが彼女の頬を舐めて着信を知らせた。

「… んっ、、なーに?バイオレット…

お腹空いたの?」
彼女の愛猫バイオレットは三週間後に出産を控え、日毎にお腹がふっくらとしていく様子がわかる。
本能的な欲求なのか、パオラが呆れる程によく食べ、 よく寝る。


そろそろバイオレットの缶詰めを買い足さなきゃ…パオラが買い物メモにペンを走らせていると着信を知らせるバイブが携帯を揺らした。
「…早朝から誰よ~、」
携帯画面を寝ぼけ眼(まなこ)で見たとたん、パオラは一気に眠気が醒めて、飛び上がるように起きた。
バイオレットはママの急な動きにびっくりして、部屋をぐるぐると駆け回る。
「カン先生ったらあ~

あれだけシゴいた挙句、呆れたみたいに眉を上げて、『まあまあだな』って言ったのに…また演らせるの?『崖っぷち』にいる私に演らせてどーすんのよ! 」

クッションを壁に投げながら愚痴るパオラを、バイオレットはクールな碧い瞳でチラッと眺めると、ニャーッと鳴いて伸びをした。

「はあーっ、今日はガスタイクでヘンデルのハープ協奏曲のリハーサルがあるんだっけ……カン先生、待ち構えてるんだろうな~
涼しい顔でダメ出し連発かも…
ああーっ、時間が止まればいいのに。
バイオレットは気楽でいいな~」
「碧い瞳の貴婦人」はパオラを振り向き、珍しくも自分から膝に乗ってくる。
「ありがと、、バイオレットは優しいね。私が不安になると膝に乗ってきてくれる。
もうすぐお母さんになるんだね…赤ちゃん無事に産まれるといいな。
大丈夫だよね?…バイオレットは私の側にずーっといてくれるよね?」
夫人の前では流せない、喜びと不安が混ざる涙が頬を一筋伝った・・・
パオラが、産まれてくる新たな命を待つ期待感より、まだ三歳にもならない愛娘が 初めての出産で生命を落としてしまう可能性を思う不安感に苛まれていることは、夫人の前では口には出来ない。
「……‼ 」
パオラの弱気を励ますかのように、バイオレットはパオラの膝から離れ際に がぶりと甘噛みを見舞う。
「わかりました…元気出せってことね。バイオレット~あなた最近私より落ち着いてるわ。
さて!そろそろ支度しなくちゃ。」

パオラはワードローブから、ウエストのラインを絞り込んだスリムなラインの黒いパンツスーツとプラムレッドのシルクシャツを取り出し、艶やかに微笑みを浮かべたーーー

【パオラ、毎日メール出来なくてゴメン。
俺は今スイス・ジュネーブに指揮の客演の仕事に来ている。
今回指揮する中の一曲にシベリウスのアンダンテ・フェスティーヴォがある。
フェスティーヴォは祝典という意味。祝典と聞くとショスタコーヴィチの「祝典序曲」のような派手さを想像してしまうが、シベリウスのフェスティーヴォはゆったりとした美しいメロディーの中に堂々たる響きのアンダンテだ。
夜明けのような荘厳な弦の調べから始まるこの静謐さの中に感傷をたたえる曲を奏でるたび、俺は君の抱えた心の傷を想起してしまう。
俺は君の抱えた傷を癒す存在に足る人間なのだろうか……
それでも俺はそうなりたいと願わずにはいられない。
今日はオケとのリハの日だったな。
マエストロは過去の作曲家達に音楽に最上の敬意を払っているからこそ、厳しすぎるほどに俺たち演奏家にも、誠意のある演奏を求めるのだと思う。
ただの自己満足ではない、遥かなる高みを一緒に演奏する団員、ソリストとと共に極めたい…その一心なんだよ。
パオラ、君にもマエストロと一緒に高みから見える景色を眺める資格がある。だからこそのソリスト抜擢だろ?
俺もマエストロとのラフマニノフで、見たことのなかった高みからの景色を絶対に眺めるぞ。眺めてやる。

公演が終わったら二人で何処かに出かけよう。
どこがいいかな……
お嬢さんのリクエストを待ってるよ。

君の騎士(ナイト)より。】

【親愛なる私の騎士(ナイト)さんへ。

これからリハに行ってきます。
あなたと同じ舞台で同じ高みに上りたい。マエストロとオケの皆さんと同じ景色を眺められるよう、精一杯がんばってきます。
叶わぬ夢はない。とあなたの言葉は私を力強く鼓舞してくれているみたい。

お出かけ楽しみです。ヒデと一緒ならどこでもいいけれど、綺麗な中世のお城がある街に行きたいな。
私には我が儘を言えるのは、ヒデあなただけなの。気が強くて弱みを見せるのが苦手な私に、魔法をかけて素直にさせてしまうのよ、ヒデ・トヤマさんは(笑)
もしかして、あのプレゼントのキラキラ輝くハイヒールにあなたが魔法をかけたから、私は夢が醒めないままのシンデレラでいられるのかしら?

ヒデありがとう…愛してる。

あなたのパオラより】

パオラのメールをベッドの中で読んだトヤマは、ふっ、と精悍に削げた頬を綻ばせる。
ベッドサイドに大事に置いてあるタクトの入った木箱を手に取り、じっと見つめて これを手渡したマエストロの面影を脳裏に浮かべた。
弟子にしてくれるよう願ったトヤマに、ゆっくりとした口調でかえした彼の言葉が蘇る。
「私にはただ一人だけ弟子がいる。
音楽に目覚めたのは25歳の時、私には眩しいほどの逸材だ。彼は私を超えることは出来ないと思っているがな。
弟子など終生とることはないと思っていた私が、ただ一人だげ受け入れた奴だ。
申し訳ないが君を弟子にする事は出来ない。君にはウイーン音楽院で師事したセバスチャン・スーリックという立派な先生がいるだろう?
弟子には出来ないが、このタクトを君に託す。君のピアニスト・指揮者としての前途に期待しているぞ。」

魔法か… トヤマはお世辞にも友好的とは言い難いマエストロの無骨な語りの中に感じた温かさを思い出す。
〈マエストロ…あなたは私たち後輩に、対峙するオーケストラに魔法をかけ続けているのですね・・・凄腕の大魔法使いです。〉

魔法使いが使う妙薬の素… そこには、マエストロの隠しようのない、眩(まばゆ)く垣間見える 彼に注がれる優しい眼差しがある。

ーーどんな女(ひと)なんだろう・・・

なんとなくパオラのマエストロに対する女性ならではの好奇心が理解できたような気がして、トヤマは可笑しくなったーーー

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


「なんかさあ~ 最近マエストロの雰囲気変わったよね。
仏頂面で歯に衣着せないとこは変わらないけど、な~んか柔らかくなったというか人間らしくなったというか…」

「そう?長ーーい休暇のあとは更に厳しいこと言うことが増えた気もするけど。
確かに、元々スタイル良し、眉のきりりとした整ったお顔立ちに指揮者にうってつけのすんごく響く美声の持ち主が、男の色気を増した感じはするわね。」
ガスタイクセンターのフィルハーモニーにある練習室で、練習後のガールズトークに興じているのは第一ヴァイオリンのネーナ・ランケと彼女より二年ほど先輩にあたるザビーネ・マイヤーである。
他の団員はとうに帰宅し、コンマスを務めるエーリッヒ・クライバーに五分ほど前に早く帰るように促されてはいるのだが、女同士のおしゃべりはまだまだ終わりそうにない勢いだ。

「だって先輩! マエストロのアダージェットって、なーんか耐えてるみたいな息苦しさがあったじゃないですか。
私たち第一ヴァイオリンだって、謳いすぎるとマエストロの手が下に向かって抑えるように指示されてたし。
なのに、なのにですよ!マエストロったら謳え、謳え…って反対に促してるし。
おかしいですよ!マエストロになにかは絶対あったってこと。」
「ネーナ……マエストロだって鉄面皮みたいに言われるけど、まだ40越したばかりの男性よ。恋愛の一つや二つあっても不思議じゃないわ。」
ザビーネは後輩の興奮した様子を諌めるように応えると、つい先ほどまで、指揮台で指示を送っていたマエストロの、秋らしい濃いめのグレーのピンストライプの三つ揃い、ごく薄くピンクがかった白いシャツに光沢のあるフェーシャピンクのネクタイを締め、臙脂色のポケットチーフを挿した隙のない佇まいを思い出す。

「ラフマニノフ演るトヤマさんも……」
ネーナは突然言葉を切り、跳ね上がるように立ち上がる。
「何よビックリするじゃない。どうしたのよ?」

ーネーナの視線の先には、、、あの人がいた。


「総譜を忘れた。ずいぶん楽しそうに話していたようだな。外まで声が聴こえたぞ。」

ネーナとザビーネを交互に見遣り、皮肉るように唇をゆがめたのは、ピンストライプの背広を着たマエストロその人だ。

「トヤマがどうした?話の途中だと気になって仕方ない。
さっさと話せ。聞いたら退散する。」
「えーー、でも、、、」
「話したくないならいい。」
掛けていた黒縁の眼鏡を人差し指でクイと持ち上げ、黒い瞳を揺るがせもせずに言い放ったマエストロを前に、肩をすぼめたネーナにザビーネは促す視線を送る。
「ひと月ぐらい前かな…確かな日付は忘れましたが、夜ダルマイヤーの前で今度のソリストをやるトヤマさんとガッティさんが二人で並んで出てきたのを見たんです。
トヤマさんは食料品かな…大きな袋を抱えていて。
ガッティさんと話す感じは恋人同士にしか見えませんでした。
トヤマさんのラフ三は本当にロマンティックで、恋する人にしか出来ない深みがあると感じてます。
他人の空似かもしれませんし……
それだけです、、済みません。」
ヴァイオリニストはエアコンの送風音にさえも掻き消えそうな声で話し、ただでさえ小さい声は「ごめんなさい」の語尾はクリアに発音されぬまま掻き消えた。

「……、、、ふん、そうか。」
意思の強そうな顎に手を当てて聞いていたマエストロは、ネーナの心臓が爆発せんばかりの数秒のあと一人言ちて、小さく頷く。
「分かった、、が、公演が終わるまでは他言無用だ。
終わったら二人でも、女性皆でもいい、好きなだけロマンティックなおしゃべりを楽しみたまえ。
それでは私は失礼する。」

立ち上がり際にニヤッと笑い姿勢良く特徴のある速足で部屋を後にした「ボス」を、二人は呆然と見送った。

「ねえ……先輩、他言無用って・・・」
「う…ん、マエストロと両方のこと、、だよね?」

「……ってことは?」
二人で同時に出た台詞に、ネーナとザビーネはハイタッチをしたーーー



Little lovers(11)に続きます。

ご訪問御礼+Little lovers考

拍手御礼

久しぶりの拍手御礼記事ですね(汗)
我が家にいらしてくださる皆様、いつもありがとうございます!
朝夕の涼風が気持ちよく感じる時期になりました。
本日のマックスの気温が28度と言いますから、今年の夏の暑さはやはり格別だったのでしょう。(ちなみに我が家は関東の南部にあります。)
人間、どんなに辛くても酷い環境の中に居続けると耐性が付いてくるものです。
ぜーんぜん話が逸れちゃうけど、我が家のSSの主人公カン・マエもそんな風だったと思うんです。
オリジナルのドラマを観るかぎりは、家庭的な環境は良くないですよね。しかもまだ10歳の時にお母さんは亡くなってしまうし。
それから彼は何処で育ったのか、ドラマでは仔細は語ってないけど、ともかくハングリー精神でカン・マエは世界的指揮者に上り詰めてます。
で、話は「耐性」に戻りますが、どんな酷い環境でも「自分を失わない精神力」をカン・マエは培ったように見えます。ちょっとそっとのことでは表向きは揺るがない(表向きが、ってとこがミソ(^^))
頑固にならざるを得なかった…強さを求め続けている人なんです。

我が家のリビングに三年ぶりにエアコンが付いたのが八月の中旬(大笑)
それまでは、あの酷暑を扇風機だけで乗り切ってました。
だからね~27度に設定すると寒くて仕方ない…という悲しい現実(^^;;
皮肉なことに、エアコンが付いてから あれよあれよという勢いで世間は涼しくなっていきました。
なんか悔しいけど仕方ない、そういう季節だから。


拙作Little loversは次回で二桁に入ります。
こんな長い話になる予定は無かったのですが、成り行きでまあ、、(大汗)

普段のカン×ルミストーリーで絶対書けない甘い台詞を、トヤマさんに話して貰っていることは否めません(焦)
この前のあとがきで書きましたが、やはりリミッターを外し加減なので、私の通常のストーリーとはかけ離れてますよね。相変わらず暗~いエッセンスがあるのは私の一部です(笑)
でも「愛している」だけは台詞にできない(^^;;
なんでかな~と考えても、よくわからないんです。
女性の大好きな浪漫小説には、半ば以降「好きだ」と「愛している」がいーっぱい出てきます。お約束なんですかね?
考えてみるとワタクシ、本SSで一度もこのフレーズを使ってませんでした。
カン×ルミストーリーを書いているうち、とゆーか絶対この恥ずかしい告白なんかしそうにないカン・マエのせいで、書けなくなってしまったみたい。
マエストロ!貴方のせいで、真面な甘々ストーリー(なんだそれ?笑)が捻くれてしまうではないですか!
本当にね~(溜め息…)困ったものです。


最近、このSSでトヤマさんがパオラに歌った「手を取り合ってそのまま行こう、愛する人よ~」をCMのイメージソングにしてるIHI(石川島播磨)のCMがリニューアルして、また放送されてます。
CMで気がつかれた方、いらっしゃるかな~
優しい…美しいメロディー、心のこもった歌詞。何度聴いてもホッとします。


さて、今後の展開ですが、
ひねりもなく、予想どおりのストーリー展開になってしまいそうです、これはまずい(^^;;
管理人としては阻止すべく書いたり消したりを繰り返しております。
そんな不毛な時間の中で、ニャンコたちのジュニアを妄想するのが、只今の癒しの時間(*^^*)
産まれた間もないネコちゃん、可愛いですからね~ 手のひらに乗っかるぐらい小さい。
我が家はマンションなので飼えない事になってますが、密かにネコや犬がいるお家多いようです。

それでは、そろそろお開き(^^)

甘いモノを食べ過ぎて、そろそろしょっぱいモノが食べたくなってまいりましたよ!管理人は(爆笑)
あと少し、がんばります。

管理人より。

Little lovers(9)

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

キッチンでパオラがレモンにナイフを入れた瞬き瞬間、辺りに柑橘の清々しい香りが一気に拡がった。
その瑞々しい香りは彼の穏やかならぬ心地を、改めて刃のような鋭さで ちくりと刺激した。
彼は俄かに心中にざわめく嫌な予感を振り払うように、かぶりを振る…
声をかけようと口を動かしかけ、、、躊躇いに蓋がれた声は言葉の体をなさず、喉に張り付いたままになってしまった。

鮮やかな赤のドレスを纏った聖母と幼子…どうして俺は今日に限ってマリア像に母の姿を重ねてしまうのだろう…

パオラは目線を壁のルーベンスに向けて思索の中にいるトヤマの前に、レモンスライスを浮かべた炭酸水のグラスを静かに置く。
ことん、と微かな…テーブルにグラスの立てた音が、彼をパオラに向かい合う形に戻した。
「俺は自分の存在さえ素直に認められない人間だ。
愛や情の幻影に酔ったこともなかった。」

苦々しく目尻に力を込めたトヤマは炭酸水の表の浄らかな香りを吸い込むと、言いにくそうに言葉を継ぐ・・・

ーーパオラ…君にだけは全て伝えたい。

言葉を選びながら、トヤマはあの日の出来事…その後の心の内を語ったーーー

「………気持ちの昂まりを自戒の念で壊していくうち、俺の音楽は歌えなくなった。
テクニックはあっても、作曲家の描いた人や物に向ける美しい想い・烈しい怒り・希望…様々な血の通った想いを、思うように表せなくなった。
譜面をなぞるだけの人形には、本当の意味で音楽は出来ない。
『人と関われない男』がライフワークだった音楽も喪った。
因果応報とは、よく言ったもんだ。しっぺ返しを喰らっても、涙も出ない。
めでたくも、冷静沈着・冷徹なピアニストの出来上がり!って事だ」


トヤマは皮肉交じりで語り終わると、目前で、まるで自分の代わりのように涙を零すパオラから目を逸らす。
ーーやめてくれ!

トヤマが心中で叫ぶ、言葉にならないザラザラした想いは、虚しく空間に散り拡がり…彼の心を逃げ場のない絶対零度の領域に追い込むーーー


先生は五年前、俺が、心を音楽を殺した事に気がついて、俺を質(ただ)す為に呼び出した。
俺の前で奏でたラフマニノフは、
「感情を押さこんで音楽はできない。本能のままに演れ!感情を爆発させろ!」と俺を叱咤しているようだ。

「なにもしないでは愛にはたどり着く事はない。
考えろ!逃げるな!」
甘やかなシベリウスのメロディーがトヤマの背中を押したーーー
曲に現れたマエストロを援ける…優しい眼差しは、トヤマをも暗闇から引き上げた。
脳裏に浮かぶマエストロと、傍で彼にそっと手を差し出す小さな手・・・

「ヒデ、、、ヒデ!」
心配そうにトヤマを呼ぶ声が彼を現実に呼び戻した。

「ああ… 大丈夫だ。

悪かったな、醜い話を聞かせてしまった。
俺が嫌になったか?
離れてくれ…遠慮は要らない。」

「離れて欲しい?」

からからに渇いた喉に流し込むように水を呷ったトヤマは、強い気配にハッと目を真正面に向けた。
彼女の碧い瞳から涙は失せ、怒りと哀しみがあった。
「ヒデ、貴方が過去のトラウマに悩んで ずっと我慢して生きて来た事はよく分かったわ。
でも、貴方はさっき言ったわよね?
『他人にわざわざ不幸自慢しないだけだ』って、違う?
誰だって挫折や葛藤に苛まれながら生きてる…誰しもに他人には分からない知られざるドラマを持ってるのよ!」

パオラのツンと鼻すじの通った美しい顔が瞬く間に歪み、大粒の涙がポロポロとこぼれたーー
「そうやって、いざという時は逃げるなんて狡いわよ!
私にだって、貴方に比べたら笑われちゃうかもしれないけど、それなりに忘れようと努力してる想いぐらいはあるわ。
貴方は逃げて楽になるけど、気持ちに傷をつけられた相手はどうなるか、考えたことはないでしょ?」
パオラは立ち上がって苛立ちのままカツカツと歩き、ティッシュペーパーの箱をサイドテーブルから持ってくると、派手な音を出して鼻をかみ 丸めてゴミ箱に投げ捨てる。

「私はね、一度結婚に失敗して自分にも他人にも、失敗した私を憐憫の目で遠巻きに見た世間にも絶望した、弱い人間なの。
悪いけど貴方と競るぐらい男なんて信じちゃいなかったわよ!
でも、貴方と出会って違うものを感じていたの。
がっかりよ!貴方となら共に生きて分かり合える…心底から信じられる人と確信した私が馬鹿だったわ。」

泣き喚くわけでもなく、抑えた声音で語るパオラの言葉がトヤマの胸に刺さっていく。
「パオラ… 」
トヤマの声が掠れて、静まりかえった部屋に吸い込まれていく。
彼も動揺していた、彼女のエーゲ海ブルーの瞳を直視出来ずに目を逸らした。
彼女の瞳を前にしては、逃げるか覚悟するか…曖昧には出来ない。トヤマは心中でつぶやき、ひっそりと息を吐いた。


「ねえヒデ、ふとした瞬間に思うの。自分はなんて孤独なんだろうって。
私は眺めることはできても、けして触れることのない幸せを、まるで恋に恋をする少女みたいに追いかけてた。
成り行き任せの恋を繰り返すだけ。それでも懲りない自分に呆れながら、いつかは『白馬の王子様』が迎えに来てくれると信じてる。
馬鹿よねーー
ハープで永遠のような美しい調べを奏でる度に、曲を冒涜してるような気分になるの。
貴方こそ、私を嫌にならない?」
パオラが呟く様な心許ない声で尋ねてくるのを聞き、トヤマは胸が痛んだ。
強がってはいるが、彼女は彼に訊くのが怖かったに違いない。

トヤマはパオラに向き直り、彼女のブロンドに手を滑らせたあと、口元にしわ寄せて薄く笑った。
「君は素直だな…
そんなにも無防備に自分の弱みを見せる事は、俺には怖くて到底できない。
嫌いになどなるもんか、もっと好きになってしまった。
危ういほどの真っ直ぐさは君の美点だ。俺は学生の頃、野球をしていてもカーブは得意で打てるがストレートは苦手で、からっきし打てなかった。ピッチャーの迫力に気圧されてしまってね。
君はストレート勝負をしてくるピッチャーのようだ。
俺の負けだよ。」

驚いたように顔を上げるパオラと、亡くなった祖母の瞳がオーバーラップしたーーー

【貴方を愛してるわ。私が貴方を寂しくは為せないから・・・】

パオラの口にした言葉か、記憶の断片が蘇ったのか・・・
頭の中で重なり、スピードもまちまちに不明瞭に響いてくる台詞が、突然途切れる。

気がつけば、パオラが抱きつくように彼の背中に腕をまわしていたーーー、その温もりは、彼が少年時代
祖母と過ごしたイタリアの太陽そのものだった。
枯れた小麦のような肌の匂いがレモンの涼やかな香りと合いまって、祖母の元で過ごした哀しくも幸せな日々を懐かしく思い出させる。
トヤマがキツく抱きしめかえすと、パオラは柔らかくしなるような身体を彼に預けてきたーーー

君が受け容れてくれた「ちっぽけな僕」を迎えに行こう。衝動的で危なっかしい…哀しい記憶に翻弄されてしまう弱い僕をーー

「…パオラ、、、」
トヤマはパオラの顎(おとがい)を長い指先で押し上げ、唇を軽く合わせ…彼の唇にうながされて、次第にほぐれてきた彼女の柔らかな唇を味わうように深い口づけを何度も繰り返す・・・
二人の息の音が数分間、沈黙の中に流れたーー
口づけのあと…パオラは強く抱きしめられて、掠れきった声が深く響くのを彼の胸の中で聴いた、、、

「パオラ…狡くて哀しい俺たちだが、きっと一緒にいられる。
俺はこれから、君に寄り添うような美しい音を奏でていきたい…ずっと。
俺を援けてくれ。出来るならば俺も君を援けていきたい、同じ景色をずっと見ていたい。
俺の願いを聞いてくれるか?」

パオラの額が、頷きの拍子で彼の胸元をコツンとあたる。
つま先立ちの口づけがトヤマの頬に触れた時… 彼の目は真っ赤に潤んでいたーーー

*・゜゚・*:.。..。.:*・'*:.。. .。.:*・゜゚・*

思いの吹き溜まりをぶつけ合ったあと、トヤマとパオラはエスプレッソとドルチェを楽しんでいた。

二人が各々(おのおの)抱えていた昏い翳は顔を潜め、奥底に戻っている。

「パオラ!鼻が真っ赤になってるぞ。
赤鼻のトナカイみたいだ。」

パオラはトヤマを睨むと、わき腹に一発パンチを見舞った。
「痛っ!意外と力持ちだな、お嬢さん。
俺はジムで鍛えてるから無事だが、軟弱な奴だったら怪我させるぞ。」

ふん、と鼻を鳴らさんばかりのパオラは、澄まして応える。

「私は筋肉おたくで、ヒデと同じようにジムで鍛えてるのよ!
それからね!私は護身術とテコンドーの段位を持ってるの。
喧嘩させたら、そこらの不良より強いわよ!気をつけてね。」

「そうか…では、お手柔らかに頼む。
俺は君より十歳も歳上のオジサンだからな。
怒らせたお詫びにプレゼントを捧げよう。
はい、お嬢様。」

トヤマは執事のような口調で言い、部屋の隅に隠してあった紙袋を差し出した。
ブランドのロゴが印刷された、瀟洒なショッパーバッグに入っていた箱の中身は…パールホワイトのスワロフスキークリスタルがキラキラ輝くハイヒールだった。
トゥーの尖った細く美しいフォルム、女性の足首のように優雅な線を描くヒール部分はクリア仕立て、中にはシルバーのクリスタルが仕込んである。
クリスタルが光にあたると角度によってキラキラと光る。万華鏡のような美しさである。
靴底は深いローズ・レッド。清純さを感じさせるパールホワイトの裏に、大人のオンナの色を忍ばせた造りである。

見るからに高価そうな…まるでシンデレラが舞踏会で履いているようなハイヒールは、碧い瞳に映ってパオラの瞳はいつもに増して煌めいた…

「履いてみていいかしら?」

「どうぞ、、、」

トヤマはパオラの足元にひざまずき、彼女の足に靴を履かせる・・・

「… ぴったり、、不思議~ヒデ、私のサイズ知ってたっけ?」

トヤマは、小首を傾げて微笑むパオラに、真面目くさった顔をし、唇の横を引き締めてみせた。
「さあな…超能力があるのかな、俺。
嘘だよ!昨日君が眠ってるときに たまたまベッドの横の君の靴を見たんだ。
37ぐらいかな、と思ったけど当たりか?」

女の靴を見ただけでサイズが分かる…
トヤマが女性と、本気ではないにせよ数多(あまた)の付き合いがあったことを示している台詞ーーー
複雑な思いに駆られたパオラが、黙り込む様子に、彼女に浮かんだ思いを察したのか、ぽんとブロンドを叩くと軽い調子で付け加える。

「たまたま暇つぶしで入ったブティックで、これを履いた君を想像したら衝動買いしてしまった。
値段を見ないで、店員に思わずこれで、と渡してしまったよ。
後から衝動買いにしては高いな~と反省したが。
君の機嫌が治って良かった…」

「トヤマさん… 」

「軽い気持ちで賭けたんだ、この靴が君にぴったりだったら前に進もう、振り返らず脇目も振らずにいく。
駄目だったら、過去の亡霊に囚われている俺は身を引いて他の誰かに君の未来を託そうとね。
考えてみれば、恐ろしい事をしたものだ。
シンデレラに靴がぴったりで助かったよ。」

「そんな…賭けなんて非道い!
私の気持ちは関係なし?」

「関係はない、結果は俺が予想済みだったからな。」

トヤマは眉間を厳しくした恋人の顔を見て、ニヤッと頬と目元を緩ませた。

「今度のラフ、カン先生の期待を裏切る訳にはいかなくなったな・・・暫くデートは我慢して練習だ。
あと三週間か…必死にやらんとマズい。解釈も含めてか…
あーあ!ショパンコンクール二位の実力者がタクトを振るうとなるとソリストは大変だ。」

「私も同じよ、崖っぷちだもの。
カン先生に『ヴィルトオーゾの資質を無駄にするな』と言われてしまったし。
私生活優先で、ハープを疎かにしてた報いね。もう後はないぞ。って宣告されちゃった…失敗は出来ないの。」

トヤマの渋りきった表情に、パオラも苦笑いの形にゆがんだ口ぶりでかえす。

「なあパオラ…カン先生ってさ、完璧主義者で冷静・冷徹な理論派の指揮者だろ。
俺たちみたいな「崖っぷち」を救おうなんて粋な真似をするイメージないよな。ダメ出しの挙げ句、演奏家を潰したってのは聞いたことあるけどな。」
「本当… なんの気紛れかしら?
もしかしたら、先生のミューズが彼を変えたのかもね。」
「ミューズ、、、、か。」
「芸術家にはね、必ず妻や恋人・忘れようとしても忘れられない女性が多いのだけれど、彼の芸を支えるミューズ…女神の存在が在るらしいわね。
先生の心にも、かけがえのない存在感のあるミューズがいるのよ、きっと。
私は彼女が私たちを援けてくれたように感じるの。」
「どういう意味だ?」
「カン先生の心境に彼女の優しい眼差しが加えられて、眼光鋭い 孤高の厳しいマエストロが、ラフマニノフの世界を如何なく表現する柔らかさを手に入れたのではないかなって。
同時に視野が広がって、今回のような…私たちにとっては有難い目線を向ける余裕が出てきたのかもしれない。
少しづつ、少しづつ、彼の自覚もないままにね。」
「う…ん、あり得るな。今日の先生の顔から冷淡さは感じなかった。」
「それに…ヒデも見たでしょ?顔合わせの時の『マエストロ・カン』の緩ませた貌!
先生はすっごく愛されてる『幸せな人』なのよ、オンナの勘は間違いないわ。
どんな人なのかな~アッカーマン夫人は『細身で長い栗色の髪が美しい、東洋人にしては色白の透き通る様な肌が印象的な美人』って言ってたけど。」
「そりゃあ美人に決まってるさ。
彼は若い頃から欧州を基盤に活動してる指揮者だが、十年前はまあ華やかな…まっ、知らん方がいい。その方が『ミューズ』との話が女性好みのロマンスになるからな。」
「へえーっ、、、そういうこと?
格好いいから、モテるのは昔も今も同じよね。
然も、指揮台でタクトを振るう姿に堕ちる演奏家は少なくないとか。女性だけではなくて、同性愛の志向の男性もらしいわね。」
「で、ヒデは?」
間髪なしの振りに慌てる歳上の恋人を、パオラは満面の笑みで見る。
「モテるぞ、男にも。
東洋人のコンダクターは、美味しそうに見えるらしい。珍しさもあるしな。
俺は同性愛に偏見はないが、どんなアプローチをされても、『間に合っているので悪しからず。』と答えている。」
人を喰ったような口調で話すトヤマを、パオラは軽く睨む。
「あ~ ウケる~
その場で直に観てみたい!
一度試してみたら面白かったのに。」
パオラの笑顔に釣り込まれ、
トヤマの目元が緩んで、優しそうなシワが表れるーーー
「嫌だね、なにが哀しくて綺麗な女性ではなく、ゴツい同性にいかなきゃならないんだ。」

ーー心の隙間を埋めてくれるものを探して、僕はどれだけ遠回りしてきたことか・・・
もう僕は後ろを振り向くことはない。
人生には、離してはいけない手がある。パオラ…君の手だ。やっと見つけた。


「ヒデ……ん、離して、、、」

「暫く逢えない…だから、、、」

手を首の後ろと膝裏に差し入れ、パオラを抱き上げた。

君を抱きしめたい…君の温かい肌の匂いを、僕を呼ぶ刹那の時の声を我が身に染み込ませるように。

ー僕のミューズー


「寝室は……?」

バオラの示す方向へ、トヤマは彼女の心臓の拍動を感じながら歩いた。

パオラがトヤマに抱き上げられていた頃ーーー

アッカーマン邸では夫人がピアノを奏でていた。
ショパン、エチュード・エオリアンハープ…流れるような分散和音を響かせながら、パオラの幸せを願う夫人だったーー

ルカとバイオレットは珍しく二匹並んでソファの上にいた。
脚を投げ出したリラックス姿勢で、仲良く身を寄せている。

「バイオレット!ママは大好きな人と仲良ししてるかな?
ルカと貴方みたいに……
きっと明日の朝、きまり悪そうにウチに来るわね。ふふふ、、、」

バイオレットは夫人の視線に碧い大きな瞳を光らせ、にゃっ!と一声をかえしたのだったーーー





Little lovers(10)に続きます。

秋の気配

ご来訪御礼

こんにちは(*^^*)

日中は蒸し蒸ししますが、朝晩はすっかり秋の気配ですね~
数日前は大変な天気でしたが、皆様大丈夫でしたか?

私の身辺はかなり落ち着きを取り戻し、生活のリズムも戻ってきつつあります。
心穏やかに過ごせるのは本当に有難いこと、何かが無ければわからなかったことです。

ドラマ半沢直樹を見て、「倍返しだ!」の台詞にスカーっとするのがマイブーム(笑)
寅様、七海様もハマっていらっしゃるようです。
私もミョン様に半沢直樹演って欲しいな~
あの素敵な声に恫喝されたい(ドMなワタシ)
ド・嵌りしそうなキャラだけど、もし韓ドラの企画が立ったら、演りたい俳優さん沢山居そう。
なんか、そういうのは他人に譲ってしまいそうな気もするのですよね。
七海様のブログによると、ミョン様の次回作は登山家さんらしいです。
ストイックですね~役作りが難しいのに敢えて行っちゃうのは、プロ魂なのかな。

私の実弟は銀行員で、なにかと物騒な現実に関わる融資担当。
半沢直樹について聞いたら、
「あれは絶対あり得ないな。」とクールに言ってましたが。
ま、現代版水戸黄門だと思って観れば、あり得ない展開も気持ち良く楽しめるかな。と冷静な分析つきで。

今進めているSSはハーレクインロマンス真っ青な恋愛ファンタジー。
完全な現実逃避でございます(大汗)
鬱々としたマエストロを書かせたら七海様と競るぐらいの私の暗ーい作風からしたら、ぶっ飛びの展開。
書いてて赤面してしまいそうな台詞のオンパレードの上、花束やら料理やら、「私の男…」なんて(爆)
完全に人格乖離しながら書いている感じがします。


【Little lovers】は当初、書き残した愛すべき猫ちゃんたちを幸せにしてあげたくて書き始めたストーリーでした。
今や、トヤマとパオラを筆頭にマエストロまでお出ましになり(大笑)すっかり恋愛絵巻まっしぐら…
お恥ずかしいですが、最後までこのトーンで行かせていただきます。

前回のトヤマさんの描写で、ぴったりと身体にそうシャツを着た彼が動くたび、背中のたくましい筋肉が素敵に見える…と書きました。
カン・マエ版で観てみたい!妄想が頭ん中を走ってました^^;
男性がシャツの袖を捲り上げる仕草、これ、好きな方いらっしゃいますよね?
手首から肘にかけて一直線に立つような筋肉が、カッコ良く膨らむ感じと手首の締まりがいいコントラスト。
背広姿のくたびれたサラリーマンでさえ、この仕草には萌えます。

イイ年して馬鹿な妄想まみれ。
ダメですわーーーー


それでは、そろそろお開き。
皆様よい週末をお過ごしくださいね。


管理人チップ(^_^)☆

Little lovers(8)

韓流ドラマベートーベンウイルスSS

{アッカーマン夫人宅}

「パオラ!ご飯食べていく?」

「いいんですか?じゃ、ご馳走になっちゃおうかな… 」

パオラは携帯をチラと眺めて、ふうっと息を吐いた。
トヤマとの別れ際… 彼の苦しそうな表情が気になる。
〈なんでもいいから連絡して…〉
切ない女心は虚しく、夕方の日差しが硝子から射し込む時刻になってしまった。

いつも明るい夫人だが、今日はさらに機嫌がいい。
「朗報」が彼女の気分を浮き立たせていて、彼女の愛猫ルカは遠巻きに夫人を見ていた。近づくと女性にしては大ぶりな手で、漆黒の毛並みをかき回されてしまうのが嫌らしい。
「お祝いしなくちゃ。ルカとバイオレットにも特別なディナーよ!」

夫人はキッチンでバイオレットの大好物、舌平目を持ち上げてみせる。
ルカはマグロの方が好みなのだが、この際「嫁」の志向の方が優先されるらしい。
数時間前、夫人とパオラは逃げ回るバイオレットをやっとのことで捕まえ、動物病院で診断してもらった。
人の良さそうな医師は、
「うん、元気だね。栄養状態もいい。
あと一月ぐらいで元気な赤ちゃんが産まれるよ。
しかし、この娘はお転婆だね~、
産まれてくる赤ちゃんはレントゲン写真で見る限り四匹かな…初産だから時間がかかると思うけど、体力ありそうだから大丈夫。」
太い指先でバイオレットの背中を撫でようとして、すかさず「お嬢」にがぶりと噛みつかれたのを気にする様子もなく、大柄な身体によく似合うバリトンで診断を下したのだった。
アッカーマン夫人は瞳を潤ませて感慨にふけっていたが、パオラは愛娘の出産に不安が先立って ただ碧い瞳を大きく見開いていた。

バイオレットは、モーブピンクのソファにある、バイオレットの指定席。ふかふかしたクッションで脚を踏むように動かして飽きずに遊んていたが、流石にさっきの「追いかけっこ」で疲れたのか、クッションに頭をのせて眠ってしまった。
ルカはソファの脚元で「姫君を守る騎士(ナイト)」のように、体幹のしっかりした大柄な身体をゆったりと横たえている。

「パオラ! 私たちは牛肉でいいかしら?あら、付け合わせのじゃがいも… 」
夫人は、ぼんやりと思索の中にいるパオラにやっと気がついた。
キッチンから斜めに見えるパオラの横顔には憂いの色が滲んでいて、膝に置かれた手はフレンチネイルの爪先を擦るように落ち着きなく動いていた。

「パオ…、、、」
夫人がパオラの傍らに行くより先に、ルカは起き上がってパオラの膝にスリスリと顔を寄せた。
「にゃーーっ、、、」
精悍な雰囲気とは真逆の懐っこい性質であるルカは、パオラを見上げてひと声鳴く。

「あらあら… またルカの恋愛相談かしら?」
「おばさま…どういう意味ですか?」

ふわ、と微笑んだ夫人にパオラは不思議そうに首をかしげる。

「二ヶ月ぐらい前だったかしらね。お隣に遊びに来てた綺麗なお嬢さんをお茶に誘ったのよ。
彼女もパオラとおなじぐらいの年かしらね…東洋人だから若く見えたかもしれないけど。悩み深い目をして座っていたわ。ルカは彼女の膝に乗って…そう今のあなたみたいにね、じっと動かなかったわ。
ルカはこれでも警戒心が強くて、慣れてない人の膝に乗るなんて考えられない子なの。彼女とルカは初対面だったのよ。」
ルカはパオラの手を、ぺろっと舐めると気持ち良さそうにまた、眠ってしまった。

「ルカは…何かを感じて、慰めてくれるのですか?
そのお嬢さんも、何か悩みを抱えているように見えたからとか?」
アッカーマン夫人は深くパオラに頷きを返した。
「悩んでいる様子がよくわかったわ。
何処か、自分の気持ちを押さえ込んでいるみたいで。
でもね、彼女と隣人の男性が犬を連れて散歩してる姿は、本当に微笑ましくて。
大型犬に引きずられている華奢な彼女の後を、優しく微笑みながらゆっくり歩いているのよ。
『あの方』がそんな顔をするなんて信じられなかったわ。」
「それで…そのお嬢さんの恋は叶ったんですか?」

パオラは身を乗り出すように、夫人に顔を向ける。

「そうね聞いた訳ではないから断言は出来ないけれど、たぶん叶ったのではないかしら。
整理がついた…ってほどではないけれど、次に会った時は『愛されているひと』の持つ艶と言ってもいい雰囲気があったもの。二人の間に何らかの関係の変化は確かにあったと思うわ。
お隣のマエストロ・カン… 」

夫人は慌てて口を押さえたが、もう遅かった。パオラは瞳をキラキラと輝かせている。
「おばさま!お隣の家、マエストロ・カンの自宅なんですか?
さっきの綺麗な人って、マエストロの恋人……って!かなり年の差がありますよね。」
パオラは、先ほどからの憂鬱を帯びた人物とは別人のような明るさである。
あのマエストロの恋となると誰でも興味津々になるのか…と夫人は苦笑いを浮かべる。
「まあ、そうなるわね。
でも、しばらく見ていないのよ。散歩の時のマエストロの顔も前と同じ。
どこか寂しそうで、翳があるの。
彼女と一緒にいる時とは違うのよ。」

「にゃん!」パオラの膝にいたルカが飛び降りた瞬間、パオラの携帯が着信を知らせた。

「パオラ…携帯・・・ 」
夫人の声に微かに頷き、メールの送り主を見るパオラの手は、なかなか携帯を掴もうとはしない。
息を飲み…碧い瞳を大きく揺らしてメールを読む彼女の瞳が、みるみるうちに潤み、涙が零れた・・・

【…逢いたい…待っている… 】
トヤマの想いが 行間にも溢れだしている伊語で綴られたメールを、パオラは何回も読み返した・・・
【 遅い!トヤマさんのバカ、意気地なし‼
お詫びに私のリクエストを叶えて。
私がどんなに我儘を言っても怒らないでね。

貴方のパオラ。】
素早くメールを返すと深い息が無意識に漏れ出した。
子供のように彼に甘え、困らせて、ごく普通の屈託のない恋人同士のように過ごしたい…
そんな贅沢は私たちには無理なのだろうか…
それでもパオラのメールを読んだ彼が、苦笑いの形に頬を緩めているのを想像しただけで彼への想いが更に膨れ上がり、心臓の拍動が加速してしまう・・・
ソファの隣で心配そうに見守る夫人に、パオラは明るく破顔した。
「パオラ…大丈夫?」

「おばさま… 」
俯き、口ごもるパオラに、夫人は娘を励ますように優しくブロンドを撫でた。
「彼に逢っていらっしゃい。人生は一度きりしかないのよ。
意味のない後悔をしないように。」

「でも…またバイオレットを置いていくのは・・・
おばさまには勿論ですけれど、バイオレットに申し訳なくて。
私は家族失格ですね… 」
夫人はうな垂れるパオラをハグしながら、
「ルカのお嫁さんだもの、私にはもうバイオレットは家族同様よ。
気兼ねなく行っていらっしゃい。」

わかったわね。と言うように、肩に触れた夫人の手は暖かくて、パオラはまた泣き出しそうになったーーー

ルカはそんなパオラの足元に顔を寄せ、「もう一人のママ」のお見送りをした。バイオレットはやっと起き出しルカの側にぴたりと寄り添い、玄関先で手を振ったママに「にゃっにゃっ!」と挨拶をしたのだった。


*・゜゚・*:.。..。.:*・':.。. .。.:*・゜゚・*

【今、貴方のところに向かうタクシーの中です。
できるならば飛んでいきたい、一刻も早く貴方に逢いたい…
でも、貴方を待たせているのも嬉しいの。ごめんなさいね。】
【パオラ、待つのは全く苦痛ではないよ。
だって僕はずっと待っていたのだから…こんな幸せで、胸苦しい時間を。
広場にいる恋人たちを眺めている。
身体中から歓びの音色を感じる二人もいるが、滞る淀んだ想いを堪えている恋人を見上げる人もいた。
僕たちが歩いていたら他人はどんな風に感じるのかな? 】
【人間観察ですか?あまりジロジロ見ると怒られるから気をつけてね。
お腹ペコペコ!美味しいワインとパスタがいいな~
出来れば、極上のスイーツも(笑)】
【この前行ったイタリアンでいいかな?予約が間に合うといいんだけど。
パスタだけ?前菜ぐらいは必要だろ。】
【レストランのリザーブは不要よ、貴方がシェフだもの。
我儘の第一弾。
トマトとバジルのパスタをオーダーします、シェフ(笑)
ワインは辛口の白。】
【おいパオラ!シェフはどこで料理するんだ?ホテルにはキッチンはないぞ。】
【私の自宅で腕をふるっていただくの。足りない材料もシェフの持ち込みよ。よろしく!】

車窓がマリエン広場を映した・・・

【着きました、シェフ。ついては材料とワインを買いにダルマイヤーに行きますよ!店の前で待ち合わせしましょ。】
【了解、お嬢さん。
待ちくたびれて買い物をしました。
衝動買いかな?
報告は後ほど。】

トヤマはダルマイヤーに向かう途中で目に止まった花屋に入り、ブーケを仕立てて貰った。
可愛らしいピンクと淡い紫の薔薇……
可憐な表情で我儘を尖った唇にのぼらせる彼女と、彼の腕の中 快楽の波にたゆたう妖艶な彼女…どちらもパオラだ・・・
ブーケの香りを嗅ぎ、目元に小さくしわ寄せた「シェフ」は石畳を蹴り上げながらダルマイヤーに向かったーーー

メールの文面とは違った…緊張した面持ちでパオラはダルマイヤーに向かっていた。
この想いが花火のように鮮やかに散る運命なら、愉しむだけ愉しめばいい。
そして生涯、自分の裡に大事に仕舞い時々出しては眺めるのも、さほど不幸な事ではない。と言い聞かせる。

「パオラ、、、おい!ぼーっとしてるとネズミに引かれるぞ。」
目の前にブーケを手にしたトヤマが立っていた。
「すっかり暗くなったな… 街灯の光だけの雰囲気はいい。
お、忘れてた、どうぞお嬢さん。」
「シェフ」はメールの中の雰囲気のまま、引き締まった顔立ちを綻ばせた。
ブーケを見て途端に ぽろぽろと透き通るように白い頬に零れる涙を、長い人差し指で拭ってやる。
「泣かないでくれ… 泣かれるとどうしていいか分からなくなるんだ。
さ、買い物に行くぞ‼」

ワインコーナーで暫し悩んだあと、長い腕を伸ばして高いところにあるワインを容易く手に取るトヤマの背中は頼もしかった。
迷う様子もなく、カートに生のパスタやトマト、バジリコ、レモン…様々な材料を投げるように入れていく。
「ヒデって…マメなのね。私なんか食べる事が面倒になっちゃうの。買い物も嫌い。」
「独身生活が長いからな。それに15の時に祖母が亡くなって以来、一人暮らしだし。料理は生きるためにやってたんだな、外食する金もない人間は自分で作るしかない。」
トヤマは、彼の返しに反応して立ち止まるパオラに、左頬だけで笑った。
「そんな顔をするな。世の中には同じような奴がたくさんいるさ。他人にわざわざ不幸自慢しないだけでな。」
下を向いたままのパオラの頬に右手を触れ、顔を近づけて目を合わせる。
「パオラ…酷い顔してるぞ。美味いものを食べさせてやるからな。
元気になる、食いもんは大事だ。」
トヤマの、優しさのかたまりのような笑顔を認めて、やっと唇を微かに緩めたパオラに、
「笑ってくれ、幸せそうな笑顔が見たい。
俺には、パオラの笑顔が一番の馳走だ。他にはなにも要らない。」
真顔に戻り、重々しい調子で語りかけると先に立って歩き出した。
パオラに向けた台詞が、英語ではなくイタリア語になったのに理由はない。心に湧き上がる想いが自然とイタリア語になったまでのことだったまでのこと・・・
「アイシテイル」日本語で万能の意味を持つ、ひとことを自分は口にする日が来るのだろうか・・・
イタリアの伊達男ぶりで本音を隠しながら、トヤマは心中で溜め息をついていたーーー


「美味しい~ 天才!
ヒデは最高のシェフね‼ 」

豪快にパスタを頬張るパオラの顔に、トヤマは穏やかな視線を当てる。

パオラの自宅についてから、トヤマは腰を下ろす間もなくキッチンに立った。
トヤマは、スリムなシルエットの黒いスーツに白いシャツというのが365日殆ど変わらぬ服装である。
選ぶのが面倒くさいと云うのが主な理由だが、スーツのシルエットやシャツの衿の形や襟裏のデザイン・ボタンの色などにはこだわりがあり、一着一着吟味して選んだものだ。
「ヒデって、いつもブラックスーツね。なんでも似合いそうなのに勿体無い…」
上着を受け取りながら云うパオラに片眉をあげて無言の応えをかえし、シャツの袖口をめくる仕草は、パオラの目を釘付けにするほど素敵だった。
「私の男」・・・
トヤマがキッチンでテキパキと動くたびに、身体にぴったりと添ったシャツの背中に逞しい筋肉の動きがくっきりと見てとれた。
ピアニスト・指揮者として芸能の世界にいる以上、女性との出会いは常人より遥かに多い筈だ。
どうして、こんな素敵な人が独りなのだろう…
彼が見せた苦悶の表情に答えがあるのかもしれない。でも私がそれを知ったところで彼の苦しみが霧散するなどあり得ないし望みもしないだろう・・・

ワイングラスの白を一口飲み、
鬱な気分になりそうな自分に独りで嗤った。
「どうした、気持ち悪いな…何か面白い事でも思い出したか?」

ー面白い、コト?
閃いたパオラは、小さい咳払いをひとつすると話し始めた・・・
「私、ラグドールのメスを飼ってるの。ウチの近所に、私が忙しい時に預かってくださるおばさまが住んでいらしてね、、、彼女の家の隣人はね…あのマエストロ・カンだったのよ。」

夫人の話を掻い摘んで話し終えたパオラに、トヤマは黙って頷いただけの反応を見せる。
「ねえ、少しはびっくりしないの?
ヒデって超能力者じゃないわよね?それとも想定内ってこと?」
パオラの子供っぽい声に不満の色が混じっている。壁に掛けられたルーベンスの複製画に意味もなく視線を向け、少し考えたトヤマは、ゆっくりと否を返した。
「いや…俺は今日、マエストロ・カンに呼び出されていたんだよ。
この前の淡々とした指揮の理由が分かった。マエストロ…俺のピアノでのオケパート伴で、凄いラフの第二楽章を弾いてみせてくれたんだ。
誰かを愛し 愛されている人しか表せない、豊かな抒情の流れるラフマニノフだった…」
トヤマの声に、マエストロの言葉で表すより辛辣なダメ出しを受けた以上のダメージを敏感に感じたバオラは、間を置くようにキッチンに立った。
食器棚から小ぶりのベネチアングラスを二つ取り出し、冷蔵庫の炭酸水を注ぐシュワシュワした音とほぼ同時に、トヤマはパオラの背中に独り言のような独白を始めた。
彼のメールの「誰にも関われない男」を感じさせる、世を諦めたような静かすぎる声音は、「シェフ」を演じている彼とは別人のようだった。

「五年前…俺は自分の心を、自らの手で殺した。
凍てついた雪が融けて、春の息吹が空の色や大地に咲く花の色を鮮やかに引き立たせる季節も、俺は感じられない人間になった…いや、自らそうしたと云うベキか。
さっき言った通り、俺には家はあっても家庭はなかった。
父方の祖母は、そんな俺の唯一の理解者だったが、俺が15の春に突然逝ってしまった。心臓発作だったそうだ…俺の学校に行っている時の出来事で、こと切れているのを見つけたのは近所の酒屋の主人だった。
それから俺は独りで生きてきた。ピアノを勧めてくれたのは死んだ祖母だ。
音楽に人を癒す力があることを知って勧めてくれたのだと思う。
俺が五歳の時、両親は既に別の人と違う人生を選んでいた。
寂しいとが哀しいとか感じる間もなく、俺には祖母と二人の家が自分の世界になった。
イタリア人気質とよく云われる、歌う・笑う・楽しむ…有難いことに、俺にも「陽気なイタリア人気質」が欠片ぐらいは遺伝していたらしい。
だから表向きは暗さなど微塵もない、朗らかな子供だったよ。無邪気なところは皆無だったけれどね・・・」

呟くようにトヤマは言葉を切り、パオラの置いた炭酸水のグラスを持ち上げて喉を潤した。
「まあ『子供らしくない子供』と云えば分かりやすいか。
幼い頃から人間関係を結ぶことに怖さを感じていた…『友達』についても同様だ。
信じて裏切られたらどうする?裏切られたら立ち直れない、だから必要以上は立ち入れなかった。
メールで『誰にも深く関われない男』と云ったのは、こういう意味もある。
悪く云えば『人間不信』だよな。
こんな奴が恋愛をしたらどうなるか、、、」

トヤマは小休止をとり、向かい合っているパオラの碧い瞳を見つめる。
息を詰めている彼女のブロンドを、手を伸ばして長い指先で触れ、目元をしわ寄せた。
彼の目尻に浮かぶ柔らかい表情がパオラを包み込む。
「息を吸え、窒息しても俺は知らないからな。」

からかいの混じる、トヤマのぶっきらぼうな声に、パオラは自分が息を詰めていたのに気づき、格好悪く鼻で息を吸ってしまった。赤面する彼女を見るトヤマの表情がほんの少し緩みを見せたーーー


「飽きたな…情けない奴の話は。
まだ聞きたいか?」

軽い口調だったが、そこにはトヤマの苦悩が深く感じられる。
頷くパオラに、
「水をくれ、出来ればレモンスライスを浮かべてくれると有難い。」
丁寧なクイーンズイングリッシュでオーダーすると、トヤマは考えるように目線をルーベンスの「聖母マリアと幼子イエス」に向けたーーー


Little lovers(9)に続きます。

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プロフィール

ベバチップ

Author:ベバチップ
韓流ドラマベートーベンウイルスにはまり、昨年の八月から二次小説をアップさせていただいています。
消化不良だったオリジナルのラストからのカン・マエとルミのその後のストーリーです。
私の勝手な妄想の産物ですので、オリジナルにオマージュさせていただく事はありますが、全く別の物語としてお読みいただければと思います。
クラシック音楽と散歩と読書を愛する女です。
オトナ系創作はブロ友様限定にて公開させていただいていますので、お手数ですが申請をお願いいたします。

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